28.戻ってきた日常
あの出来事から、ひと月が過ぎた。
巣に戻って来た皆を出迎えたのは、勝峰。
彼は、見た目の変わった明霞を見ても、微笑むだけで驚きはしなかった。
「もしかしたら、と思ったことがあった。だから驚きはせん。だが、「烏」たちがいなくなったことには驚いた」
全員が明霞の元へ集まってしまったため、巣から「烏」が消えたのだ。これには、さすがの勝峰も冷や汗をかいたという。
だが、一同揃って巣へ戻って来た。怪我をしている者もいたが、重篤なものではない。皆が無事に帰ってこられた。
この日は簡単な報告だけを聞き、勝峰は皆を休ませることにしたのだった。
次の日からは、いつもどおりの日常が戻ってくる。
任務に赴く者、巣に残る者、皆が各々の仕事をこなす毎日。
明霞も朝早くから起き出し、朝食の準備、掃除、洗濯と、屋敷中をあちらこちらと忙しく動き回っていた。
「明霞、そろそろ休憩にしましょう!」
「えぇ、そうね」
作業が一段落し、明霞と春燕はお茶を楽しむ。お茶請けには、月餅が用意された。
「美味しそう!」
「高級なやつよ。仔空殿下から届いたの」
「仔空から?」
断罪が上手くいったのは、仔空の影響も大きい。
諸々の事情を明かした後、彼は迷うことなく協力すると約束したのだ。そして、見事にやり遂げた。
「皇宮は今、大変みたい」
「そりゃそうよ。妃が大罪を犯し、娘もまた、それに関わっていたとなるとね……」
あの二人の罪は、他国と烏族とを引き合わせただけではない。青龍皇国第一皇子の息のかかった者たちを引き入れ、匿っていたというのだから、救いようがなかった。
「彼らが何をしようとしていたか、お義母様も麗花も、知らなかったのだと思うわ」
「でしょうね」
知っていたなら、決して関わりを持たなかったはずだ。
彼らの目的は、第二皇子の暗殺。
捕らえた者たちの口を割らせたところ、彼らはずっと哉藍たちを尾行していた。機を見て殺すつもりだったという。
だが、その機会はなかなか訪れなかった。
そんな折、玄武皇国に来ることになり、そこでいかにも御しやすそうな女たちを見つける。
妃は、王である夫から見向きもされず不満を溜めており、娘は哉藍の妃となり、国を出ることを望んでいた。
彼らは秘密裏に彼女らに近づき、言葉巧みに自分たちに有利な方向へと誘導したのだ。
「宴席の後なら、多少動きが鈍るとみたんでしょうね」
「哉藍殿下はともかく、側近はお酒なんて一滴も飲まないでしょうし、烏族だって酔うほど飲むなんてありえないわ。そんな簡単なこと、私にだってわかるのに」
「烏族はともかく、あの側近……えっと、静さんね、彼があれほどのやり手だったとは思わなかったそうよ。哉藍殿下がすごすぎて目立たないっていうのもあるだろうけど、彼はあえてその影に隠れていたんでしょうね」
そして、彼らは烏族も舐めすぎていた。
表に立つのが勝峰であったなら、もう少し警戒しただろうが、出てきたのは次期長。しかもまだ若い。簡単にどうにかできると踏んだらしい。
「向こうにいた、ものすごく強い人……彼は何者だったのかしら?」
「あぁ、それは……」
最終的に、明霞を攫った影。
明霞を担ぎながら颯懍の攻撃を躱していた、やり手の彼だ。明霞が凌辱されそうになっていたのを、唯一止めた男。
あの男は、青龍皇国の正式な影だったという。
あの男は金に釣られたわけではなく、第一皇子に妻を人質に取られ、やむを得ず言うことを聞かされていたのだという。
「ひどい……」
「まったくだわ。ほんっと、性悪! 奥方もいたみたいだけど、もちろん離縁。なにせ廃嫡、断種の上、皇族から追放だもの。哉藍殿下を陥れるためには手段を選ばなかったというし、自業自得よね」
第一皇子の悪行の証拠は、烏族によって集められた。
哉藍はそれを利用し、また今回のことも強く非難し、兄を廃嫡へと追いやったのだ。
「あの皇子、雲嵐陛下にも迫ったんでしょう? 第一皇子に騒動の責任を取るよう、青龍皇国の皇王へ通達するようにって」
「そうみたいね……。お父様はそれを呑むしかなかったそうよ」
「そうでしょうね。婚約の件もあったし」
「えぇ」
そういったこともあり、哉藍は無事、皇太子に指名された。任命式には、明霞と颯懍も招待されている。
「……麗花は、どうしているかしら」
「意外と元気にやってるんじゃない? 彼女は随分と強かだし」
「それならいいのだけど……」
美麗は、雲嵐から離縁され、他国の間者と接触し騒動を起こした罪によって、毒杯を賜った。
王妃であるにもかかわらず、国を危機に陥れたのだ。一歩間違えれば、玄武皇国と青龍皇国とで争いが勃発していた可能性もある。
そして、麗花もまた、自ら犯した罪によって廃嫡となり、皇族から名を抹消された。
だが、彼女はまだ年若く、改心の可能性もあることから、戒律の厳しい尼僧院へ送られ、そこで生活している。まだ入ったばかりということもあり、毎日尼僧たちを困らせているとのことだが……。
「お父様とお義兄様は精神的に参っているみたいだって、仔空が」
「まぁ……自分たちにも責任の一端はあるからねぇ……」
「そうね……」
とはいえ、彼女たちのやったことは、皇族として、人として許されないことである。
国でもっとも高い身分にある。それを自覚していれば、あのようなことはできない。あまりにも、彼女たちは自分本位であった。
「ま、それはそれとして。明霞!」
「な、なに?」
春燕がいきなり身を乗り出し、明霞に迫ってくる。ニヤリと悪戯っぽく笑い、明霞の耳元で囁いた。
「兄様に、申し込まれた?」
「……」
無言になり、俯く明霞に、春燕は大袈裟に溜息をつく。
「はああああ~~~っ! ったく、何やってんのよ、あの朴念仁!」
「ちゅ、春燕!」
「あれからひと月も経ってるのに、まだ言ってないってどういうこと!? あの時はあーんなに甘々だったくせに!」
「春燕!!」
あの日のことを思い出すと、それだけで頬が熱くなってくる。
颯懍は明霞を片時も離さず、ずっと抱きかかえていたのだ。
巣へ戻ってきてからも、明霞の部屋に着くまで、そして寝台に下ろすまで、ずっと離さなかった。
あの時の颯懍の表情は、これまで見たことがないほど甘いものだったという。
ちなみに、明霞はそれを見ていない。そんな余裕など、全くなかったからだ。
(今思うと、勿体なかったわ……)
春燕曰く「甘々」な颯懍……見てみたかった。
(でも、見たら見たで、大変だったかも)
恥ずかしすぎて、そして嬉しすぎて、気絶してしまったかもしれない。
「春燕! ちょっとこっちで手伝ってもらえる?」
厨房の方から出てきた女性が、そう言って手を振っている。春燕はそれに応え、席を立った。
「よし! じゃあ、働きますか!」
「私も手伝うわ」
「うん、助かる!」
二人は急いで机の上を片付け、厨房へと向かった。
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