26-2.襲撃(2)
*
「よっ……と」
ここはどこだろう? 確かめたくても、暗闇で何も見えない。
ただ、風に靡く葉擦れの音、時折聞こえるガサゴソと何かが動く音が聞こえ、ここが森の中であることが察せられた。
明霞は、ようやく身体を下ろされる。背中の感触から、木に寄りかからせているのだろう。
(男は、私を人質だと言った。哉藍殿下と引き換えって……)
明霞を返す代わりに、哉藍を寄越せということだ。もちろん、拘束した状態で。
その後は、考えなくてもわかる。
(第一皇子は、哉藍殿下を亡き者にしようとしている)
哉藍が、外遊で玄武皇国へ来ていることはわかっている。
ならば、必ず烏族と接触しようとする。
普通なら不可能だが、彼にはそれを可能にする能力がある。万が一、烏族と接触することに成功したなら、それだけでなく、青龍皇国に連れてくることができたなら……間違いなく、皇太子には哉藍が指名されるだろう。
第一皇子は、これを絶対に阻止せねばならない。
(だからといって、実の弟を殺そうとするなんて……)
権力が絡めば、血の繋がりなど関係ない。むしろ、そのせいで血で血を洗う争いに発展するのだ。
「おい、女は生きてるか?」
「あぁ、生きてる」
明霞を攫ってきた男とは、別の声がした。そして、また別の声も。
ここは、彼らが潜伏していた場所なのだろうか。
「それにしても、烏族はヤベェな。諜報だけかと思えば、戦闘にも長けてやがる」
「当然だ。どこの国も、喉から手が出るほど欲しているんだぞ」
「それに加えて、あの第二皇子と側近もヤベェ。まともやりあえば、こっちがやられる」
「まったくだ。皇宮の間抜けな護衛どものおかげで助かったぜ」
結局、皆はどうなったのだろうか。
彼らの話からすると、無事なようだが──。
「女!」
「!」
暗闇からいきなり手が伸び、明霞の髪が引っ張られた。
(痛いっ……)
痛みに顔を顰めるが、その男は無理やり自分の方に向かせ、厭らしく笑う。
「闇でもこの髪は目立つな。こんな見事な白髪はなかなか見ねぇ。それに……よく見ると、別嬪じゃねぇか」
「おい、傷をつけるなよ」
「わかってるって!」
男はニヤニヤと笑いながら、明霞の頭の先からつま先まで、舐め回すように眺める。
(気持ち悪いっ……)
顔を背けようとするが、それもできない。男の手が顎を掴み、動かせないのだ。
「気の毒になぁ、お嬢さん。運のないことだ」
「お、ほんとに別嬪だ。白髪だから婆さんかと思ったぜ」
「ババア攫ってどうすんだよ。そんなへましねぇわ」
「ぎゃはははは!」
(この人たち、本当に影なの!? 皇家に仕えるのだから、影にも品性が必要でしょう!?)
会話だけ聞いていると、まるで盗賊だ。
影でも下っ端を金で買収したのだろうと春燕が言っていたが、そのとおりだと思う。
「……なぁ、この女、このままにしておくのは勿体なくねぇか?」
「おい、何を言ってる!」
「生きてりゃ、問題ねぇだろ?」
「おいっ!」
明霞をここへ連れてきた男が、唯一怒りを露わにしている。
他の者はというと、不穏なことを言い出した男に賛同しているようだ。
(私を連れてきた男は、下っ端じゃないのかもしれないわ……)
なにせ、明霞を抱えながら、颯懍の攻撃を躱していたのだ。只者ではない。
「人質は、丁重に扱うもんだ」
「うるせぇよ。人質なんて、生きてりゃいい。それに、ある意味では丁重に扱ってやるから、問題ない」
そう言って、男は明霞を押し倒した。
「……っ!!」
思い切り叫びたかった。だが、あまりの恐怖に声が出ない。
(声、声を上げなきゃ……!)
焦れば焦るほど、空回りする。恐怖に心が支配され、何も考えられなくなる。
そうこうしているうちに、男数人に身体を押さえつけられ、ドレスに手をかけられた。
「おい! やめろっつってんだろ!!」
反対していた男も数人がかりで押さえつけられ、動けずにいる。
(……助けてくれる人は誰もいない)
「うひひひひ! 可愛がってやるから、おとなしくしとけよ……」
「チッ、このドレス、どうなってんだよ」
「面倒くせぇから、破いちまえよ」
「そうだな」
(嫌! このドレスは、颯懍様が私のために選んでくれたものなのにっ……!)
今日来ていた礼装は、互いが互いのために選んだものだった。
颯懍が明霞を思い、選んでくれたのだ。それを破くなど──
「嫌っ!」
ようやく声が出た。だが、それがかえって仇となる。
「ぎゃはははは! 聞いたか? 嫌だってよ!」
「かーわいいなぁ、おい」
「それでこそ、いたぶり甲斐があるってもんよ!」
明霞の抵抗は、逆に男たちの嗜虐心に火をつけた。
「やめて、お願いっ!」
「お願いされてもなぁ」
「お前ら! やめろっ!」
「うるせぇ!」
押さえつけられた男が、数人によって何度も殴られる。
「うぐぅ……っ」
「一人だけ正義漢ぶってんじゃねぇ。お前も後で回してやるから、黙って見てろ!」
ビリリリ……
「いやあああああっ!」
「ひゃーーっ!」
「いけぇ! やっちまえ!」
(嫌、嫌だ、絶対に……)
【ゆ る さ な い】
恐怖と怒りの限界を超え、明霞の意識が遥か彼方に追いやられる。
(え……ここは?)
真っ白な空間の中、明霞は途方に暮れ、そして愕然とする。
ここから、俯瞰で見えるのだ。──闇の中で、数人の男に押さえつけられ、貞操の危機にある自分の姿が。
(どういう……こと?)
その時だった。
突如、明霞の身体から眩い光が放たれ、男たちが四方に散った。
いつも読んでくださってありがとうございます。
いいな、面白いな、と感じていただけましたら、ブクマや評価(☆☆☆☆☆)をいただけますととても嬉しいです。皆さまの応援が励みになります!
どうぞよろしくお願いします!




