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紫黒の烏と銀の花嫁  作者: 九条 睦月


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26.襲撃

 様々な武器がぶつかり合う音、叫び声や唸り声がこだまする。

 途中で馬車の扉がこじ開けられそうになったが、春燕チュンヤンが対処し、事なきを得た。


「いったい誰が……」

「おそらく、青龍皇国の影ね」

「青龍皇国の影が、私たちを襲うの? そんなことをしても……」

「第一皇子の命で動いている輩よ。青龍皇国の影は、一枚岩ではないの」

「え……」


 皇族に仕える影は、どの国でも王のみと決まっている。

 玄武皇国には烏族がいるが、別に影の存在もある。烏族は仕える国が変わる可能性もあるので、なくすことはできないのだ。

 そんな影だが、烏族と同様、王の命でのみ動く。しかし、青龍皇国の影は、そうではないらしい。


「影なのに、仕える者が分かれているの?」

「基本的には王に。でも、第一皇子が私的に使いたいがために、下っ端を金で動かしたのだと思うわ」

「それは……問題ね」

「えぇ。組織自体も問題だけど、影を私用で使おうと考える第一皇子も問題だわ。しかもそれは、国のためではない」


 青龍皇国の第一皇子の息のかかった影……彼らの目的は、哉藍セイランだ。


哉藍セイラン殿下は……ご無事よね、きっと」

「えぇ。彼は一流の武人だもの。それに……烏族うちも対応しているはずだから、大丈夫」


 春燕チュンヤンの言葉に胸を撫で下ろすが、それにしては、激しくやり合う音がいつまで経っても止まない。

 すでに辺りは暗く、見通しがきかない。それ故、手こずっているのか。


(そんなはずはないわ。闇は烏族にとって脅威ではない。むしろ、有利に働く……)


「人の声が、やけに多い気がするのだけど……」

「そうね。私も、さっきからそれが気になっていて……」


 できれば様子を見に行きたい。だが、一度扉を開けてしまえば、明霞ミンシャも戦闘に巻き込まれてしまう。


 ガンッ!!


 何かが強く馬車に打ち付けられる音がした。


「きゃっ!」

「大丈夫! この扉は頑丈だから、そう簡単には開けられない!」


 明霞ミンシャを庇いながらも、春燕チュンヤンは窓に引かれたカーテンを細く開け、外を確認する。


「うわぁ……」

「なに!? どうしたの、春燕チュンヤン!?」


 春燕チュンヤンは、うんざりした顔で首を横に振った。


「皇宮の護衛たちが参戦してるみたい」

「それなら、すぐに制圧できるのでは?」

「そうとも限らないわ」


 明霞ミンシャは首を傾げる。

 烏族に加え、皇宮の護衛たちも加われば、敵をすぐに蹴散らせるのではないのか。


「彼らは、烏族みたいに夜目がきかない。となると、敵か味方かの判断が遅れるのよ。そんな人間が増えたところで有利にはならないし、むしろ不利。彼らに気を遣って戦わなきゃいけない分、ね」

「あ……」


 向こうは味方を把握しているし、影である以上闇には強い。敵は誰であろうが攻撃できる。だが、こちらはそうではないのだ。


「なんで参戦するかなーっ」

「……こんな場所で襲撃があれば、皇宮の護衛としては見過ごせないもの」

「それはそうだけど、烏族がいるのよ? 私たちが動きづらくなることはわかりきっているのに!」


 おそらく、護衛たちも気が動転しているのだろう。

 王のいる場所から、さほど離れていない場所での争い。即座に封じる必要がある。襲われているのが、青龍皇国第二皇子と、烏族次期長であることも明白だ。ならば、なおのこと加勢せねば。

 護衛を束ねる上の者がいれば、そうはならなかっただろう。状況を見て、むしろ手を出すべきではないと判断したはずだ。


「って言っても、仕方ないわよね……。普通の護衛に、そこまでの判断はできないもの」

「……そうよね」


 彼らが参戦しているのであれば、じきに上の者が駆け付けるだろう。が、すでに混戦状態となっている。収拾できる可能性は低い。

 その時、これまでとは比べ物にならないほどの衝撃音がし、直後に馬車が大きく揺れた。


「きゃあああっ!」

明霞ミンシャ!!」


 浮遊感とともに、身体のバランスが大きく崩れる。


 ガシャーーーーンッ!


 耳が痛くなるほどの破壊音、強い衝撃、そしてガンガンという何かが打ち付けられる音。

 頭がクラクラする。身体中が痛い。


「……っ」

「女だ!」

「なっ……」


 野太い声にうっすらと目を開けると、全身黒ずくめの男が明霞ミンシャの腕を取っていた。そして、すぐさま担ぎ上げられる。

 悲鳴をあげたくても、身体のあちこちが痛くてままならない。


(声がっ……出ない……)


 気付くと、馬車は横転しており、扉が破壊されていた。男はそこから入ってきたのだろう。


「させるかっ!」

「ぐあっ!」


 明霞ミンシャを担いでいた男が、烏に攻撃される。しかし、その一歩手前で明霞ミンシャの身体は投げ出され、別の男のところへ落とされていた。


「よっと」

「……っ」


 荷物のように扱われ、身体に衝撃が走る。痛みに呻くが、男は気にも留めない。


「安心しろ。お前は人質だ」


 男はそう言って、一足先に戦線離脱する。


「……っ!」


 何とか抵抗しようとするが、明霞ミンシャの力ではどうにもならない。それでもありったけの力を振り絞り、馬車を確認する。

 横転した馬車から春燕チュンヤンが飛び出し、こちらを見ているのが見えた。彼女は、大声で叫ぶ。


明霞ミンシャ―――――っ!!」


 明霞ミンシャもそれに応えようとするが、男は舌打ちし、移動スピードを上げる。

 だが──


「くっ!」


 突然男の身体が大きく跳ね、明霞ミンシャの身体が激しく揺れる。


(なに!?)


「チッ、邪魔だっ!」

「……」


 男は、何者かの攻撃を避けながら逃げていた。躱すのに必死になりながらも、明霞ミンシャにも注意を向け、隙がない。


「……ったく、しつけーーーなっ!」


 その上、相手に攻撃まで仕掛けている。彼は、相当な手練れなのだろう。

 彼に攻撃しているのは、烏のはずだが……


「そいつをっ……渡せっ」


 その声に、ハッとした。


颯懍ソンリェン様……!)


 痛む身体に鞭打って、明霞ミンシャは懸命に腕を伸ばす。


(お願い! ……気付いて!)


明霞ミンシャ!」


 颯懍ソンリェン明霞ミンシャの行動に気付いたようで、彼もこちらに向かって腕を伸ばす。


(あと、もう少し……!)


「おっと……そりゃ、困るなっ」

「くっ……」


 ほんの一瞬だけ触れた温もりは、あっという間に失われ、颯懍ソンリェンの気配が遠くなる。

 颯懍ソンリェンを邪魔しに、別の敵が現れたのだ。


颯懍ソンリェン様、颯懍ソンリェン様、颯懍ソンリェン様……っ!)


「なに、第二皇子と引き換えにお前は解放する」


 男はそう言って、更にスピードを上げる。

 襲撃の場からどんどん遠ざかっていく。武器のかち合う音や、争う声はもう聞こえない。


颯懍ソンリェン様……春燕チュンヤン……っ)


 二人とも、いや、二人だけではない。

 皆は傷だらけになって戦っているのだろう。そんな中、自分はただ守られていただけだ。


(私はなんて……無力なの……)


 明霞ミンシャは、足手まといの己を嫌悪し、深く絶望するのだった。

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