25-2.断罪(2)
「二人を引っ立てろ。まだ聞かねばならぬことがある」
雲嵐の命令に従者や護衛たちが反応し、彼らは美麗と麗花を捕らえ、連れて行く。
二人はこれから牢に入れられ、厳しい尋問を受けることになるだろう。
(終わった……)
明霞自身は何もしていないが、どっと脱力する。
春燕の手が背に添えられ、明霞は大丈夫だというように小さく頷く。
チラリと仔空を見遣ると、眉根を寄せて一点を見つめていた。
気持ちはわかる。
天罰が下ったと清々できればいいのだが、どうにも複雑な気分なのだ。
「雲嵐陛下」
その声に、雲嵐が哉藍の方を見る。彼は深く頭を垂れ、謝罪の言葉を口にした。
「経緯はどうあれ、私が玄武皇国へ来た理由の一つに烏族との接触がありました。願わくば、彼らを我が国に迎えたい……と。そのことについては、深く謝罪いたします。……ですが、ご安心ください。その申し出は拒否されました。烏族は義を重んじる一族、陛下が重用するのも大いに頷けます。また、それだけ陛下に義を尽くす価値があるということなのでしょう」
「……」
「国の恥を晒すようですが、我が国ではいまだ皇太子が決まっておりません。第一皇子がそれに値する人物ならばよかったのですが、彼を次期王にするわけにはいかない事情がございます。そういったこともあり、烏族の力を得たかったのでございます」
哉藍は、誠意を示すかのように、自らの事情を雲嵐に晒す。
本来ならば、自国の事情など他国には秘匿すべきもの。
烏族を通じてすでに知っている情報ではあるが、本人の口からもたらされたことが大きい。
(烏族も含め、王を騙したようなだもの……)
哉藍は、烏族の力を必要とした。
烏族は、明霞や仔空を虐げていたあの二人を制裁したかった。
互いが協力することで、それが達成できるのならばと、手を組んだのだ。ただしそれは、王の与り知らぬところでだ。
「私が烏族に接触したいことを知った麗花様は、そこに付け込んできました。……以前から何度も婚約の打診はいただいておりますが、こちらはお断りしていたはず。なのに、一向に納得してはいただけなかった。そして今回、こちらの弱みに付け込むという手段を取られたのです。……ならば、逆にそれを利用させてもらおうと思いました」
「……そなたは、そこまで麗花を厭うておったか」
哉藍は、疲れたように吐息する。
「恐れながら、陛下は、妃殿下やご息女の評判を正確に把握されておりますでしょうか。諜報に熱心な国ならば、どこであっても打診は断られるでしょう。私は実際に貴国を訪れ、それが真実であると認めました。麗花様のおかげで烏族と接触できたことには感謝しておりますが、同時に、更なる醜聞をも聞かされました。母親とともに腹違いの姉弟を虐げるなど、とんでもないことです」
「……」
「烏族に嫁がれた明霞様は、すでに烏族の人間。彼女を傷つけた者に対し、彼らが一矢報いようとするのは必至」
「利害関係が一致した、と」
「はい」
その言葉に、雲嵐は強く瞳を閉じた。
(お父様……)
心なしか、覇気が失せたように見える。
彼は今、何を思うのだろうか。
「……颯懍、烏族は、哉藍殿下に力を貸すのだな」
「はい。勝手をして申し訳ございませんが、今回ばかりは我を通させていただきます」
「……あの二人を御せなかった余に、否とは言えぬな」
(お父様はわかっていらっしゃるのね。これは、お父様に対する罰……)
颯懍の独断ならば、まだ否と言えただろう。
しかし、雲嵐はわかっているのだ。この件は、勝峰も了承済みであることを。
「あくまで、「影」に徹しよ」
「承知しております」
雲嵐は立ち上がり、呆然としている浩然に声をかける。
「いつまで呆けておる。仔空とともに執務室へ来い。今後の話をする」
「は、はいっ」
そして、今度は哉藍に告げた。
「哉藍殿下、宴は中止だ。そして、当然ながらこの婚約は無効となる。……それでよろしいな?」
「陛下の寛大なご対応、心より痛み入ります」
「うむ。帰国の際には一報を入れよ」
「はい。ありがとう存じます」
最後に、明霞を見て何かを言いかけるが、すぐに背を向けてしまう。
だが、ほんの小さな声だが、確かに聞こえた。
──すまなかった。
明霞の胸に、込み上げてくるものがある。
(私がもっとしっかりしていれば。もっと強ければ。もっと……。そうすれば、お父様ときちんと向き合えたかもしれない)
自分には関心がないのだと諦めていた。だから、対話することなど考えられなかった。
しかし、本当にそうだったのだろうか……。
「ここまでしないと、王は振り向かなかっただろう。だから……過去の自分を責めるな」
淡々としているが、優しく、温かな言葉。
颯懍を振り仰ぎ、明霞は瞳を潤ませる。
そんな彼女を慈しむように、颯懍は穏やかな表情で明霞を見つめた。
「……せっかくの良い雰囲気を壊すようで申し訳ないが、そろそろ退散しようか。我々がいては、片付けもできないだろう」
哉藍の声にハッと我に返り、一行は帰る準備を始める。
(恥ずかしいところを見られてしまったわ……)
明霞が穴に入りたい気持ちになっているところ、春燕とヤーは、小声でこそこそと話し出す。
『あと一息だったのに!』
「珍しくいい雰囲気だったわよね! 哉藍殿下も、もうちょっと待ってくれたらよかったのに」
『今度いい雰囲気になるのは、いつって話よ』
「そのとおり!」
微かな声だというのに、耳ざとい颯懍には聞こえたのか、眉間に深い皺が寄った。
「颯懍殿、本当に申し訳なかったな」
「~~~~っ」
「殿下、悪ふざけがすぎます」
哉藍もちゃっかり聞いていたようで、わざわざ颯懍に謝ってみせ、静に怒られている。
「……?」
ひたすら自分にかまけていた明霞がふと周りを見渡すと、いつの間にやら皆が和んでいた。
(春燕と哉藍殿下は笑っているけれど、颯懍様はちょっと怒っている……? いったいどうしたのかしら?)
訳がわかっていないのは、明霞だけ。
「ねぇ、春燕……」
「春燕、全員に伝えろ! 今から戻る!」
「はーい」
春燕に尋ねようとした瞬間に颯懍に遮られ、結局何も聞けないまま、明霞は馬車に乗せられる。
「颯懍殿、有益な情報、感謝する。これで何とかなりそうだよ」
帰り際、哉藍が笑顔でそう言った。
颯懍はすでに、彼との約束を果たしていたのだ。
「それならよかった」
「烏族に……いや、そなたと会えてよかった。ではまた」
別れの挨拶を済ませ、馬車が走り出そうとしたその時だった。
「……っ!!」
どこからか、銀色に光る何かが振り下ろされ、ガキンという耳障りな音が響き渡る。
「何者だっ!」
潜んでいた烏たちが一斉に飛び出してくる。
見えない敵に向かって、各々が武器を取り出した。
「颯懍様っ!」
「明霞、絶対に出るなっ! 春燕、明霞を守れ!」
その声を最後に、駆ける足音がした。颯懍がここを離れたのだ。
「明霞、大丈夫、大丈夫よ」
「春燕……」
ようやく終わった──はずだった。
馬車の外では、敵味方問わず、激しい声が入り乱れている。
そんな中、明霞は馬車の中で、ひたすら皆の無事を祈ることしかできなかった。
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