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紫黒の烏と銀の花嫁  作者: 九条 睦月


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25.断罪

 胡乱げな顔をする雲嵐ウンランに対し、哉藍セイランはにこやかに微笑んでいる。颯懍ソンリェンも落ち着いた表情で王を見つめていた。

 それに対し、慌てているのは美麗メイリン麗花リーファだ。

 烏族と哉藍セイランを引き合わせたことは、雲嵐ウンランには伝えていない。伝えられるはずもない。

 烏族を使うことができるのは、王のみ。王命以外で烏族は動かない。だから、本来はこのようなことはありえないのだ。

 だが、彼女たちは仔空シアを盾に取って明霞ミンシャを脅し、烏族を勝手に動かした。


「き、きっと、会った瞬間に気が合ったのでしょう! 微笑ましいことではないですか!」

「そ、そうよ! 哉藍セイラン様、次期長とは今日初めて会ったのですよね!」


 哉藍セイランの望みを叶える時、このことは他言無用だと言い含めたはずだ。だから、こちらに話を合わせてくれるはず──。


(最後の最後で、詰めが甘かったようね、麗花リーファ……)


 明霞ミンシャは静かに目を伏せる。


 哉藍セイランの心が麗花リーファにあれば、何の問題もなかっただろう。だが、そうではないのだ。

 麗花リーファは烏族と引き合わせる代わりに、自分との婚姻を承諾させた。そこに哉藍セイランの気持ちは一切考慮されていない。

 彼の望みは叶えられたが、面倒な婚姻を押し付けられた。一方、麗花リーファの方は、この件が明るみに出ない限り旨味しかない。

 一見対等な取引のように見えて、実はそうではない。だから──


(いいえ、それだけではないけれど……)


 哉藍セイランは、麗花リーファの言葉に曖昧に微笑み、雲嵐ウンランに告げた。──何もわからないフリをして。


「実は、麗花リーファ様に颯懍ソンリェン殿と話す機会を作っていただいたのです。私の無理な願いを聞き届けていただき、とても感謝しています。その献身に胸を打たれ、私は彼女と婚約することにしたのですよ」

「なん……だと……」


 場の空気が一気に凍てつく。

 従者たちは震えあがり、宮女たちも隅に集まって身を寄せ合った。


「……麗花リーファ! お前、そんなことを、本当に……っ!」


 怒りに震える雲嵐ウンランの代わりに、浩然ハオレンが立ち上がり、麗花リーファの元へと詰め寄る。


「きゃあっ! お、お兄様っ! 痛い、痛いわっ!」


 叫び声をあげる麗花リーファに一切構わず、浩然ハオレンは彼女の腕を強く掴んだまま早く答えろと急かす。が、麗花リーファ美麗メイリンに縋り付き、泣きわめくだけだ。


麗花リーファ!」

「乱暴はやめなさい、浩然ハオレン!」

「母上は黙っていてください! これは由々しきことです! 皇女ごときが烏族を動かすなど……っ」


 雲嵐ウンランは、鋭い視線を妻と娘に向けている。

 いつもは捨て置き、好きにさせているが、今回ばかりはそうはいかない。

 そこへ、更に燃料が投下された。


麗花リーファ単独でやったとは思えません」

「!?」


 一瞬の静寂の隙をついてそう訴えたのは、仔空シアだった。

 浩然ハオレン仔空シアの方を向き、どういうことだと問う。

 それには答えず、仔空シア颯懍ソンリェンに尋ねた。


「烏族次期長、颯懍ソンリェン殿にお尋ねします。あなたは何故、哉藍セイラン殿下と会うことに了承されたのでしょうか」


 雲嵐ウンラン浩然ハオレンの目が大きく見開く。

 確かに、仔空シアの問いはもっともなことである。


颯懍ソンリェン、答えよ」


 雲嵐ウンランの地を這うような声に、颯懍ソンリェンは一礼して答える。


「あえて、単刀直入に申し上げます。……先日こちらへ伺った際、明霞ミンシャが脅されました。麗花リーファ殿下に物置に閉じ込められ、心身ともに傷つけられたのです」

「嘘よ! 私はそんなことしてないっ! ありえないっ! 不敬だわっ!!」

「黙れ!」


 雲嵐ウンランの一喝に、麗花リーファが口を噤む。

 王がこれほど声を荒らげることなど、滅多にないことだ。少なくとも、明霞ミンシャは初めて見た。そしてそれは、美麗メイリンにしても、麗花リーファにしても、同じだったのだろう。彼女たちも驚愕の表情を浮かべている。


「続けよ」

「はっ。……その際、大切な人間を盾に取られ、烏族に命令を聞くようにと脅迫されたのです」

「……で、そなたはそれを聞き入れたというのか?」

明霞ミンシャはすでに烏族の人間。大切な家族です。その家族が窮地に陥っているのであれば、何をおいても助ける……その件につきましては、ある程度許容されているはず」

「とはいえ、余に隠れて他国の皇族と会うなど……」

「はい。本来ならば、決して許されることではございません。だから今、こうしてお話させていただいているのです」

「は……?」


 ここで、仔空シアが口を挟む。


「陛下、麗花リーファは我儘ですが、このようなことを考えつけるような娘ではございません。おそらく、第三者の助言があったはずです」


 仔空シアの言葉の後に、ヒッという微かな声が聞こえた。

 その声の主に注目が集まる。


「……美麗メイリン、お前か」

「へ、陛下! 私はそのようなことは決して……」

「ちょっと、お母様! お母様が言ったんじゃない! 仔空シア兄様を使って脅迫すればお姉様はどんなことでもする、烏族に話をつけて、烏を自由に使えるようにすれば、哉藍セイラン様の望みを叶えられ、私の望みも叶うって!」

麗花リーファ! いい加減になさい! 私を巻き込まないで!」

「ひどいわ、お母様!!」


 母娘が醜い言い争いを始め、この場にいる者は皆、呆れかえった。

 彼女らは、今の自分たちの立場がわかっているのだろうか。


哉藍セイラン様! ひどいわ、哉藍セイラン様! どうして明かしてしまったの? 私は、この件は絶対に秘密にするようにと言ったでしょう!?」


 涙で目を真っ赤にしながら訴える麗花リーファに、哉藍セイランはひょいと肩を竦め、冷笑を浮かべた。


「さて、そうだったかな? 烏族は王にしか動かせない。そんなことは、他国の人間でも知っている。だから、てっきり雲嵐ウンラン陛下も了承されているものだと思っていたよ」


 そんなわけはないのだが、それを飄々と言ってのける狡猾さは、さすが皇族といったところか。

 哉藍セイランに裏切られ、麗花リーファはその場に崩れ落ちる。美麗メイリンはいまだうるさく言い訳をまくしたてているが、もはや誰も聞いていない。

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