24.婚約の儀
善は急げとばかりに、麗花と哉藍の婚約の儀が、早々に執り行われることになった。
この大陸に存在する四つの国は、それぞれ国名にもなっている神獣を神と崇めており、玄武皇国は玄武を神としている。玄武を崇める教えが「玄武神教」であり、国民は皆、教徒である。
そして、玄武神教教祖の前で婚約の契約を取り交わすのが、「婚約の儀」だ。
青龍皇国にも同じしきたりがあるが、国をまたいでの婚約の場合、どちらか片方で行えばよいことになっている。婚姻の際は、夫婦が暮らす国で行うのが通例である。
婚約の儀の後は、それを祝う宴が催される。
哉藍を歓迎する宴が開かれて、まだそれほど日は経っていないというのに、今度は婚約の宴だ。皇宮で働く者たちは、連日大忙しだった。
婚約の儀には、当人同士の他は、身内だけの出席となる。明霞はすでに外の人間なので、これには含まれない。
だが、宴の方には招待された。もちろん、颯懍とともにである。
二人は出席の返事をし、諸々の準備を進めていった。
「仔空にも、すでに情報は共有されているな?」
「万事抜かりなく」
烏の答えに、颯懍は鷹揚に頷く。その隣で、明霞も気を引き締めた。
(いよいよね)
この日のために誂えた深紅のドレスを身に纏った明霞は、皇宮にいた頃とは別人のようになっていた。
皆に大切にされ、明霞も皆を大切に想うことで、彼女の見た目はどんどん変わっていった。今ではもう、巣に来たばかりの頃の面影はない。
くすんだような白髪は鮮やかな白になり、日に照らされるとキラキラと輝く。不健康そうな顔色や冴えない表情も一掃されており、薄墨色の瞳の色もだんだんと濃くなっている。色がはっきりしてきたことにより、元々の美しい容貌が際立ち、目を引いた。
そんな、今の明霞だからこそよく似合うドレス。そこには精緻な刺繍が施されており、銀の烏が舞っていた。
颯懍はというと、黒の礼服に身を包んでいる。
品のある深い黒に、高貴な紫の烏が刺繍されている。襟ぐりと袖口の濃紅は彼の瞳の色であり、全てを引き立たせていた。
二人が並ぶと、それは紛うことなき、番の烏──。
『明霞、すごく綺麗よ!』
「ありがとう、ヤー」
明霞の肩にはヤーがとまっており、しきりにはしゃいでいる。
一方、颯懍の肩にいるシェンは、静かに佇んでいた。彼は主に似て、口数が少ない。しかし、どこか誇らしげに見えた。
「明霞、この間の謁見とは違って、今回はずっと側で控えていられるから安心して」
小奇麗な侍女服を纏った春燕も、すでに側で待機している。もちろん、肩には相棒のイェンがいた。
護衛としてついて行く他の烏や「烏」たちも、準備万端である。
彼らに向かって、颯懍が言った。
「今日の宴は、おそらく荒れる。だが、必要以上に気負う必要はない。……いつもどおりだ。よろしく頼む」
「了」
皆が一斉にそう応える。
颯懍は勝峰を見て一礼し、明霞を振り返った。
「行くぞ」
「はい!」
明霞は、差し出されたその手を取る。そして、多少ぎこちなさは残るが、艶やかに微笑んだ。
*
婚約の儀を滞りなく済ませ、宴の席に現れた麗花は、まるで結婚式のような衣装を身に纏っていた。
その隣にいる哉藍も豪華絢爛な恰好をさせられており、笑顔ではあるが、時々虚ろな表情になっている。その度に、側に控える静に指摘されているようで、事情のわかっている明霞たちからすると、それが少々気の毒であり、おかしくもあった。
主役の二人を迎え、王、雲嵐の宣言で宴が始まる。
中央の麗花は、眩いばかりの美しさを放っている。その表情は恍惚としており、この幸せがこの先も永遠に続いていくことを微塵も疑っていない。
そしてそれは、美麗も同じだった。
彼女はしばらくの間、美しく着飾った娘をおとなしく眺めていたが、やがて夫の元を離れ、娘の側へと侍る。麗花と哉藍にしきりに話しかけ、親しげな笑みを向ける。その光景は、人々の目には一種異様なものに映った。
(お義母様ったら、あれではまるで、ご自分も主役であるかのようだわ。いつもならお父様の側を離れたりしないのに、今日は見向きもしない……)
おそらく、この場にいる全員が明霞と同じような感想を抱いているだろう。その証拠に、皆の笑顔が若干引き攣っている。
その中で、いつもと変わらないのは雲嵐だけだった。両端に控える浩然は必死に平静を保とうとしているのがわかるし、仔空は逆に呆れたような表情を浮かべている。
微妙な空気ではあるが、宴は中盤まで何事もなく、穏やかに過ぎていった。
『なんだか変な感じ』
「そうね。それに、ヤーたちのこと、お義母様にまた一言物申されるかと思ったけれど、それもなかったしね」
『私たちが気に入らないのは変わらないみたいよ? 時々こっちを見て睨むもの』
明霞と颯懍の肩には、それぞれヤーとシェンがとまっている。
謁見ではそれを非難されたが、今回は何も言われなかった。彼女の性格からすると、同じ返答をされるとわかっていても、文句の一つや二つ、言いそうなものだが。
「そんな時間を惜しむほど、媚びることに忙しいんじゃない?」
明霞とヤーのひそひそ話に、春燕も加わった。
春燕は、明霞の側に控えることは許されたが、さすがに相棒までとはいかなかった。だが、これは想定どおりだ。イェンは外で待機している。
「媚びる?」
「えぇ。不自然なほどずっとニコニコしていて、哉藍殿下に懸命に話しかけて、まるで取り入りたいように見えるわ。これが媚びでなくて、なんだと言うの?」
「……そうかも」
春燕の言うとおり、美麗の態度はいつもとは違っている。
「彼女は、娘について行く気らしい」
そこで、ボソッと低い声がした。
明霞と春燕が、同時に颯懍の方を向く。
彼は彼女たちとは目を合わさず、口だけを動かす。それを見て、二人も視線を逸らした。
「「烏」が情報を持ってきた。彼女は娘の輿入れ後、玄武皇国を出る。……自分に振り向かない夫に愛想が尽きたのだろう」
「……」
颯懍の言葉に、明霞は密かに衝撃を受けていた。
(あのお義母様が……。あれほどお父様に執着して、お母様や私、仔空を邪険にしてきたというのに……)
美麗の仕打ちは苛烈であった。そこに麗花が加わるようになってからは、更に。
それらはすべて、雲嵐の寵愛を得られない不満からきていたというのに。
「正妃が国を出るなんて……」
「離縁して出て行くようだぞ」
その言葉にたまらなくなり、明霞は脱力したように肩を落とす。
(お義母様は勝手すぎる。お父様だってよくなかったけれど……愛想を尽かすなら、もっと早くにしてほしかった)
そうだったなら、母、魅音も、命を縮めずにいられたかもしれない。
「散々好き放題やってきて、最後には全部捨てるだなんて。そんなの、絶対に許さないわ」
春燕の言葉に、明霞は拳を握り締める。
そうだ。そんなことは許されない。そして美麗、麗花、彼女たちはもう引き返せないところにいる──。
明霞が彼女たちを見つめていると、隣にいた哉藍が彼女らに一声かけ、立ち上がった。
(哉藍殿下がこっちに来る……!)
颯懍を見上げると、彼は小さく頷く。
(いよいよだわ)
哉藍はにこやかな表情を浮かべ、颯懍の元へやって来た。
「颯懍殿、あの日以来ですね」
「えぇ。この度は、ご婚約という素晴らしい……」
「あぁ、堅苦しい挨拶など必要ないよ。私と颯懍殿の仲ではないか」
「恐縮でございます」
二人は柔らかな笑みを交わす。
「颯懍殿、隣の美しい女性は、あなたの奥方だろうか」
「はい。妻の明霞です」
「哉藍殿下にご挨拶申し上げます。烏族次期長、颯懍の妻、明霞と申します」
会合で一度会っているにもかかわらず、初めましての挨拶をすることは少々照れる。
しかし、あの会合で明霞も一緒にいたことを、麗花に悟らせるわけにはいかない。
颯懍と明霞、そして哉藍が和やかな会話を繰り広げている様子に、周りが目を丸くしているのがわかる。
そして、その時がきた。
「哉藍殿下、そなたと颯懍は、今日ここで初めて会ったのではないのか?」
その割に、仲睦まじげな二人を不審に思い、雲嵐が声をかけてきたのだ。
その瞬間、辺りは一気に静まり返った。
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