23-2.それぞれの思惑(2)
*
一方、皇宮では──
「いったい……どういうことだ?」
「青龍皇国……しかも、相手が第二皇子とは……」
雲嵐と浩然が、一通の書を見つめながら驚愕している。
というのも、青龍皇国の第二皇子、哉藍から、麗花へ婚約の申し入れがあったのだ。数回にわたってこちらから打診した際には、にべもなかったというのに。
「麗花が哉藍殿下を落とした、ということでしょう」
「は? お前は、あの宴での様子を見ていなかったのか?」
浩然がそう言って睨みつけたのは、仔空である。
この場で冷静なのは、彼だけだ。
それを訝しんだ雲嵐は、仔空に問う。
「そなた、もしやこうなることを知っていたのか?」
「まさか! ですが、歓迎の宴の日以降も、麗花は献身的に殿下に尽くしておりました。それにほだされたのではないでしょうか」
(宴の日もそうだったが、それ以降も宿に押しかけたりしていたようだし、さぞ大変だっただろう)
表とは裏腹に、裏ではすっかり哉藍に同情している。
彼は、すでに明霞と颯懍の思惑を知っていた。もちろん、「烏」を通じてだ。
あの会合以降、仔空に情報を運んでくるのはヤーだった。意気投合した彼のことは殊更気に入っているようで、彼女から進んでその役を引き受けたのだという。
だから、哉藍があえて麗花と婚約する、ということはすでに知っていた。そのために、麗花が何をしたのかも。
(腹違いとはいえ、我が妹ながら大胆なことをする。いや……きっと、義母上の入れ知恵もあるのだろうな)
彼女らは、自分たちの望みを叶えるために、踏み越えてはならない境界線を越えてしまった……。
「仔空!」
「……申し訳ございません。なんでしょうか、義兄上」
「だから……あの皇子が麗花にほだされたと、本気で思っているのかと聞いている!」
雲嵐は納得したようだが、浩然はそうではなかった。同じ身内でも、ここは違う。
(関わっている時間が全然違うものな)
雲嵐は、親ではあるが、跡継ぎである浩然やスペアの仔空と違い、娘の麗花と直接関わることは少ない。
関わるとしても、常に美麗が間に入る。そうなると、ますます雲嵐は麗花を避けるようになっていく。なので、美しい容姿は認めるが、その本性までは知る由もない。
だが浩然は、同じ母親を持つ兄として、彼女と関わることが多くあった。面倒なことをねだられたりすることなどしょっちゅうで、それを聞かなければ癇癪を起こされるなど、それはもう散々迷惑を被ってきたのだ。だから、今回の話を素直に信じる気にはなれない。
「いくら麗花が本性を隠していても、あの皇子はそれに騙されたりはしない。だからこそ、宴でもあれほど扱いに困っていたではないか」
「可愛い妹に、なんてことをおっしゃるのですか」
「仔空!」
内心では激しく同意するも、表面上は味方するわけにはいかない。
仔空は、憤る義兄をなんとか宥めようとする。
そんな二人のやり取りをしばらく眺めていた雲嵐だが、溜息をつき、こう言った。
「経緯はわからんが、婚約の申し入れは本物だ。この書簡には、青龍皇国皇王の署名がある」
「……」
皇王の署名があるということは、王も認めているということだ。
「理由はわからんが、こちらにとって不利益はない。麗花もかねてより望んでおったことだ。謹んで受けることにする」
「……承知いたしました」
「陛下の御心のままに」
青龍皇国から正式に婚約の申し入れがあったことは、すぐさま美麗と麗花に知らされた。その報を聞いた途端、二人は歓喜の声をあげる。
「お母様! やった、やりましたわ!」
「そうね! おめでとう、麗花!」
「これで……憧れの青龍皇国へ行けるのね。そして、麗しの哉藍様の妃に……!」
「青龍皇国の皇子妃なんて、この国、いいえ、大陸中の女の夢だわ! 本当によかったわね」
「えぇ! これも、全部お母様のおかげだわ! 青龍皇国へ嫁いだ後、落ち着いたら必ずお母様をお呼びするから、それまで待っていてね」
「頼んだわよ、麗花」
美麗が、蠱惑な笑みを浮かべる。
彼女も娘と同じく、祖国をあまり好んではいなかった。いや、そんな彼女に育てられたからこそ、麗花もそう思うようになったのだろう。
決して貧しくはないが、慎ましやかで派手さに欠ける玄武皇国。森林が多く、開けていない土地も多い。彼女はそんな祖国から、外の世界へ飛び出したかった。
だが、生まれ持った高貴な身分を捨てることなど考えられない。裕福で何不自由なく、蝶よ花よと育てられた美麗は、そんな贅沢な暮らしに慣れきっており、それ以上は望んでも、以下など考える余地もなかったのだ。
美しさと身分の高さから、次期王であった雲嵐の婚約者となり、そのまま婚姻し、雲嵐が王を継いだと同時に、この国の妃となった。
これまで、何を置いても最優先されてきた美麗は、婚姻後もそれを当然のものとする。だが、それは叶わなかった。
慣例に従って、王が側妃を娶ることにも我慢ならなかった。跡継ぎの問題なら、子を孕めなかった時にそうすればよかったのだ。だが、婚姻後ほどなくして、王は側妃、魅音を娶った。
己より身分の低い女で、容姿も美しいと言えなくもないが、自分と比べるまでもない、その程度の女。しかし、雲嵐はよりにもよって、そんな女と美麗を同等に扱った。
業腹だった。その激しい怒りは側妃に向かい、やがてはその子らへ。彼らが憎くて憎くてたまらなかった。
それと同時に、一向に自分を寵愛しない夫にも愛想が尽きてきた。
向こうがそういうつもりなら、こちらも好きにしてやる。
麗花が青龍皇国に輿入れしたいと言い出した頃から、そう思うようになった。娘の願いが叶ったら、自分も夫とこの国を捨て、新しい場所へと旅立つのだ──。
「もうすぐ、私たちの夢が叶うわね」
「えぇ、お母様! 私、とっても嬉しいわ!」
幸せそうに微笑みながら、手を取り合う二人。
だが、そんな二人に冷淡な眼差しを向けるものがいた。──「烏」である。
『……』
上機嫌で部屋を出て行く二人を見届けた後、「烏」はそのまま空高く飛び去っていった。
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