22-2.秘匿の会合(2)
*
「単刀直入に言おう。颯懍殿、我が皇王に仕える気はないだろうか。玄武皇国と交わしている契約の確認も必要だが、概ねこちらでも受け入れられるはずだ。更に追加する条件が必要ならば検討しよう。……どうだろうか?」
(た、単刀直入すぎない……!?)
直球も直球、何の捻りもないド直球である。
(だからこそ、裏がなく、信頼できる人に思えてしまうわ)
これも哉藍の手なのかもしれないが、そうだとしたら上手い。人たらしだという評判も聞くが、まったくもってそのとおりだ。
明霞は哉藍のペースに呑まれそうになるが、さすが、颯懍は冷静である。
「私の一存ではどうにも。それより哉藍殿下、烏族が青龍皇国に仕えた際、あなたにもたらされる利とは何でしょう?」
「そうだなぁ……皇国内での発言力が強くなるね」
「国の政策に深く携わりたい、と」
「もちろん。私は武に長けているという理由で、国内外の争いごとに頻繁に駆り出されている。そのせいで、政では除け者にされることが多いんだ。私にも志はあるし、国力を向上させる構想だって持っている。しかし、今の立場ではそれを反映させることが難しい。私は今、武ではない「力」が欲しいんだよ」
腹の探り合いになるかと予想していたが、それはいい意味で裏切られた。
哉藍が己の胸の内を隠したまま話を進めるようなら、こちらから切り込むつもりだったが、その必要はなさそうだ。
颯懍は哉藍を見つめ、僅かに口角を上げる。
「率直な方ですね」
「烏族に隠し事をしても無駄だからね。私は、無駄なことはしない主義なんだ。……君たちはすでに知っているんだろう? 我が国では、次期王がまだ決まっていないことを」
「はい。存じております」
「やはりね」
ニヤリと、哉藍が笑った。
「うちは、第一皇子が皇太子になるわけではないんだ。これは公表していないから、第一皇子が皇太子だと思われているだろう。だが実は、皇子が複数いた場合、もっとも優れた者が立太子されることになっている。現在、皇子は私と兄の二人だけで、いずれどちらかが立太子されるんだが……兄では、少々役不足なんだよね」
そう言って、哉藍は悪戯っぽく肩を竦める。
(そうか……哉藍殿下が烏族を青龍皇国に連れてくることができれば、彼が皇太子になれる可能性が高まるんだわ)
明霞の考えを裏付けるように、颯懍が言った。
「我が一族が青龍皇国に仕えたなら、あなたは皇太子になれる」
「そう。君たちを我が国に迎えられるということは、それほど大きなことなんだよ。第一皇子派の貴族たちも、一切口を出せなくなる」
四つの国で成り立つこの大陸で、烏族はそれほどまでに重要視される一族なのだ。
それをまざまざと見せつけられたようで、明霞は密かに身震いした。
(颯懍様の答えは決まっている。それでも……青龍皇国みたいな豊かな大国にここまで乞われて、気持ちが揺るがないはずがない)
明霞は、麗花のようにかの国に強い憧れを持っているわけではない。それでも、ほんの少し心が揺れるのだ。
玄武皇国だって、地味だけれど程ほどに豊かな国だ。元皇族としてそれなりに愛国心だってある。しかし、それを上回る、他国に対する好奇心は尽きない。
明霞でさえこれなのだから、颯懍だって──
「我が一族をそこまで評価していただき、ありがとうございます」
颯懍は冷静さを失わない。
彼の表情からは、気持ちの揺れなど一切読み取れなかった。
「評価しない国など、この大陸には存在しない」
「光栄に存じます」
「で、我が国へ来てくれるのか?」
瞳を輝かせて問う哉藍に、颯懍は思わず苦笑を漏らす。
今にも身を乗り出さんばかりの彼を見て、ついそうせずにはいられなかったのだ。
「あなたは……不思議なお方ですね」
「……そうか?」
颯懍の言葉に首を傾げる哉藍だが、明霞は颯懍の気持ちがよくわかった。
(一国の皇子としての威厳はもちろんある。けれど、この親しみやすさはいったいなんなのかしら。人懐こいというか……哉藍殿下は、人を魅了する力もあるみたい)
青龍皇国の第一皇子は、哉藍とは正反対ともいえる人物だと聞いている。
いつも難しい表情で、身分や礼儀を何よりも重んじる。些細な失敗も許さない完璧主義者で、とにかく自他ともに厳しいらしい。
国を統べるには、そういった面も必要だろう。だが、人を惹きつける魅力がなければ、それはきっと叶わない。
そういう意味では、哉藍の方が王に向いているのかもしれない。
(お父様も……哉藍殿下とはまったく違うけれど、臣下や民には慕われているわ。だから、立派に国を治められている)
雲嵐は良き王として、玄武皇国を治めている。そして、皇太子の浩然も次期王として評価され、期待されている。
それはひとえに、彼らの「平等さ」故だ。私情の入る余地などなく、それは徹底されている。
能力のある者は、身分に関係なく重用される。不正は決して許されず、発覚すれば罰せられる。それがどれほど高い身分の者であっても。
そんな潔白な環境に異を唱える者も存在するが、それはごく一部。大部分の者たちは歓迎している。
だが、その頑なまでの「平等さ」は、家庭では仇になった。
正妃、美麗があれほどまでに側妃を疎んだのは、夫が二人をまったく平等に扱ったからだ。
彼女は、正妃である自分と、自分より身分の低い側妃、魅音が同列にされることに我慢ならなかった。
だからといって、あからさまに側妃を冷遇するのはいかがなものかと思うが、扱いに多少の差はあってもよかったのではないかと明霞は思っていた。そうすれば、母や自分たちはもっと生きやすかったのではないかと……。
「烏族は、玄武皇国に仕えております。それはこの先も変わりません」
颯懍の声に、ハッと顔を上げる。
つらつらと考えていたことを振り払い、明霞は二人の様子を窺った。
颯懍は相変わらず冷静な姿勢は崩さず、淡々としている。一方、哉藍は一瞬目を丸くした後、眉を下げた。
「そうか……。まぁ、簡単に頷いてくれるとは思っていなかったが」
「申し訳ございません」
「いや」
哉藍は小さく息を吐き出し、困ったような顔で笑う。
「烏族は義理堅い。よほどのことがない限り、仕える国を変えたりはしない。それはわかっていたんだけれどね」
「はい。……ですが」
「ん?」
まだ希望はあるのだろうか。
哉藍が今度こそ本当に身を乗り出し、食い入るようにこちらを見つめてきた。
颯懍は僅かに笑み、こう言った。
「私の提示する条件を呑んでいただければ、個人的に協力することは可能です」
「条件? 協力?」
「殿下!」
「黙れ、静! これが落ち着いていられようか!」
興奮する哉藍を留めようとする静に一喝し、彼は颯懍に先を促す。
颯懍は懐から手紙のようなものを取り出し、哉藍に渡した。
「内容を確認し、署名をお願いします。誓約書となります」
「わかった! すぐに確認する!」
哉藍は封を開け、中身を確認する。
空色の瞳を忙しなく動かし内容を読み込むと、手を差し出す。すかさず、颯懍が筆を渡した。
「条件を呑もう。ぜひ協力を頼む!」
哉藍は誓約書に署名し、そう言った。その言葉に、颯懍が力強く頷く。
「承知いたしました」
彼らは固く手を取り合い、互いに頷きあう。
これで、協力関係は相成った。
「それでは、皇都までお送りいたします」
「あぁ。よろしく頼むよ」
颯懍は外に待機していた烏を呼び、哉藍と静を皇都まで送り届けるよう指示を出す。
「今後、連絡は「烏」を通して行います。決して攻撃などされないよう」
「わかった」
哉藍たちが乗り込んだのを確認するや、馬車は動き出す。そして、瞬く間にその姿は森の中へと消えた。
こうして、秘匿の会合は幕を閉じたのだった。
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