22.秘匿の会合
烏族の巣とは別の森、奥深い場所に簡素な小屋があった。
見た目はみすぼらしいが、中に入ると必要なものは揃っており、きちんと掃除もされている。
素朴な卓の上には美しいクロスがかけられており、サイドテーブルの上には茶器が用意されている。椅子にも卓と同じ柄のクロスがかけられていて、柔らかな蒲団は座り心地がよさそうだ。
「明霞、そろそろ時間だ。烏からもうすぐ到着すると連絡がきた」
「はい、颯懍様」
皇都を出たところで、哉藍と側近をこちらの馬車に乗せ、ここまで連れてくることになっていた。先ほど、その役目を任された烏から「烏」を通じて連絡がきたのだ。
興味深々といったように小屋のあちこちを見て回っていた明霞は、颯懍の言葉に気を引き締める。
「どうやら後をつけられていたようだが、無事撒いたらしい」
「後を? ……麗花でしょうか?」
「いや、そうとも限らない。この国の人間ではない感じがしたということだから、もしかするとあちらの国の者かもしれない」
「青龍皇国の影が、哉藍殿下の護衛として入国したのでしょうか」
「あの皇子に護衛は必要ない。それに、元々護衛はつけずに入国したはずだ。……どうもきな臭いな。ここへ乗り込んでくるようなことはないだろうが、念のため注意しておいてくれ」
「かしこまりました」
(青龍皇国で、何か揉め事でもあるのかしら? 哉藍殿下はそれに巻き込まれている……?)
よくわからないが、颯懍の言うとおり注意しておくべきだろう。万が一ということもある。
とはいえ、戦うことのできない明霞は、逃げるもしくは身を隠す、といった策しかないのだが。
『もう、颯懍ったら! どうしてここで「俺が守ってやるから安心しろ」って一言が言えないの!』
「ヤー!」
颯懍が明霞から背を向けたタイミングで、ヤーがそう叫んだ。
明霞は慌てて止めようとするが、ヤーは止まらない。
『注意しておけってなに? か弱い明霞が自衛なんてできるわけないじゃない! 逃げたってすぐ捕まるだろうし、隠れるにしても、こんな小さな小屋じゃ隠れる場所なんてないわ。この森は烏族の森ほど安全じゃないから、そこに隠れたって危険だし。ったく、自分の嫁くらい身体張って守りなさい! まぁ守るんでしょうけど、ちゃんと言葉にしなさいよ! 嫁を不安にさせてるんじゃないわよ!』
「ちょ、ちょっと、ヤー!」
『明霞は黙ってて!』
「……はい」
ヤーの剣幕に圧され、つい引き下がってしまう。
(私のために言ってくれているんだろうけれど、さりげなく貶されてる気もするわ……)
しかし、彼女の言うことは逐一間違っていない。
明霞の足では逃げてもたかが知れているし、森の中に隠れるにしても、上手くやれるかどうか……。
己の不甲斐なさに、しゅんと項垂れてしまう。
そうこうしているうちに、ヤーはシェンを押しのけ、颯懍の肩にとまった。そして、颯懍の耳元で怒鳴る。
『ほら! さっさと嫁を安心させなさい!』
(ヤー……! 暴走しすぎ……!)
ヤーは、常日頃からこの二人の距離がじれったくて仕方なかった。
明霞は明らかに颯懍を意識し、好意を持っている。そして、颯懍の方も憎からず想っていることが窺える。
にもかかわらず、颯懍はいまだはっきりと明霞を花嫁として認めるとは言っていないし、明霞もそれに触れようとしない。
春燕に不満を漏らせば、「こういうことは、外野は口出しせず見守る方がいいのよ」なんて言う。
物事にはっきり白黒つけたい質のヤーは、それがもどかしくてならなかったのだ。
颯懍は、ヤーの大声に眉を顰めるが、邪見にはしない。追いやられてしまったシェンは、そんな颯懍を気の毒そうに眺めている。
明霞はどうなることかとハラハラして見守っていたが、颯懍はやがて明霞の方を向き、早口で言った。
「必ず守る」
「……っ」
小さな声だが、はっきりと聞こえた。
颯懍はすぐに顔を背け、護衛たちに指示を出すと言って外へ出て行く。
颯懍の肩から明霞の肩に戻ってきたヤーは、得意げに胸を反らした。
『最初から素直にそう言いなさいよって、ねぇ!』
「ヤー……」
ヤーが無理やり言わせた感は否めないが、颯懍は決して嘘をつかない。守ると言ったのだから、必ずそうしてくれるだろう。
「……嬉しい」
吐息だけでそう呟く明霞に、ヤーはきゅっと優しげに目を細めるのだった。
しばらくした後、馬車が停まる音がした。
寛いでいた明霞はすぐさま立ち上がり、颯懍とともに入口の扉へ向かう。
「来たな」
「はい」
二人は顔を見合わせ、小さく頷いた。
この会合では、哉藍の真の目的を聞き出すこと、そして協力関係を築くことが目標である。
哉藍の意図は概ね把握している。なので、よほどのことがない限り、交渉は上手くいくだろう。だが、油断は禁物だ。
「颯懍、殿下と側近が到着された。つけてきた者たちは完全に撒いたから、ここへは辿り着けないはずだ」
「了解した。ご苦労だったな」
颯懍が烏からの報告を聞き終えた後を見計らい、別の烏が馬車の扉を開ける。そこから出てきたのは、紺青の髪に空色の瞳を持つ美丈夫と、影のように従う側近の姿。
颯懍と明霞は、青龍皇国の皇族に対する礼を執った。
「哉藍殿下にご挨拶申し上げます。私は烏族の次期長、崔颯懍と申します」
「王哉藍です。ようやく烏族の次期長に会えた。とても嬉しいよ。そして、そちらが奥方の明霞殿だね」
哉藍は二人に顔を上げさせ、にこやかに微笑む。
哉藍の言葉を受け、明霞も慌てて名乗った。
「はじめまして、哉藍殿下。明霞と申します」
「皇宮でお会いできるかと思っていましたが、すでに烏族に嫁がれたと聞いた時は驚きましたよ。次期長……颯懍殿はよほどあなたが大切なのでしょう。私に会わせる前に、早々に連れ去ってしまった」
「い、いえ、そのようなことは……」
そんな事実は全くない。明霞と会わせたくなかったというのは唯一合っているが、それは颯懍ではなく、麗花だ。
誤解を解かねばと思うが、どう説明したものかと考えあぐねる。困り果て颯懍を見るが、彼はそのまま受け流している。
「妹御とはかなり印象が違いますね。控えめで奥ゆかしく、そして可愛らしい」
「……っ」
「おっと、颯懍殿、誤解されるな。これは、奥方を口説いているわけではないよ。ただ事実を述べているにすぎない」
「お褒めいただき、光栄でございます」
「あ、あの……ありがとう……ございます」
「哉藍殿下」
諫めるような声の方を見ると、彼の側近がジロリと哉藍を睨んでいた。
哉藍は苦笑いを浮かべ、その側近を紹介する。
「これは私の側近。国から連れてきたのは彼だけだ」
「黄静と申します。哉藍殿下とともに、貴国にお世話になっております」
恭しく頭を垂れる静に、明霞と颯懍も頭を下げ、ひととおり挨拶を終えた。
「あまり時間は取れないのだろう? では、早速話を始めようか」
迎えられた側ではあるが、哉藍は皇族らしく、行動力を発揮する。
それに皆が頷き、烏族と青龍皇国第二皇子との会合がいよいよ始まった。
いつも読んでくださってありがとうございます。
いいな、面白いな、と感じていただけましたら、ブクマや評価(☆☆☆☆☆)をいただけますととても嬉しいです。皆さまの応援が励みになります!
どうぞよろしくお願いします!




