21-2.謀略(2)
水仙の間に哉藍が現れてからは、静はひたすら空気と化していた。
必要以上に身を寄せ、ベタベタと触り、猫撫で声を出す麗花に不快感を覚えるが、真の被害者は哉藍だろう。よくもまぁ平然としていられるものだ。
(殿下の周りには、程度の差はあれ、あんな令嬢ばかりだしな)
青龍皇国の皇子でありながら、まだ婚約者はいない。となると、妃の座を狙う者は、自他国ともに多かった。
(しかも、青龍皇国はまだ皇太子が決まっていない。哉藍殿下の可能性も十分あるだけに、群がる輩は多い……)
玄武皇国から哉藍に婚約の打診があったのは、もうかなり前になる。そろそろ婚約者を決めた方がよいのでは、という声があがり始めた頃だった。
おそらく、こちらの情勢は全てではないにしろ、この国に漏れている。
(烏族の諜報能力は計り知れない。正確なのはもちろんだが、速さもだ。烏を使役するとはいえ、人の手がなければ情報を伝えられない。しかし、皇宮に忍び込むのはかなり困難だし、危険を伴う。うちの影もかなり優秀で、取り逃がしているとは思えない。なのに、どうやって……)
そんなことをつらつらと考えていると、哉藍と麗花が烏族について話しているのが耳に入ってきた。
「烏族に勝る諜報部隊はないと聞きます。彼らは烏を使役するそうですが、誰の言うことも聞くのでしょうか?」
「いいえ。誰でも、というわけではございませんわ。主と認めた者の命令しか聞きません」
「では、雲嵐陛下だけなのですね?」
「そうですわ」
麗花は得意げに答えているが、それが正解でないことは、哉藍も静も知っている。
(いろいろと、足りないお方だ)
興味があるのは着飾ることや贅沢のみ。自分さえよければ、他はどうなろうが知ったことではない。民のために尽くすなど、彼女は考えたこともないだろう。その他大勢の、浅慮な女だ。
「哉藍様、宴の時も烏族のお話ばかりされていましたわね。そんなに興味がおありですか?」
「えぇ。その存在は知られていますが、実態は謎に包まれています。どの国の影も、烏族について情報を得ることができません。だからこそ、そんな烏族の方とぜひ一度会ってみたい。私の夢ですね」
少々前のめりになって話す哉藍に、麗花は頷きながも内心ではほくそ笑んでいた。
(……来る)
麗花の胸の内を正しく読み取った静は、神経を尖らせる。
「それでは、私が哉藍様のために取り計らって差し上げましょうか?」
((来た!))
静だけでなく、哉藍も同じことを思ったはずだ。その証拠に、彼の頬が僅かに紅潮している。しかし、それを彼女に悟らせることはしない。
哉藍はすかさず困惑した表情を作り、麗花に言った。
「そんなことができるのですか? 雲嵐陛下にそれとなくお願いしてみたのですが、首を縦に振ってはいただけませんでした」
麗花は艶然と微笑み、哉藍との距離を更に詰め、その耳元で囁く。
「私の願いを聞き届けてくださるなら、哉藍様の望みを叶えて差し上げますわ」
「……それは、取引ですか?」
「王に許可は取れない、となると、内密にということになります。それなりに危険が伴いますわ。……大丈夫、私の願いは決して無理難題ではなく、ごく簡単なものですから」
(いや、こちらにとっては無理難題だ)
哉藍が静の方をチラリと見遣り、苦笑する。彼の言わんとすることがわかったのだろう。
哉藍はしばらく逡巡するふりをして、やがて仕方ないという風に笑った。
「参りました。烏族に会わせていただけるなら、麗花様の願いを叶えましょう」
「まぁ!」
麗花は一気に表情をほころばせ、翡翠の瞳を潤ませながら哉藍を見上げる。
「私の願いは、哉藍様の妻になることですわ。哉藍様、ずっとお慕いしておりました。どうか私を娶り、青龍皇国へお連れくださいませ!」
わかっていたこととはいえ、改めて言われるとうんざりする。
しつこいほど打診され、歓迎の宴でも迫られた。全て断ったというのに、まだ諦めていない。ここまでくると、呆れを通り越し、むしろ感心してしまう。
「……わかりました。そこまで想ってくださるのなら、あなたを妻に娶ることを父に打診いたしましょう。私からとなると、父は考えを改めると思います」
「ありがとうございます、哉藍様! ……ですが、口約束だけというのは困りますの」
「わかっていますよ。覚書を作ります。それならいいでしょう? ただ、婚姻ではなく、婚約とさせていただきます。現時点では仮ということになりますが、父の承諾が取れるまではそれでお許しください」
「わかりました。書面に残していただけるなら安心ですわ」
麗花は己の目的が達成され、嬉々としている。
そんな彼女を、哉藍と静は冷ややかな瞳で見つめていた。
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