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紫黒の烏と銀の花嫁  作者: 九条 睦月


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21.謀略

 話は少し遡る。


 一人の烏が、麗花リーファの部屋の扉に手紙を差し込む。そこには、今後の情報のやり取りについて書かれていた。

 最初にそうしたのは、「烏」が突然現れても、麗花リーファにはそれが伝達役だとわからないためだ。


 その手紙に気付いたのは、彼女に仕える宮女だった。いつもなら宮女に中身を確認させるのだが、タイミング的にそれが明霞ミンシャからの連絡だと察した麗花リーファは、そのまま受け取った。

 宮女は訝しげにしていたが、麗花リーファに何か言ってくることはない。彼女を下がらせ、麗花リーファは封を開けた。


仔空シア兄様の効果は絶大ね。お姉様は仔空シア兄様のこととなると、何でも言うことを聞く……。ふふ。これなら、邪魔な人間を闇に葬り去ることだってできそう。烏族はそういった汚れ仕事もやるものね。本当に便利だわ」


 手紙には、哉藍セイランの動きを記した書き付けを、一羽の「烏」に届けさせる、とある。

 麗花リーファの部屋の窓を三度つつく。そうしたら、窓を開けて「烏」の足に括り付けた筒から書き付けを取り出せばいい。そして、彼女の方から明霞ミンシャに連絡を取りたい場合は、同じように書き付けを筒に入れる。なければ巣へ戻るよう言えば、「烏」は理解するのだという。


「人の言葉がわかるなんて、本当かしら?」


 疑わしいものだが、烏族は「烏」を使役する一族だ。それで成果をあげているのだから、とりあえず信じるしかない。


 そうして、明霞ミンシャ麗花リーファのやり取りが始まった。その内容については、もちろん美麗メイリンも共有している。

 思った以上に早く正確な情報に、美麗メイリンも改めて烏族の有用性を実感せずにはいられなかった。


「私も専用の「烏」が欲しいわ」

「専用がダメでも、せめて私たちにも使わせてくれたらいいのに。お父様しか使えないなんてずるいわ」


 烏族が仕えるのは、あくまで玄武皇国の皇王である。だから、皇太子の浩然ハオレンさえも、雲嵐ウンランの許可なく使うことはできない。

 だが、主であり契約者である雲嵐ウンランでさえ、私利私欲のために烏族を使役することはできなかった。そういった契約になっているのだ。

 しかし、彼女たちは一向にそれを理解しようとしない。


 やり取りを開始してから一週間ほど経った頃、哉藍セイランが皇都に戻ったという情報が入った。それを知るやいなや、麗花リーファはすぐさま行動を開始する。


「お母様、ようやく哉藍セイラン様が皇都に戻られたそうよ!」

「まぁ、本当にようやくね」

「えぇ。哉藍セイラン様と烏族を引き合わせる件、本格的に進めるわ」

「そうね。またどこかへ行かれるかもしれないし、下手をすれば帰国してしまうわ。急ぎなさい」


 麗花リーファは、哉藍セイランと烏族の長、もしくは次期長と会わせる算段をつけろと明霞ミンシャに命じた。


「とにかく急がせた方がいいわね。仔空シア兄様だけじゃなく、他にも脅しておいた方がいいかも」


 麗花リーファは書き付けに、一文を加える。


 “ 命に背くなら、烏の身の安全も保障できない ”


「これで、お姉様はますます追い詰められたことになる。大切なものを二つも人質に取られているのだもの。ふふふ……あはははは!」


 楽しげに笑い、浮かれる麗花リーファの顔は、歪そのものだった。


 *


 ──一方、哉藍セイランはというと。


 皇都に戻って来た哉藍セイランは、これまで滞在していた宿に向かう。すると、そこには満面の笑みを浮かべた麗花リーファが待ち構えていた。

 どうやって情報を得たのか、それをすでに知っている彼は、麗花リーファに笑顔を向ける。


「おかえりなさいませ、哉藍セイラン様!」

「わざわざのお出迎え、恐縮至極に存じます。まるで、私がこちらに戻って来る日を知っていたかのようですね」

「わ、私、毎日のようにこちらに通っておりましたのよ? なので、今日お会いできてとても嬉しいですわ!」

「そうだったのですね。それは大変失礼いたしました。ところで、私に火急の用でもおありでしょうか?」


 毎日通うなど、普通に考えてありえない。

 麗花リーファの下手な嘘に内心呆れつつ、わざと見当違いな問いかけをする。

 そんな哉藍セイランに、麗花リーファは子どものように唇を尖らせ、拗ねた表情を見せた。


(やれやれ。第二皇女はいまだ幼子のようだ。愛らしさをアピールしたいのかもしれないが、皇女としては悪手だね)


 しかし、そんな気持ちは微塵も感じさせず、哉藍セイランはそれをサラリと受け流す。


 身近にいる男たちには、これで十分だった。

 見目麗しい麗花リーファが瞳を潤ませ、上目遣いで見つめるだけで、彼らは皆、彼女の言いなりになる。なのに、哉藍セイランにはそれが一切通じない。


(本当に一筋縄ではいかない方。でも……そこがいいのよ。簡単に落とせる男なんて、つまらないわ)


 哉藍セイランは、どこまでも麗花リーファの理想、好みに合致していた。

 見た目の美しさ、その麗しさからは想像もできないほど武に長けた強さ、且つ、頭脳も明晰である。そして何より、華やかで豊かな国と名高い青龍皇国の皇子という、圧倒的身分の高さ。非の打ちどころがないとは、まさにこのことだろう。


哉藍セイラン様に相応しいのは、この私。ルー麗花リーファ以外にありえないわ!)


 麗花リーファは決意を新たにし、優雅な微笑みを湛えながら哉藍セイランの問いに答えた。


「いいえ。私が哉藍セイラン様にお会いしたかったのです」

「ですから、ご用は?」

「まぁ、意地悪ですのね。用がなければ会いにきてはいけないのですか?」


 コテンと首を傾げ、ほんの少し眉を下げる。

 あざとい麗花リーファに苦笑しつつ、哉藍セイランは話を進めるため、彼女に向かって一礼した。


「申し訳ございません。意地悪を言ったつもりはないのですが、麗花リーファ殿下を困らせてしまいましたね」


 そう言って哉藍セイランが微笑むと、麗花リーファは瞬く間に彼の元に駆け寄り、甘えるようにしなだれかかる。


「本当ですわ。それに、殿下なんて呼ばないでくださいまし。麗花リーファ、と名前呼んでくださいと申し上げましたのに」

「さすがに、皇女殿下を敬称なしに呼べませんよ」

「私がいいと言っているのだからいいのです! それに、私は哉藍セイラン様ともっとお近づきになりたいのですわ」


 彼女の本性を知らない人間が見れば、なんと一途で可愛らしいご令嬢かと、頬を染めることだろう。

 だが、相手は哉藍セイランである。こんな手が通用するはずもない。それでもここは、相手に乗っておくべきだろう。彼はそう判断した。


「それでは、麗花リーファ様、と呼ばせていただきましょう。……ジン


 哉藍セイランは側近を呼び、宿の者に麗花リーファを迎える部屋を用意させ、そこに彼女を案内するよう命じる。


「すでに手配済みでございます。麗花リーファ殿下、こちらへ」

「さすが哉藍セイラン様の従者ね。とても有能だわ」

「勿体ないお言葉でございます」


 淡々と一礼し、ジン麗花リーファを連れてこの場を後にする。


「あちらが待ち構えていたように、こちらも十分に準備していたよ。……いくらジンが有能でも、突然押しかけてきた皇女を迎える部屋なんて、事前に手配できるわけがない。指摘されると面倒だと思っていたが、気付かれなくてよかった」


 哉藍セイランはそう呟き、冷笑を浮かべた。

 麗花リーファは、一刻も早く自分の望みを叶えたいのだろう。明らかに浮足立っている。


(こちらにとっては好都合だ)


「殿下」


 麗花リーファの案内を終えたジンが戻って来た。


「水仙の間にお通ししました」

「わかった。着替えてからすぐに向かう」

「承知しました。できるだけ早く、とにかく急いで来てくださいね」

「……少しくらいゆっくりさせてくれ」

「無理です」


 眉を顰めるジンに、哉藍セイランは苦笑いを浮かべる。

 僅かな時間でも、あの皇女と二人きりになるのは苦痛なのだ。気持ちはよくわかる。


「わかったよ。急いで向かう」

「よろしくお願いしますね」


 ジンは念を押すようにそう言って、踵を返す。それを見送り、哉藍セイランは一旦自分の部屋へ。


「さて。どんな無理難題をふっかけてくるやら。それにしても、戻って来た早々に押しかけてくるとは」


 そう言いながらも、口角は緩やかに上がっている。

 哉藍セイランは自分の部屋で身支度を整えた後、悠然とした足取りで水仙の間に向かったのだった。

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