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紫黒の烏と銀の花嫁  作者: 九条 睦月


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20.接触

 颯懍ソンリェンは、あえて麗花リーファの要求を呑むと言った。

 驚きに目を見張る明霞ミンシャだが、仔空シアがあちらの手の中にある以上、その方がありがたい。


「……本当に、いいのですか?」


 自分が烏族ここにいなければ、こんなことは起こらなかった。

 そんな明霞ミンシャの負い目を見透かしたように、颯懍ソンリェンは力強く頷く。


「ある種、いい機会だ」

「いい機会?」

「諸々の問題を一気に片付けられる」


 颯懍ソンリェンの言っている意味はよくわからないが、今回のことは、彼にとって必ずしもマイナスではないらしい。それがわかり、明霞ミンシャは心の底から安堵する。


「青龍皇国の第二皇子は、想定以上の力を持っている。その身体能力の高さは大陸中に知られてはいるが、噂されている以上だった」

「想定以上……」


 哉藍セイランが優秀な皇子であるのはなんとなく察していたが、身体能力にも優れているとは知らなかった。


「彼につけていた烏からの報告だが、皇子はその存在を察知し、追ってきたという」

「追ってきた!?」


 烏の存在に気付くだけでもすごいが、それを追ったとなるととんでもない。


「追えるものなのですか?」

「よほど鍛えられた兵でも無理だろうな。だが、彼とその側近は相当な距離を追ってきたという。側近は遅れ気味だったそうだが、それでもありえないことだ」

「それは……とんでもないことですね」

「あぁ」


 烏たちは皆、物心つかないうちから厳しい訓練を課され、諜報分野に特化したプロに育てられる。その実力は、他の追随を許さない。

 それに途中までとはいえ、ついてきた哉藍セイランと側近は、型破りな実力の持ち主だということになる。


「放っておいてもいいが、会ってみるのも面白い」


 そう言った颯懍ソンリェンの顔は、どこか楽しげである。

 烏についてこられるほどの能力を持つ人間に会ってみたいというのが、ありありと見て取れる。

 そんな颯懍ソンリェンに、明霞ミンシャは小さく微笑んだ。


颯懍ソンリェン様がこんな顔をするのは初めてだわ。ワクワクして、まるで子どもみたい……)


 普段が落ち着き払っていて大人びているだけに、こんな表情は珍しい。

 密かに可愛らしいと思ってしまったことは、胸の内にそっとしまっておく。


「それでは、麗花リーファ哉藍セイラン殿下の情報を渡すのですね?」


 明霞ミンシャが確認するように尋ねると、颯懍ソンリェンは首肯した。


「あぁ。これはすでに、長にも許可を得ている。シェンを伝令にしてやり取りを進めるつもりだ」

「……シェン」


 囁くようにその名を呼ぶと、どこからかシェンが現れ、明霞ミンシャの肩にとまる。

 明霞ミンシャは、シェンの額をやんわりと撫でた。


麗花リーファとのやり取りは大変でしょうけど、よろしく頼むわね」

『了』


 もう一度撫でると、シェンは気持ちよさげに目を閉じる。


明霞ミンシャ、第二皇女に手紙を書いてくれるか」

「もちろんです」


 「烏」に哉藍セイランの情報を託すこと、こちらとそちらとの連絡手段とすることなどを、麗花リーファに伝えるのだ。

 哉藍セイランの行方が判明すれば、彼女は必ず彼を追いかけ、会おうとする。哉藍セイランが烏族に興味を持っていることを知る彼女は、それを餌にするだろう。


「先回りして、哉藍セイランを見張る烏と彼を接触させる。皇都に戻ってくれば、話は早く進む」


 これらは全て、王、雲嵐ウンランには知られず進めなければならない。かなりの慎重を要するが、烏族にとっては造作もないことだろう。


「早速、麗花リーファに手紙を書きます」

「頼む」


 ここに来るまでの不安が一気に払拭された明霞ミンシャは、颯懍ソンリェンに笑顔を向けた。

 信頼の下、やるべきことがある。それだけで、身体中に力が漲ってくる。

 明霞ミンシャの薄墨色の瞳が、大きく瞬いた。


 *


 明霞ミンシャ哉藍セイランに付いている「烏」の情報を、シェンを通して麗花リーファに渡し始めてからしばらくして、烏が哉藍セイランに接触する。

 彼はこちらの提案を喜んで受け入れると、すぐに皇都に戻ることを約束した。

 彼らが皇都に戻ったことを確認してから、それを麗花リーファに伝える。すると、彼女はすぐさま哉藍セイランと烏族との会合を設けるよう命じてきた。何もかも思いどおりに事が進み、麗花リーファはすっかりこちらを信用しているようだった。

 明霞ミンシャの渡す情報はいつも正確であり、また迅速だ。最初は、本当にその情報が正しいかを逐一従者に確認させていたようだが、今はしていないところから見てもそれは明白である。


 準備は着々と進んでいる。

 やがて、双方で日時や場所の合意が取れ、哉藍セイランとその側近であるジン、烏族からは颯懍ソンリェン明霞ミンシャが会合に出席することになった。もちろん、相棒のシェンとヤーも一緒だ。

 場所は、巣とはまた別の森が選ばれた。といえど、奥深い場所となるので、哉藍セイランたちには皇都を出たところで迎えを出すことにした。仮に尾行されたとしても、森の中に入ってしまえばこちらのもの、追える者などいない。


 ちなみに、麗花リーファは出席しない。自分も行くと散々駄々を捏ねたようだが、そこは哉藍セイランに上手く宥めてもらった。

 哉藍セイラン麗花リーファの気持ちは十分に察しており、利用したいと思っていたようだ。しかし、彼女では烏族とコンタクトを取ることはできないだろうと、その方法は除外していたらしい。


「会合には参加しないけど、森には一緒に行くし、周囲は厳重に警戒しておくから安心して」


 春燕チュンヤンをはじめ、少数だが精鋭の烏たちが警備にあたることになっている。慎重を期しているが、万が一ということもある。警備はもちろんだが、彼らはいざという時の連絡役を担うことになっていた。


「頼りにしているわ、春燕チュンヤン

「えぇ、任せて!」


 春燕チュンヤンはそう言って明るく笑うが、内心では複雑な気持ちを抱えていた。それは、皇宮でのあの一件──。

 皇宮で明霞ミンシャが脅迫されていた時、彼女はその情報をすでに得ていた。相棒のイェンが皇宮にいる他の「烏」たちからそのことを聞き、彼女に伝えたからだ。

 本当は、すぐにでも助けに行きたかったが、宮女という名の見張りがついていたこともあり、簡単には動けなかった。動けるようになった頃には、何事もなかった状態にされている可能性が高い。なので、ヤーに全てを託すことにした。

 思った以上にヤーは活躍し、明霞ミンシャを守っただけでなく、麗花リーファの目的もしっかり聞いていたことで、早々に対策を立てることができた。

 しかし、やはり自分で助けに行き、傷ついた明霞ミンシャをその場で抱きしめたかったのだ。


「今回は、あの時のようなことはない」


 颯懍ソンリェンの言葉に、明霞ミンシャが穏やかに微笑む。


(兄様も、あの時のことは何気に腹に据えかねているのよね……。仔空シア殿下を利用されたのもあるし。彼の名前を出せば、明霞ミンシャは言うことを聞くしかない。人の弱みに付け込むなんて、本当にあの皇女は性格が捻くれまくっているわ)


 素っ気ない言葉だが、そこには颯懍ソンリェンの怒りと決意が秘められていた。それが、春燕チュンヤンにはすぐにわかった。


明霞ミンシャを傷つけることは、烏族わたしたちが絶対に許さない)


 事はすでに動き出している。

 万全の準備を整え、そして、いよいよ会合の日を迎える──。

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