表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
紫黒の烏と銀の花嫁  作者: 九条 睦月


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

25/42

19-2.信頼(2)

 外に出ると、真っ暗で足が止まる。

 建物の中ではうっすらと明かりが灯っていたので、うっかりしていた。


(明かりを取りに戻る? でも……)


 明霞ミンシャが踵を返そうとした時、少し離れた場所がぼんやりと光った。


(あれは……)


 ぼんやりとした明かりが、少しずつ近づいてくる。

 明霞ミンシャは、それに吸い寄せられるように駆け寄った。


「走るな」


 そう言われたそばから何かに躓き、体勢が崩れる。だが、明霞ミンシャの身体は逞しい腕に抱えられ、事なきを得た。


「だから言っただろう?」

「申し訳ございません。……ありがとうございます、颯懍ソンリェン様」


 これほど近くで彼の声を聞いたことがあっただろうか。

 じわじわとせりあがってくる羞恥に、明霞ミンシャはここが暗闇でよかったと思った。

 といえど、颯懍ソンリェンの持つ明かりに照らされてはいるのだが。


(大丈夫。これくらいならわからないはず)


 明霞ミンシャは必死に心を落ち着け、颯懍ソンリェンを見上げる。

 淡い光でもはっきりとわかる濃紅こいくれないの瞳に見つめられ、せっかく落ち着きつつあった心が再び騒ぎ始める。


(落ち着け、落ち着いて、私!)


 颯懍ソンリェンは、話があってここへ呼び出したのだろう。

 何故この時間なのか、何故庭なのか、それはわからないが、話の内容が例の件であることは間違いない。

 だとすると、明霞ミンシャにとっては厳しいものとなる。にもかかわらず、二人きりであることに胸が高鳴る。


明霞ミンシャ


 その声は、いつもと変わらず淡々としている。それでも、冷たいとは思わなかった。

 淡々としていても、そこに感情があることに気付いたのはいつだったか。


 花嫁とは認めないと言いながらも、見捨てずに巣まで連れていってくれた。

 言葉は少ないが、いつもそれとなく気にかけてくれていた。

 ちょっとした怪我に、大慌てで駆けつけてくれた。


 わかりづらいけれど、情に厚い人だと思った。

 冷静で、凛としていて、烏族のことを常に考え、皆を導くために努力を惜しまない人。

 そんな彼に、少しずつ惹かれていった。

 明霞ミンシャが巣へ来てからは内勤の仕事に従事することが多かったが、まれに外の仕事に出ることもあり、その時は戻ってくるまで心配でたまらなかった。

 颯懍ソンリェンは、いつの間にか明霞ミンシャにとって、なくてはならない人になっていた。


明霞ミンシャ

「はい」


 再び名を呼ばれ、明霞ミンシャは応える。


(きちんとお話しなくては)


 覚悟を決め全てを話そうと口を開きかけた時、颯懍ソンリェンがそれを制す。


颯懍ソンリェン様……?」

「席を外していた間、何があったかはヤーからすでに聞いている。このことは、長、春燕チュンヤン、シェンにイェンも知っている。その上で、聞きたい」


 颯懍ソンリェンの真剣な眼差しに、明霞ミンシャは息を呑む。


明霞ミンシャは、どうしたい?」


 そう問われた瞬間、明霞ミンシャは何度も首を横に振り、絞り出すように言った。

 言わなければならないとずっと頭を悩ませていたところに、こうして尋ねられたのだ。思いがほとばしり、止めることができなかった。


「私はっ……麗花リーファの言うことなんて聞きたくありません! あんなこと、許されるはずがない。「烏」を私物化するなんて……。哉藍セイラン殿下の動向は、おそらく烏族内でも探っておられるのだと思います。でも、その情報をあの子に与えるなど言語道断、裏切り行為に他なりません。それに、父に無断で勝峰ションフォン様か颯懍ソンリェン様と哉藍セイラン殿下が会えるようにするなど……それこそありえません! でも……っ」


 改めて言葉にすると、恐ろしくなってくる。

 麗花リーファがやろうとしていることは、烏族にとっても国にとってもとんでもなく不敬なことであり、叛意とも取れる。


仔空シアを盾にされると、どうしようもないな」

「……っ」

明霞ミンシャ


 颯懍ソンリェンの声に、優しさが混じる。

 彼は親指で、そっと明霞ミンシャの口端を押さえた。


「そんなに強く噛むと、傷つく」

「……はい」

「……辛かったな」

「!」


 颯懍ソンリェンの労りの言葉が、明霞ミンシャの胸に深く突き刺さる。次の瞬間には、明霞ミンシャ颯懍ソンリェンの胸に飛び込んでいた。


颯懍ソンリェン様……っ」

「必死に抵抗したのだろう? ヤーが全部見ていた」

「……はい。でもっ」


 完全に抗うことはできなかった。

 それが情けなくて、悔しくて。


「弟に手を出すと言われれば、受け入れるしかない。俺が同じ立場でも抗えない」


 颯懍ソンリェンは遠慮がちに腕を伸ばし、明霞ミンシャの背を軽くトントンと叩く。まるで、幼子をあやすように。


「ですが……これは烏族への裏切り行為です。私はもう、ここには……」

明霞ミンシャ


 その声に、ゆっくりと顔を上げる。

 颯懍ソンリェンの表情はいつもと変わらず、冷静そのもの。しかし、その瞳はほんの少しだが、緩やかに弧を描いていた。


「お前がそこまで苦しんだということが、何よりの証拠だ。お前はもう烏族。俺たちの仲間であり、家族なんだ。だから明霞ミンシャ、お前がここにいることを認めない者などいない。……烏族は、信頼できない者を巣に置かない。お前は信頼のおける者。だから、ここにいろ」


 “信頼”──言われて気付いた。これは、何よりも欲しかった言葉だ。

 一番言ってほしかった人にその言葉を与えられ、明霞ミンシャの瞳から一筋の涙が流れる。


「私……私は……ここにいたい……。皆の役に……立ちたいのです」

「わかっている」


 堪えきれず、次から次へと涙が零れてくる。

 はしたないと思えど、明霞ミンシャ颯懍ソンリェンから離れることができなかった。

 それでも、やっとの思いで離れようと身を起こすと、赤い瞳とぶつかった。息が止まるかと思ったが、更にありえないことが起こる。


「……!」


 今度は、颯懍ソンリェンの方から抱き寄せられた。

 彼の鼓動がすぐ側で聞こえるこの場所は、どこよりも安心できる。と同時に、途轍もなく心臓に悪い。

 明霞ミンシャは信じられない思いを抱えつつも、颯懍ソンリェンに身を委ねる。

 こうしているだけで、幸せだと思った。

いつも読んでくださってありがとうございます。

いいな、面白いな、と感じていただけましたら、ブクマや評価(☆☆☆☆☆)をいただけますととても嬉しいです。皆さまの応援が励みになります!

どうぞよろしくお願いします!

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ