18-2.要求(2)
「なに? お姉様の言うことしか聞かないとでも?」
「私の言うことだって……」
「じゃあ、どうしておとなしくしてたのよ! 次期長の命令? あの烏はその命令を聞いて、嫌々あんたの肩に乗ってたってこと?」
「ちがっ……」
「じゃあ、できるわよね!」
乱暴に顎を掴まれ、前を向かされる。憎々しげな表情をする麗花の顔がすぐ側まで迫ってきて、明霞は咄嗟に顔を背けようとするができない。更に力を込められ、痛みで涙が出そうになる。
「できなくても何でもいいから、私の言うことを聞くことね! でないと、仔空兄様が困ったことになるかもしれないわよ?」
「やめて!! 仔空には手を出さないで!」
自分に何かされるのならいい。まだ我慢できる。しかし、大事な弟に手を出されるのはたまらない。それだけは許せない。
明霞の鬼気迫った様子に、麗花はニィと厭らしく口角を上げた。
「お姉様、知ってる? 皇族を含めた高位貴族の者は全て、性別を問わず婚姻前に調べが入るの」
「調べ……?」
「そう。血を繋ぐことに問題がないかどうか、よ」
血を繋ぐ……要は、子どもを作ること。
つまり、子どもを作る機能に問題がないか、結婚前に調べられるということだ。
問題があれば、その者は一生結婚できない。家にいるなら領地に軟禁、家を出るなら市井におりることとなる。
高位の位を所持する者たちが使命とするそれは、それほどまでに重要視されることだった。
「何が……言いたいの?」
麗花の言わんとすることが、明霞には朧げながらわかった。だが、信じたくなかった。
片親だけでも血の繋がりのある家族に、そんな酷いことができるものだろうか。
「生殖機能を不能にする秘毒があるのは知っているかしら? 手に入れるのは厄介なのだけど……」
「まさか! 麗花、嘘よね? その毒を、まさか……」
麗花は隠しておいたそれを取り出し、明霞に見せる。
「こんな少量で効くなんて、すごいと思わない? これ、無味無臭なんですって。これをこっそり食事に混ぜれば……」
「やめて!!」
明霞は力なく膝をついた。
第二皇子である仔空の口にするものに細工など、普通ならそう簡単にできるものではない。しかし、同じ皇族である麗花なら、何とかしてしまうだろう。
(なんてこと……。そんなことをされたら、仔空は……!)
皇太子である浩然の片腕として執務に携わっている今の立場なら、明霞のように追い出されることはきっとない。
だが、今よりずっと立場は弱くなるだろうし、いいように使われ、力を搾取され続けかねない。そして、それ以上に恐ろしいのは、毒に倒れてしまうことだ。
(毒は毒なのだから、何があるかわからないじゃない!)
恐ろしさと怒りで頭がおかしくなりそうだ。そこまでして、彼女はいったい何を望むのか。
「何をすればいいの……?」
麗花が艶やかに微笑む。こういった状況でなければ、思わず見惚れてしまうような美しい笑みだ。
麗花は明霞から距離を取り、地にへたりこむ彼女を悠然と見下ろした。
「哉藍様の動向を探りなさい。今どちらにいらっしゃるのか、何をしているのか、逐一報告するように」
(彼の動向なら、きっと烏族が把握しているはず。情報はあるけれど、それを私が知る術はないし、ましてや麗花に教えるなんて……)
「あと、哉藍様と烏族の長か次期長を、引き合わせる算段をつけなさい」
「……なんですって?」
麗花の更なる要求に頭を抱える。
烏族の長に会えるのは、王のみ。それは次期長でも変わらない。今日、颯懍が王以外の前に出ているのは例外なのだ。
それなのに、哉藍──他国の第二皇子と引き合わせる?
「そんなこと、お父様がお許しになるはずがないわ」
「そうね。だから内緒で」
「麗花!」
「うるさいわね! あんたは私の言うことを聞いていればいいのよ! ダメだって言うの? なら、仔空兄様は……」
「やめて! お願いよ、麗花!」
ダン!
麗花が再び足を踏み鳴らす。
「お姉様に拒否権なんてないの。わかっているでしょう?」
「麗花様、そろそろ……」
扉の外を気にしていた従者がそわそわしながらそう言うと、麗花は大きく溜息をつき、明霞に囁く。
「三日に一度は報告を。途絶えればどうなるか……わかっているわね? あぁ、お父様やお兄様に言っても無駄よ。お姉様の話なんて信じるわけないし、信じたとしても関係ないわ。その時は、お姉様が不利になるだけ。ちゃんと策はあるのよ」
方法は問わない。人を使っても烏を使ってもいいから、必ず三日ごとに報告をすること。
それを無理やり約束させ、麗花はようやく明霞を解放した。
「ではお姉様、皆のところへ戻りましょうか。あぁ、そんな暗い顔をしていてはダメよ。仔空兄様と久しぶりに会ったのだから、もっと嬉しそうにしなくちゃ!」
従者によって立たされた明霞は、麗花の命令で笑顔を作らされる。ぎこちなく歪なそれでも、麗花は満足そうに頷いた。
「素敵な笑顔よ、お姉様」
上機嫌の麗花は、謁見の間に向かって軽やかに歩き出した。




