18.要求
あまりに驚き、反応できずにいる明霞に、麗花は眉を顰め、ダン! と強く足を踏み鳴らす。そして、細い棒状のようなものを取り出した。それを見た瞬間、明霞の身体が小刻みに震え始める。
「もう一度躾が必要かと思ったけれど、身体はちゃんと覚えているみたいね。ふふ。お姉様に拒否権なんてあった? ないわよねぇ?」
「……っ」
距離を詰められ、棒──それは、教師などが持つ指し棒なのだが、それを振り上げられた。
明霞はたまらず身を屈め、ぎゅっと目を瞑る。
***
「ほんっと愚図なんだから! 帰ってくるまでに済ませておいてって言ったでしょう? どうして終わってないのよ! サボっていたの? ねぇ、やりたくないからってサボっていたのかしら? それじゃあ、お仕置きが必要よね!」
「麗花、待って! 他にもやることがたくさんあったの! お義母様からも……」
「言い訳なんて聞かないわ! できなかったあんたが悪いんでしょう!」
「きゃあ!」
無理やり腕を引っ張られ、袖をまくりあげられ、直接指し棒で叩かれる。何度も、何度も。腕が終わったと思ったら、今度は背中だ。
美麗は鞭を使うが、麗花はこの指し棒で明霞を折檻していた。理由は簡単で、鞭より扱いやすいからだ。
ビシリ、ビシリと何度も叩かれ、泣いても喚いてもやめてくれない。あまりに声をあげると、うるさいと口に布を詰め込まれる。
彼女たちは、決して目に見える場所に傷はつけない。衣服で隠れる部分を狙う。それに、折檻する場所は、人のいる区画からは離れていて、今は使用されていない汚れた部屋。人払いする必要がないし、声を出されたところで聞こえない。
誰も知らない。だから、助けになど来ない。知ったところで、助けに入れる者もいない。
***
二人に虐げられてきた明霞は、彼女たちに逆らえない。かろうじて反論はできても、結局屈してしまうのだ。どうにもならない、そんな諦念に囚われていた。
(え……?)
我に返り、また強く瞳を閉じるが、次にやってくる痛みがいつまで経ってもこない。その代わり、手ではなく何か別のものを使って扉を叩いているような音が聞こえた。
(なに? 誰か来たの?)
警戒して動きをとめた麗花は、明霞をこの部屋に引き込んだ従者に命じる。
「いったい誰よ、まったく。とっとと追い払いなさい」
「かしこまりました」
男が誰だと問うが、音はやまない。男は舌打ちし、慎重に扉を開けた。すると──
「うわっ!」
「ガアアアッ! グワァッ!」
なんと、一羽の烏が部屋の中に飛び込んできた。しかも、男を攻撃しながら。
「なんだっ、こいつはっ! 痛っ! やめろ!」
「きゃあ! なにこれ、どういうこと!? 烏って……ちょっと、お姉様!」
「ち、違うわ! 烏族の「烏」じゃない!」
「違うってそんなっ! いやぁっ! 烏は烏でしょ! なんとかしなさい、お姉様!」
羽を広げてこちらを攻撃していた烏だが、興味をなくすとさっさと部屋の奥の方へ移動する。
麗花も男もその烏を追い出したそうにしていたが、奥に行ってしまった以上手が出せない。出そうものなら、また攻撃されかねない。
「どこから入ってきたのよ、もうっ! それに、ほんっとお姉様は役立たずだわ! 烏族になったのだから、全ての烏を従えるくらいしなさいよ!」
相変わらず無茶を言ってくる。麗花は昔からずっとそうだ。
(そんなの、勝峰様だって難しいわよ)
烏族の相棒である「烏」たちでさえ、全員を従えるなんて困難なことだ。ましてや、普通の烏などほぼ不可能だろう。野生を舐めないでほしい。
一羽の烏が飛び込んできたことで、麗花と男は動揺している。だが逆に、明霞は冷静さを取り戻すことができた。
(なんとかして、ここから脱出しないと)
一番確実なのは、麗花の要求を呑むことだ。しかし、できるはずがない。
(烏族の「烏」が言うことを聞くのは、その相棒だけ。仮にその相棒が頼んだとしても、「烏」が了承するとは限らない。彼らにはそれぞれ自分の考えがあって、よほどでないとそれを曲げないのだから)
これらを説明し、理解してくれる相手なら苦労はないが、麗花が相手では至難の業である。
「で、どうなの? 私に従う烏は用意してくれるのよね?」
脱出方法を考えていた明霞はハッと我に返り、勢いよく首を横に振った。
「「烏」を従えることはできな……うっ……」
再び棒で打たれ、呻き声をあげる。
明霞は痛みに表情を歪めながら、麗花に尋ねた。
「「烏」を使って、何をしようとしているの?」
「お姉様には関係ない……と言いたいところだけど、まぁいいわ。私の烏は用意できなそうね。役立たずのお姉様だもの、最初から期待していないわ。では、お姉様用の烏を貸してちょうだい。おとなしくお姉様の肩に乗っていた烏、あれでいいわ」
「……無理よ」
ヤーは気位が高く、難しい「烏」だ。明霞や彼女に好意的な者にはそれなりに懐くが、それ以外の人間に従うことはないだろう。むしろ敵認定をして、大暴れする。
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