17.罠か否か
「仔空兄様が、出立前にお姉様とお会いしたいのですって。急ぐそうなので、お姉様に少し席を外してもらえないかって」
麗花が従者からの話を雲嵐に伝え、意向を尋ねる。
「せっかくなので、良いのではないですか? 明霞もさぞ仔空に会いたいことでしょう」
と美麗も口添えをし、雲嵐はそれに頷いた。別段咎める理由もない。
「構わぬ。明霞、仔空に会ってくるがよい」
「……は、はい。ありがとうございます」
「それでは、私も」
「次期様は、こちらでよろしいかと。姉弟水入らずで会わせてやってはくれないでしょうか」
一緒に行こうとする颯懍を制したのは、美麗だ。颯懍も、そう言われてしまうと引かざるを得ない。
「いえ、私は颯懍様がご一緒でも……」
「お姉様、烏もこちらで待たせるか、家に帰してくださいな。そのような大きな烏と一緒では、仔空兄様も驚かれるでしょうし、警戒いたしますわ」
仔空とヤーはすでに会っているし、なんなら気も合っていたのだが、それを知られるわけにはいかない。
ヤーは明霞の護衛も兼ねているのだが、弟に会うのに必要かと問われれば否である。颯懍も、せめてヤーはともに行かせようと口を出すが、美麗も麗花もなんだかんだと言い訳してくる。
怪しいことこの上ないが、おかしなことを言っているわけでもないため、雲嵐と浩然もそれに頷き、結局押し切られてしまった。
『ここは一度離れた方がよさそうね。私を巣に戻すって言って。大丈夫、こっそり隠れてるから』
小さな声でヤーが囁く。
明霞と颯懍、シェン以外の者には、ガァという鳴き声にしか聞こえないはずだ。
ここはヤーの言うとおりにしようと、明霞はヤーを烏の巣へ帰すと言った。
『安心していいわよ』
窓を開けてもらい、ヤーはそこから飛び立っていく。
(隠れるって、どうやるのかしら? 今は夜でもないし、それなりに目立つと思うのだけど)
しかし、ヤーのあの自信ありげな顔は、何か策があるのだろう。きっと、大丈夫。
明霞は雲嵐と浩然に断り、一旦この場を辞すことにした。
「お姉様、こちらの宮は不案内でしょう? 私がご案内いたしますわ」
「……」
思わず息を呑んだ。
まさか、麗花がこのようなことを申し出るとは。
いよいよ油断ならなくなってきた。
おそらく、何かある。できるなら今からでも断りたい。
だが、仔空の名前を出してきた以上、彼にも関係があるのだろう。ならば、受け入れた方がいい。
これまではなかったが、義母と異母妹が仔空にまで手を出してきたら……。そう思うと、断るという選択肢は消えた。
「ありがとう、麗花。それじゃ、お願いできるかしら」
「いいわよ。行きましょう」
明霞と麗花は一礼し、謁見の間を後にする。
顔を上げた瞬間に見えた颯懍の表情には、僅かに不安の色が浮かんでいた。
*
長い廊下を歩いていく。その間、姉妹に会話はない。
(麗花が黙って私を案内するなんてありえないわ。それに……本当に仔空の元へ向かっているのかしら? 私は本宮へ来たことはほとんどないから、どこへ向かっているかもわからない)
皇宮の本宮は、主に王が政を行う場所である。
謁見の間や貴賓室、それに宴を行う大広間などは、全て本宮にある。そして、現在は雲嵐が生活する部屋も設けられていた。その近辺には、浩然や仔空の部屋もある。
それに対し、離れは、来賓が宿泊するための部屋や、従者の待機部屋などがある。春燕はここに案内されているはずだ。
そして、離れより更に少し離れた場所に居住区画がある。美麗と麗花が取り仕切っている場所だ。
本来は、雲嵐や浩然、仔空もここで生活するはずなのだが、雲嵐は住まいを本宮に移した。
その当時、美麗の嘆き怒りようは凄まじいものであった。原因は彼女の悋気なのだが、それを指摘できる者はいない。
結局、一番被害を被ったのは明霞だった。それまでは、虐げられてはいたが、一応は皇女として扱われていたのだ。しかし、これを境に、使用人にまで貶められてしまった。
仔空はそのことを何度も雲嵐に訴えたのだが、彼は美麗と必要以上に関わることを厭い、また皇族らしからぬ見目をしていた明霞にも興味がなく、捨て置いた。そしてそれは、浩然も同じだった。
「お姉様」
「え、なっ……!」
麗花に呼ばれ、思考から引き戻された途端、背中を強く押され、また何者かに腕を引っ張られた。明霞は大きく体勢を崩し、地面に倒れ込む。その途端、バタンと音がして辺りが暗くなった。
(いったい何が起こったの? それに、ここは……)
ヨロヨロと身体を起こし、辺りを見回すが、薄暗くてよく見えない。そうこうしているうちに、腕を取られ、無理やり立たされた。それだけでなく、両腕を拘束され、完全に動きを封じられてしまう。
「麗花! これはいったいなに!? ここはどこなの?」
「騒々しいわね。もっと静かにできないの?」
「あなたがこんなことをするからっ……痛っ」
「ふふ、いい気味。でも、傷が残ると面倒ね。お前、もう少し手加減なさい」
「承知いたしました」
明霞の腕を拘束していたのは、一人の男。
麗花の従者か、外から雇ったものか。どちらにしても、ロクでもない。
「こんなことをして……どうなるかわかっているの?」
「はぁ? お姉様のくせに、なに偉そうなことを言ってるの?」
「あなたのしていることは、烏族を敵に回すことよ」
「はぁ? それ、次期長の妻になったって自慢なの? ……まぁ、次期長があれほどの美丈夫だったのは誤算だったわ。でも、所詮は影の存在。私には相応しくない」
いったい何を言っているのだろうか。
麗花の物言いに腹が立つ。
「なぁに、その目は。ちょっと見ない間に随分生意気になったこと。烏族に甘やかされているの? それで、妙な自信でも持っちゃった? でも、夫は淡々としてて、お姉様には興味なさそうだったけど」
「……」
「あら、言い返すのはもう終わり? つまらないわねぇ。まぁ、言い返せないのでしょうけど。ねぇお姉様、辛いわね、夫に見向きもされないなんて。次期長じゃなくて、下っ端に嫁げばまだマシだったかしら。いえ、それでも無理ね。お姉様みたいな醜女が殿方に愛されるわけがないのよ。せいぜい、同類とつるむくらいが関の山ってところね」
「好き勝手なこと言わないで! 烏族は私を大切にしてくれているわ。よそ者の私を受け入れてくれたの!」
「でも、夫には受け入れられてないのでしょう? ……かわいそうなお姉様」
そう言って、麗花が醜く口元を歪め、嘲笑した。
明霞は強く瞳を閉じ、深く項垂れる。
(馬鹿にされているのに何も言い返せない。でも、颯懍様に妻として愛されていないことは本当だもの……)
今日は、「夫」としてともに来てくれた。だがそれだけだ。やむを得ない措置といったところだろう。
だから、麗花に反論することができない。まるでこちらの状況を見透かしているような彼女の言を否定できない。それが悔しい。
「ふふ。でも、大切にされているなら味方はいるのでしょう? ならいいじゃない。それに、とりあえず烏も手なずけていたみたいだし。それにしたって、お姉様に従う烏がいるなんて驚きだわ!」
「「烏」は、賢い鳥よ」
「ふん。いくら賢くても、鳥は鳥よ。でも、見張り役としては最適よね。どこに隠れても烏族からは逃れることはできない、なんて言うけれど、烏を味方にしているのだから当然よね。その能力は、私も認めるわ」
麗花は、どこまでも上から目線である。
例え烏族であっても、皇族より立場は下。重用されていても、あくまで仕える身分にすぎない。それが彼女の考えだ。
(お父様が国で唯一敬う相手だというのに、麗花は何もわかっていない。それは、お義母様だって同じ。お父様からもっとも距離の遠い私でさえわかることが、二人にはわからないのね)
玄武皇国において、皇族が頂点。例外はない。
彼女たちにとって、それが全てなのだ。
「ねぇ、だから折り入って、お願いがあるのだけど」
上位の者が下位の者に請い、命じる。
麗花にとっては、ただそれだけのこと。
「私に従う烏を用意しなさい」
その言葉に、明霞は勢いよく顔を上げ、驚愕に打ち震えた。
いつも読んでくださってありがとうございます。
いいな、面白いな、と感じていただけましたら、ブクマや評価(☆☆☆☆☆)をいただけますととても嬉しいです。皆さまの応援が励みになります!
どうぞよろしくお願いします!




