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紫黒の烏と銀の花嫁  作者: 九条 睦月


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16.謁見

 謁見の間の扉が開く。その瞬間、煌びやかな光が目に飛び込んできて、思わず目を細めた。

 今にも心臓が破裂しそうなほど緊張している。少しでも油断すると足が震え、歩けなくなりそうだ。それでも、明霞ミンシャは胸を張り、堂々と歩みを進める。

 隣には颯懍ソンリェンがいる。明霞ミンシャと同じものではないが、彼からも緊張が窺えた。いや、これは緊張ではなく、警戒の類だ。

 二人は悠然と進み、途中で立ち止まると、恭しく礼を執り、挨拶の言葉を述べた。


「面を上げよ」


 その声に、顔を上げる。

 目の前には、玄武皇国の王、雲嵐ウンランがいた。

 父とこうして顔を合わせるのは、いつぶりだろうか。最後に会った時を、もう思い出せない。

 彼は滅多なことで居住区に姿を現さないし、やって来たとしても美麗メイリン麗花リーファが独占し、明霞ミンシャに会うことはなかった。それに、側妃、魅音が亡くなってからは、明霞ミンシャは使用人のように扱われていた。なおさら会うことなどない。

 父は、こうした事態を把握していたのだろうか。

 そんなことを考えていると、突然甲高い声が耳に入ってきた。


「まぁ! 陛下への拝謁に烏を連れてくるなど、なんて非常識な! すぐに外へ出しなさい!」

「私たちを睨んでいるわ。お母様、私、怖いわ」


 明霞ミンシャ颯懍ソンリェンの肩には、互いの相棒が控えている。それを見て美麗メイリン麗花リーファは騒いでいるのだが、もちろん事前に許可は取ってある。にもかかわらず、難癖をつけているのだ。

 颯懍ソンリェンは何の感情も見せず、淡々と言い放つ。


「烏族にとって「烏」は必要不可欠、何よりも尊重されるもの。謁見の際にも側に置くことを許されております。此度もまたしかり。それでも許さぬと申されるならば、今すぐ私たちは退出いたしましょう」

「なっ……」

「お姉様の侍女と一緒に離れへ置いてくればいいでしょう? どうしてここへ連れてくる必要があるのよ!」

「黙れ!」


 喚く麗花リーファを一喝したのは、皇太子の浩然ハオレンだった。彼がそうしていなければ、雲嵐ウンランがそうしていただろう。双方の表情は冷たく、厳しい。

 いつもならここまでではないのだが、今は烏族の次期長を前にしている。へりくだる必要はないが、下手に機嫌を損ねるわけにもいかないのだ。

 それに、ここへ呼び出したのは明霞ミンシャの様子を伺うため。謂れなき非難などもってのほかである。

 厳しい顔をした雲嵐ウンラン浩然ハオレンを見て、さすがの麗花リーファも口を噤んだ。


「母上、麗花リーファ明霞ミンシャに会いたいと言ったのはあなたたちだ。なのに、会った途端に非難するなどどういうことだ? 明霞ミンシャとはそれほど仲の良い関係ではなかったし、会いたいなどおかしいと思ったのだが。どうしてもと言うから同席させたが、文句をつけたいだけなら出て行っていただこう」


 浩然ハオレンの言葉に、美麗メイリン麗花リーファの顔色が変わる。


「……わかりました。謝罪いたしますわ。まさか烏が一緒だと思わなかったのです」

「申し訳ございません。先ほどから烏が睨んできて、とても恐ろしくてつい……」

「それは、お前の態度にも問題があるからではないか? 烏族の「烏」は一族の人間を守るという。颯懍ソンリェン殿と明霞ミンシャの「烏」もそうなのだろう」

「……っ」


 「烏」に敵だとみなされているのだと言われ、麗花リーファの表情が歪む。

 そんな彼らを見て、明霞ミンシャは内心驚いていた。


(お異母兄にい様がこちらの味方をするなんて驚いたわ。まぁ、私たちに非はないのだし、当然なのだけれど。それに、烏族が絡んでいるから……。でも、それほどまでに烏族は大切だってことだわ。知ってはいたけれど、こうして実際に目の当たりにすると、実感せざるを得ないわね)


 知識としては知っていた。だが、これほどまでに雲嵐ウンラン浩然ハオレンがこちらを気遣う姿勢を見せるとは思わなかった。

 それほどまでに、烏族の存在は貴重であり、大切なのだ。皇女を差し出すのも頷ける。


(それにしても、お義母かあ様も麗花リーファも、烏族のことを軽く見ているのではないかしら? 勝手に私を送り付けたり、「烏」を外へ出せなんて言ったり。立場上、烏族は臣下ではあるけれど、その実対等なのに)


 皇宮の人間も、それを理解しているものは少ない。

 謁見の間に行くのは明霞ミンシャ颯懍ソンリェンだけで、春燕チュンヤンが側に控えることは許さないと撥ねつけられたし、春燕チュンヤンを宮の離れに案内する人間も、どこかおざなりだった。


(これは、私の侍女ってことで軽く見られてしまったのかもしれないけれど。春燕チュンヤンには申し訳なかったわ)


 当の春燕チュンヤンは、一向に気にしていないようだったのが救いである。別れるまで明霞ミンシャを気遣い、励ましてくれた。離れにいるとはいえ、明霞ミンシャの身は守ると宣言していた。


 それからは、通り一遍の言葉が交わされ、その後沈黙が降りる。

 明霞ミンシャに会いたいと要求した美麗メイリン麗花リーファが口を出さないのなら、会話などあっという間に終わってしまう。

 そろそろ終わりかと構えていると、おもむろに雲嵐ウンラン明霞ミンシャに問うてきた。


「其方からは何かあるか」


 父が明霞ミンシャにこんな風に尋ねたことなど、いまだかつて一度もなかった。これにも驚いてしまう。


(ご機嫌伺いとはいっても、一方的にいろいろ聞かれて、それに答えて、それで終わると思っていたわ)


 だが、せっかく向こうから話を向けられたのだ。明霞ミンシャには、ぜひ聞きたいことがあった。


「それでは、一つだけ」

「申してみよ」

「ありがとうございます。……仔空シアは、今こちらにいないのでしょうか?」


 浩然ハオレンがいるのだから、仔空シアもいて当然だった。しかし、この場に彼の姿はなかったのだ。

 すると、浩然ハオレンがそれに答えた。


「すまないな。仔空シアは南方領地の視察に行く準備で、出られなかったのだ」


 仔空シアは単独で視察に出ているのか。

 立派に皇族としての職務をこなしているようで、会えない淋しさはあるが安心する。


「そうでしたか。承知いたしました」

「少しでも顔を見せられたらよかったのだろうが、準備に時間がかかっていてな」

「いいえ。お仕事であるなら無理は申せません」


 烏の巣へ送られてから、ずっと会っていないと思われているはずだ。だから、心なしか浩然ハオレンの表情が曇っているように見えた。雲嵐ウンランは相変わらず表情を変えず、美麗メイリン麗花リーファもまたツンとすましたままだが。

 明霞ミンシャを除いて、仔空シアとの距離が一番近い浩然ハオレンだからこそ同情したのだろう。

 僅かでも、そんな気持ちが垣間見えただけでありがたい。


「それでは……」


 ようやくこの場を辞せると思った時、扉の外から従者の声がした。おそらく緊急の用なのだろう。


「私が対応いたしますわ」


 そう言って、美麗メイリンが扉へ向かった。

 珍しいこともあるものだ。こんな彼女を見たのは初めてだった。


「お母様、私も」


 更には、麗花リーファまで。

 

 明霞ミンシャは、つい颯懍ソンリェンの方を見る。

 彼の表情は、これまで以上に警戒度を増していた。

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