01-2.烏の巣へ(2)
『あ、あれ、第一皇女じゃない?』
『うーん……そうかも? でも、いつもはあんなに着飾ってないよな?』
『あれじゃない? 颯懍のお嫁さんになるためにここへ来たのよ!』
『今日だっけ? 俺、何も聞いてないけど』
話しているのが人でも烏でも、もはやどうでもいい。話の内容は、明らかに自分に関係することだ。明霞は思わず声をあげていた。
「先触れもなく来てしまい、申し訳ございません! 私は鲁明霞、皇家の者です!」
明霞の声に、烏たちの羽音と鳴き声が止んだ。先程とは打って変わって、シンと静まりかえる森。
ドクドクと暴れる鼓動、ゴクリと息を呑む音、そんな微かなものさえ大きく聞こえる。
「あのっ……」
『第一皇女、明霞殿であるか?』
すぐ側の大木から威厳のある低い声が響き、すぐさまバサリという羽音がした。
「!」
気が付けば、明霞の前には一羽の烏がいる。
さすがに立ち上がった明霞よりは小さいが、それでも普通の烏の倍の大きさはあろう。そして、声に違わずその姿にも威厳があり、気品も兼ね備えていた。
明霞は慌てて膝を折り、頭を下げる。そうすべきだと直感したのだ。
「おっしゃいますとおり、私は皇家の第一皇女でございます」
『ふむ。イェン』
『了』
目の前の烏が名を呼ぶと、イェンと呼ばれた烏が返事をして、どこかへ飛び去っていく。その様を眺めていた明霞に、烏は言った。
『我が名はラオ。烏族の烏たちをまとめる長である。皇家から花嫁がやって来る話は聞いておるが、今夜とは知らなかった』
「申し訳ございません。あの、これは……義母と異母妹が先走った結果と言いますか……ご迷惑も顧みず来てしまい、本当に申し訳ございませんでした!」
深く、深く頭を下げる。よもや土下座である。
『……皇女ともあろう者が、我に対しそこまで頭を下げるか』
呆れたような声にそろりと視線を上げると、ラオが気の毒そうにこちらを見ていた。本当にそうなのかはわからないが、声音を聞けばそのように感じる。
「申し訳……」
『そなたは何も悪くない。非がないというのに、そんなに簡単に謝るものではない』
「……はい」
『だが、相手の見た目や身分にかかわらず、誠意を持って接するその姿勢は良い。素直だしの』
「ありがとう……ございます」
人生の酸いも甘いも経験し、世の理を知り尽くした年配者と話しているようだ。厳しいけれど温かい、ラオからはそんな雰囲気が感じられた。
なんとなく安心して、身体からよけいな力が抜け、緩やかに明霞の口角が上がる。ようやく、笑えるほどの余裕ができた。
「ラオ」
その時、明霞の背後から声がした。彼女は振り返り、息を呑む。
そこには、一人の男が立っていた。隠れていた月が顔を出し、その姿をはっきりと浮かび上がらせる。
夜闇に溶けるような黒い髪、光の加減によっては紫がかって見える。そして、こちらを見つめる双眸は、深い、深い、紅。首が痛くなるほど見上げなければならないほどの体躯は、細身でありながら鍛え上げられているのが布越しにもわかる。
『颯懍、花嫁が来たぞ』
彼は、ラオの言葉に吐息を漏らした。
「ラオまでそんなことを言うのか。……ったく」
『だが、彼女は強引にここへ連れて来られ、放り出された』
「何!?」
『そなたもこのまま捨て置くつもりか?』
「……」
男はラオを睨み、そして明霞を見た。
しばし、沈黙の時が流れる。
「……」
「……」
『皇女に風邪でもひかせるつもりか?』
「チッ!」
男は盛大に舌打ちすると、明霞に向かって忌々しげに告げた。
「仕方がないのでその身は引き受ける。だが、婚姻に同意したわけではない」
「もちろんでございます。ご恩に報いるため、精一杯尽くしてまいります」
咄嗟にそう応える明霞をまじまじと見つめた後、男は背後にいた女に後を任せるや、すぐさま姿を消してしまった。
「あーあ、もう。兄様は女性の扱いってものを知らなさすぎだわ!」
「あなたは……」
男と同じ濃紅の瞳を持つ女は、明霞の手を取り立たせると、にこりと人好きのする笑みを浮かべた。
「はじめまして、皇女様。私は烏族の次期長、崔颯懍の妹、春燕です」
「こちらこそはじめまして。明霞と申します」
「明霞様、我が一族の集落である “烏の巣” へお連れしますね」
いつの間にか馬車がきていた。二人が乗り込むと、ゆっくりと動き出す。すると、集まっていた烏たちもあちらこちらへ飛び立っていき、一部は馬車に並走するようについてきた。
「馬車を護衛しているみたい」
そう呟くと、春燕がそれに頷く。
「そのとおりです」
「……すごいわ。烏族の烏たちはとても頭がいいとは聞いていたけれど、本当なのね」
「はい! もちろんです!」
烏を褒められてとても嬉しそうな春燕を見て、明霞も微笑む。
(急なことだったけれど、何とか受け入れてもらえてよかったわ……)
本来ならば、追い返されても文句は言えなかった。しかし、追い返されたところで明霞にはもう帰る場所がない。
暗闇の景色をぼんやりと眺めながら、明霞はこれまでの出来事を思い返す。皇家に生まれてしまったばかりに、平穏とはほど遠い時間。
明霞は、静かに目を閉じた。
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