15.皇宮へ
皇宮へ向かう馬車の中で、明霞はひたすら気を張っていた。
明霞の向かいには、颯懍が仏頂面で座っている。普段どおりなのだが、今日ばかりはもう少し表情を和らげてほしかった。──否。
(にこやかな颯懍様というのも、少し困ってしまうわね)
いつもと違いすぎて、逆に混乱しそうだ。
明霞は軽く頭を振り、うっすらと窓に映る己の姿を眺める。
白く長い髪はすっきりと結われ、首元を飾るネックレスの輝きを引き立てている。ふんだんに散りばめられた宝石の色は、鮮やかな紅だ。
皇宮にいた頃でさえ身に着けたことのないアクセサリー、そして、ドレス。
麗花はいつも華やかなドレスを身に纏っていたが、明霞にそのような衣装が与えられることはなかった。
王である父と顔を合わせる際も、母親がまだ生きていた頃にあつらえたものを着ていた。何年も昔のもので、デザインや柄は古い。ただ、仕立ては立派なものだったので、かしこまった席ではいつもそのドレスを纏っていた。
しかし、今は違う。
これまで着たことがないような、とても美しい衣装である。
高貴な黒地に羽模様が透かしで入っており、ところどころに配置された濃紅の色がいいアクセントになっている。それが全体的に華やかさを演出しており、目を引いた。それに、黒が明霞の髪の色をより際立たせている。
「明霞は肌も白いし、黒がよく似合うわ! それに、髪の色も美しく映えるわね」
衣装を合わせた時に、春燕がそう言って絶賛していた。
このようなドレスをいつ用意したのかと尋ねると、明霞が烏の巣へ来てからすぐだという。そういえば、来て早々に採寸したことを思い出した。
というのも、明霞は自分の荷物を一切持たずに巣へ送られたのだ。あの日、突然拉致されるようにどこかの部屋へ押し込められ、かと思えば豪華な衣装に着替えさせられた。そして、そのまま馬車に乗せられたのだ。烏の巣へ送られることは、その馬車の中で初めて聞かされた。
それを知った春燕は、早々に必要な衣類を揃えてくれたのだが、その中にこのようなドレスも含まれているとは思わなかった。しかも、何枚もあったのだ。
「明霞は次期長の妻だもの。当然でしょう?」
などと言われたが、その時は苦笑いするしかなかった。しかし、今回はそれに助けられた。
明霞は改めてドレスを見つめる。どこをどう見ても美しく、素晴らしい衣装だ。滑らかな生地がとても気持ちいい。
「気に入ったようだな」
その声に顔を上げると、颯懍が若干表情を緩めていた。笑顔とは言えないが、どこかホッとする。
明霞は小さく頷き、笑みを見せた。
「はい。こんなに素晴らしいドレスを用意していただき、本当に嬉しくて」
「その色でよかったのか?」
「え?」
「もっと華やかな色もあっただろう?」
この黒地のドレスの他にも、薄桃色や、明るい赤、黄など、様々な色のものが用意されていた。ひととおり袖を通したが、どれも明霞によく似合っていた。その中で選んだのが、黒だったのだ。
「この色がよかったのです」
「……意外だな」
「そうですか?」
「あぁ。明霞の雰囲気や髪の色に合わせるなら、もっと淡い色を選ぶと思っていた」
「髪の色……。私の髪は白なので、それに合わせるならどの色でも問題ないと思いますが……」
「白? いや、もっと透き通るような……いや、なんでもない」
途中何かを言いかけたようだが、それ以降何も言わない颯懍に、明霞は不思議そうに瞳を瞬かせる。
(なんだったのかしら? 髪の色……まるで老婆のようだと言われて続けてきた私の白い髪。でも、烏の巣へ来てから鮮やかになった気がするわ)
本来はもっとくすんだような色で、汚れているようにも見えた。しかし、烏の巣へ来てからは、その色がどんどん明るくなっているように思う。
(頻繁に髪を洗えるようになったから、艶も出てきたし)
同じ白でも以前のものとは違う。それは、明霞の心をも明るくしていた。
また、太陽の下ではキラキラと輝きを放ち、周囲の視線を釘付けにしていることを明霞は知らない。
「烏族となって初めて皇宮へ行くのですから、それに相応しい色だと思いました」
黒を選んだ理由。
途中で会話が途切れてしまったが、せっかく聞かれたのだからきちんと答えたかった。
明霞の言葉に、颯懍はハッと顔を上げる。
「相応しい色、か」
「はい。烏族の象徴は「烏」、黒がもっとも相応しいかと」
「……そうか」
少々素っ気ない返答だが、一層柔らかくなったその表情に、明霞の心が温かくなる。
ドレスを選んでいる時、側にいたのは春燕だけではなかった。相棒のヤーも一緒だったのだ。彼女の凛とした姿を見て、この色だと思った。
それに、注意深く確認してわかった。
この色は、ただの黒ではない。──紫黒だったのだ。
(見る角度を変えると、紫がかって見える黒。これは……颯懍様の髪の色だわ)
春燕が意図してこの色を用意していたのかはわからない。だが、この色を見た瞬間に「これだ」と思った。他の色も合わせてはみたが、最初からこのドレスに視線も心も奪われていた。
(それに、差し色の濃紅は、颯懍様の瞳と同じ)
このドレスを着ていれば、その身に颯懍を感じていられる。それが明霞の背を押し、父や義母、異母妹に相対する自分に勇気を与えてくれる気がした。
(こんなこと、とても颯懍様には言えないわね)
明霞は僅かに顔を逸らし、ほんのりと赤く染まった頬に手を添える。
そんな明霞に、颯懍は優しい視線を向けていた。
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