12.放浪する皇子
「殿下、そろそろ国に帰りませんか?」
うんざりとした顔でそう言うのは、哉藍の側近、黄静である。各国を外遊する哉藍に、唯一ついてきた男。というより、哉藍が彼以外の人間を連れて行こうとしなかったのだ。
「戯言を抜かす暇があるなら、もっと知恵を絞ってくれ。……どうすれば、烏族と接触できるのか」
哉藍が各国を渡り歩いていたのは、純粋に外交という部分もある。現に、朱雀皇国や白虎皇国では、交易条件の確認や見直し、各国の皇族との交流など、精力的にこなしてきたのだ。
ただ、玄武皇国への訪問は、青龍皇国出国時点では予定になかった。途中で哉藍が強引に捻じ込んだものだ。
「影の一族なのですから、簡単に接触できるわけがないでしょう? 素直に雲嵐陛下にお願いすればよかったのです」
「素直に願い出て、聞き入れられると思うか?」
「思いませんけれど」
「思ってないなら言うな!」
「どうかいたしましたか? 哉藍殿下」
哉藍の大声に反応し、護衛が近づき声をかけてきた。哉藍は、なんでもないと笑顔で返す。すると、護衛は一礼して距離を取った。
哉藍たちには、玄武皇国の軍人が護衛としてついている。だが、最少人数に留めていた。
哉藍は、武に長けている。その強さは、自国はもちろん、他国にも轟いていた。
しかし、彼の空色の瞳、線の細い体躯は柔らかな印象を与え、武力とは無縁であるように見える。それに、彼は他人との距離の詰め方が上手かった。爽やかな微笑み、皇族らしからぬ気安い物言いに、相手はつい心を許してしまうのだ。
剛と柔を見事に操る哉藍は、他人を味方にすることに長けていた。彼を害そうとしても、自国他国は関係なく、味方に守られ、且つ、自らも戦える。それ故、ぞろぞろと護衛を引き連れる必要がない。
本当は、静だけでよかった。だが、他国の人間に勝手にうろうろされるわけにはいかない玄武側の事情もわかる。だから、護衛をつけることには同意した。
「それにしても、見事なほどに何もありませんね。よく言えば長閑、悪く言えば辺鄙」
「山林が多く、恵まれた地とは言えないかもしれないが、空気が澄んでいる。それに、一見すると貧しいように見えるが、そうじゃない。慎ましい国民性故、贅は好まないのだろうね」
これまで見てきたこの国の民たちは、皆素朴だった。暮らしは質素で、身なりは地味。しかしよく見れば、仕立ては悪くない。
各地の領主たちも、平民ほどではないがそれなりである。だが、屋敷にしても、室内を彩る調度品などにしても、質の高いものが揃っていた。
パッと見は相当地味だが、よく見ると上質。つまり、この国は決して貧しいわけではないのだ。
「確かに。皇宮はさすがに豪華絢爛ですが、王も皇太子も、ひととなりは質実剛健といった感じですしね。ただ……あのお二人は異質でしたが」
「あー……」
静の言葉に、哉藍は苦虫を嚙み潰したような顔をする。脳裏に、これでもかと着飾った、かしましい二人の姿がよぎった。
「祖国のことを、あれほど貶す皇族など知りません」
「まったくだね。何もない、面白くない、華やかじゃない……彼女らのために国が存在しているわけじゃないのに」
「だから、青龍皇国へ行きたい、連れて行けなどと。相手が皇族でなければ、言い負かしてやりましたよ」
恵まれた自らの環境を顧みず、当たり前のこととする傲慢さ。それに、生まれ育った国を愛せぬ者が、他国を愛せるはずもない。そんなこともわからずに他国に嫁ぎたいというのだから、ほとほと呆れる。
「それに、腹違いとはいえ、姉のことも散々な言いようでしたね」
「よくもあれほど次から次へと悪口が出てくるものだ。母娘で異母姉を虐める図が目に浮かぶ。あんな女を妻に迎えるなど、どんな罰だ。……ありえない」
「姉を貶せば貶すほど、殿下がドン引いていたことにも気付かないとは、いやはや……」
哉藍の様子をきちんと見ていれば、一目瞭然であった。しかしあの二人は、意にも介していなかったのだ。
「玄武皇国内でも、あの第二皇女を娶りたいという者はいないだろうね。それにしても……第一皇女が気になるな」
「明霞様ですね。皇宮内にいるあらゆる者に尋ねてみても、奥で臥せっているとしか答えなかった。にもかかわらず、突然婚姻し、皇宮を出て行ったというのですから驚きましたよ。我々から徹底的に隠すという意図が見え見えです」
「しかも、嫁ぎ先は烏族という……」
哉藍は空を仰ぎ見る。生憎の曇天で、今の心中を表すかのようだ。
鬱屈した気持ちを吹き飛ばそうと、伸びをしかけた時だった。突如、鋭い気配を感じる。素早く振り返ると、小さな影のようなものが見えた。
「殿下?」
「ついてこい」
「えっ!?」
哉藍が一目散に駆けていく。
そのスピードは尋常ではない。常人ならば、とても追いつくことなど不可能。
「ったく! うちの殿下は自由すぎる!」
文句を言いながらも、静はすぐさま体勢を整え、哉藍を追う。ここで少しでも遅れを取ったなら、後で何を言われるかわかったものではない。
「殿下っ!」
「シッ。こっちの行動はすでにバレているが、大声を出すな。少しでも気を抜くと撒かれるよ」
その言葉で、哉藍が何者かを追っているのは明白である。
だが、静にはその相手がわからない。静には何の気配も感じられなかった。
彼は決して鈍感ではない。哉藍の側近を務める者は、全員かなりの実力を有している。その中でも彼はもっとも優秀であり、哉藍の信頼を得ているのだ。そんな彼さえも感じられない微かな気配を、主は感じ取った。
(天才の主を持つと、下が苦労する)
内心で愚痴る静だが、一筋縄ではいかない相手に仕えるほど楽しいことはない。
黄静とは、そういう男だった。
必死に食らいついていくうちに、静にも気配を感じられるほど、相手に近づく。
「待て! 私は敵ではない! 話がしたい!」
哉藍が、相手に向かって大きく叫ぶ。
「待ってくれ!」
再度声をあげるが、哉藍の願いも空しく、あっという間に影は遠ざかっていった。
──逃げられてしまったのだ。
「チッ。もう少しだったのに! 待てって言ってるんだから待てよ! クソッ!」
「……殿下、本性が出ています」
「仕方ないだろう? ようやく接触できると思ったのに!」
「ということは、あれは……」
静を振り返り、哉藍は悔しげに表情を歪めながら言った。
「そう……烏族だ」
いつの間にか入り込んでいた林の木々には、「烏」が数羽。音も立てず、彼らをじっと見つめている。
さすがの哉藍も、その気配には気付かなかった。
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