10-2.青龍皇国第二皇子の動向(2)
よほど鬱憤が溜まっていたのだろうが、「烏」に慰められている男という図に、明霞は苦笑いするしかない。チラリと窺うと、春燕もクスクス笑っているし、颯懍までも肩を震わせている。
「明霞」
不意に呼ばれ、明霞は颯懍の方を向く。
「はい、なんでしょう?」
「あの日、王哉藍と言葉を交わしたか?」
颯懍の問いに、明霞は首を横に振った。
宴の日は、とにかく皇宮中が大わらわだったのだ。急なことで人手も足りず、皆が走り回っていた。準備の際もそうだったが、その最中も息つく間もないほどに忙しかった。
「私はあちこち動き回っていましたし、哉藍殿下の側には常に麗花がいました。彼と話す機会など、一瞬たりともありませんでした」
なにせ、酌をする宮女でもその機会はなかったと思われる。哉藍が礼を言おうとした時でさえ、麗花がすかさず邪魔をしていたのだから。そうしている姿を何度も見たし、他の宮女たちが陰でこそこそと文句を言っていたのも耳にした。
「なるほど、そういうことね」
明霞と颯懍の話を聞いていた春燕が、会話に加わってくる。彼女はすでに、颯懍の言いたいことがわかったようだ。
「春燕、どういうこと?」
春燕は肩を竦め、溜息交じりにこう言った。
「我儘姫は、警戒したのよ」
「警戒?」
麗花が明霞を警戒することなど、何もないはずだが。
明霞ははて? といったように首を傾げる。
『もう! 明霞ったら鈍いんだから! あのケバケバ娘は、第二皇子を明霞に取られるかもしれないって警戒したの!』
「ええええっ!?」
ヤーの言葉に吃驚仰天したのは、明霞だけではなかった。仔空もである。
ほぼ同時通訳する春燕はたいしたものだ。
「まままま、待って! 私は哉藍殿下と話をするどころか、顔を合わせたこともないのよ? 遠目から確認はしたけれど、向こうは私のことなんて気付いてもいらっしゃらないはず」
「だが、向こうは明霞の存在は知っている。第二皇女が出張っているのに第一皇女が顔を見せないのはおかしいし、何か事情があるにせよ、挨拶くらいはと思うのは当然だろう」
颯懍の言葉はもっともなのだが、その辺りはなんだかんだと誤魔化したはずである。第一皇女は病弱で表に出てこれない、もしくは、皇女としての役割を放棄し都で遊び惚けている、などなど。これまでもあったことだ。
「それでも会いたいと言ったか、もしくは、あの姫が牽制の意味も込めて、第一皇女はすでに輿入れ先が決まっていてそれは烏族だ、なんて話していたら?」
春燕がそう言った後、仔空が激しく項垂れ、頭を抱えた。
「……そうか。烏族と接触したい第二皇子は、それでますます姉様に興味を抱いた可能性がある。それを麗花が察知したとすれば……というか、したんだろうな。そういうことには鼻が利くんだ」
すでに輿入れ先が決まっている姉に興味を示すなんてと逆上し、あのような強硬手段に出た……ということだろうか。
明霞は驚きつつも、呆れてしまった。
(ほんの少しでも、誰かが私を気にするのは気に入らないのね。それが、狙っている哉藍殿下であればなおさら。さっさと私を追い出して烏族の元へ送ってしまえば、万が一にも殿下が私をどうこうすることはできないし、私に対してはもちろん、仔空に対しても大きな嫌がらせになる。あの子やお義母様の考えそうなことだわ)
明霞も仔空も、一度だって麗花や義母の望みを邪魔したことはない。にもかかわらず、何故ここまで疎まれなければならないのだろうか。
二人の母、魅音が特別に寵愛されていたのならわかるが、そうではなかった。側妃という立場は王の寵愛がない限り、正妃より弱い。それだけでは、満足できなかったのだろうか。
『迷惑な話ね! 第二皇子も、もっと上手くやればいいのに! 性悪女に見抜かれるなんて、まだまだよね!』
「まったくです!」
仔空とヤーは頷きあっている。同時通訳をしている春燕もそれに加わっていた。
その様子を見ているうちに、明霞の心はじんわりと温かくなってくる。
(皇宮にいた頃は、こうして私のために怒ってくれる人なんて仔空以外誰もいなかった。でも今は……)
相棒のヤーは、これでもかというくらい義母と異母妹を貶しまくっているし、春燕もすでに言いたい放題になっている。仔空は、仲間を得たとばかりにどこか楽しげだ。
「私は、ちょっとだけ麗花やお義母様に感謝したいわ」
「感謝? どこにそんな要素がある?」
小声で呟いたのに、颯懍は聞いていたようである。
不思議そうにする颯懍に、明霞は笑いながら答えた。
「だって、予定よりもずっと早くここに来られたのですから。あ、二人だけでなく、哉藍殿下にも感謝すべきかもしれませんね」
「お前は……」
「え?」
「……何でもない」
明霞から顔を背け、颯懍は口元を手で覆う。
皆から隠した彼の口元は、緩もうとするのを踏ん張って堪えるという、何とも言えない状態になっていた。
皇宮や皇都に比べ、烏の巣には何もない。あるのは森林ばかり。若い娘にとっては、退屈この上ない場所だというのに。
烏族にとっては何より大切な故郷であり、皆の帰るべき場所。しかし、外からやって来た明霞にとってはそうではない。
(なのに、早くここに来られてよかったとお前は笑うのだな、明霞)
「烏」に認められることが、烏族で一人前とみなされる条件である。だとすると、彼女はもう立派に一人前の烏族なのだ。
(誰にも手出しさせない。正妃も第二皇女も、そして青龍皇国にも)
颯懍は、人知れず心に誓った。
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