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紫黒の烏と銀の花嫁  作者: 九条 睦月


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09.再会

明霞ミンシャ、少しは落ち着いたら?」


 先ほどからウロウロと動き回り、落ち着きのない明霞ミンシャに、春燕チュンヤンが笑いながらそう言った。

 明霞ミンシャはその言葉に頷きながらも、動きを止められない。


「だって、久しぶりに会えるんだもの。何も言わずに出てしまったから、ずっと気になっていて……。たぶん、すごく心配させてしまったわ。それに、こうしてまた会えるなんて思わなかったから、嬉しくて」


 明霞ミンシャの様子を見て、春燕チュンヤンは小さく肩を震わせる。


(まるで愛しい人の話をしているみたいだわ。いつか、兄様のためにこんな顔をする明霞ミンシャを見てみたいわね)


 色恋沙汰にまったく興味のない兄は、こんな明霞ミンシャを見ても、さほど気に留めないのだろう。落ち着きのない奴だ、と思うくらいが関の山。

 それを思うと、春燕チュンヤンはやれやれと溜息をつきたくなってしまう。


 ただ、明霞ミンシャが巣へ来た当初は嫁として認めないと言っていた颯懍ソンリェンだが、逢瀬を重ねるごとに態度は軟化していっているように見える。

 その大きなきっかけとなったのは、ヤーが明霞ミンシャの相棒になったことだった。


 ヤーは、「烏」たちの中でも一際美しい姿をしていた。その見た目に違わず、気位も高い。そこらの烏の言うことなど聞きもしないのだ。

 ちなみに、春燕チュンヤンでさえあまり聞いてもらえない。聞いてもらえる時は、彼女の気が向いた時、彼女がその必要性を感じた時くらいなものである。

 さすがに長である勝峰ションフォンや、次期長の颯懍ソンリェンの命令には応じるが、ヤーを従えられるのはこの二人くらいだろう。


 だが、そんなヤーがついに相棒を決めたのだ。それが、まだ巣へ来て間もない明霞ミンシャだった。

 これには巣で暮らす者、皆が驚いた。勝峰ションフォンでさえ目を丸くしたほどだ。しかし、さすがは次期長の嫁だとおおいに喜んでいた。


 明霞ミンシャのどこがヤーの琴線に触れたのかはわからない。しかし、春燕チュンヤンにはヤーの気持ちがわかる気がした。


 明霞ミンシャは不遇な状況に追いやられ、皇女としての尊厳をとことんまで傷つけられていた。だが、それでも前を向き、必要なことを身に着け、自分にやれることをやってきた。

 痩せた細い身体、やつれた顔、艶のない髪、吹けば飛びそうな、そして今にもポキリと折れてしまいそうなそんな儚さの中にも、薄墨色の瞳は輝きを失っていなかった。


 心の強さ、気高さ。


 おそらくこれが、ヤーのお眼鏡に適ったのだろう。


明霞ミンシャ、いいか?」


 来訪を告げる声に、春燕チュンヤンの意識が引き戻される。声の主は颯懍ソンリェンである。

 明霞ミンシャはピタリと足を止め、春燕チュンヤンを見つめた。大きく目を見開きながら、コクコクと頷いている。


(決して頼りないわけじゃないのに、明霞ミンシャってどこか可愛らしくて、庇護欲がそそられるのよね)


 春燕チュンヤンはクスクスと笑いながら、部屋の扉を開ける。

 そこには颯懍ソンリェンと、あともう一人男が立っていた。

 もう一人の男は、部屋の中にいた明霞ミンシャの姿を見るなり、彼女に駆け寄っていく。


「姉様!」

仔空シア!」

「姉様がご無事でよかったです! あの日、お助けできなくて申し訳ございませんでした。まさか、あの二人があのような強硬手段に出るとは思わず……」


 颯懍ソンリェンと一緒にやって来たのは、明霞ミンシャの実弟であり、皇宮での唯一の味方、仔空シアだった。

 彼は悔しげに表情を歪め、今にも泣き出しそうになっている。涙を堪え深く頭を下げる仔空シアを、明霞ミンシャはゆっくりと抱きしめた。


「ごめんなさい、仔空シア。心配させてしまったわね」

「そんなことっ……」

「私は大丈夫よ。ここではとても大切にしてもらっているの」

「姉様……」


 再会を喜ぶ二人に、春燕チュンヤンも思わずもらい泣きしそうになる。颯懍ソンリェンも穏やかな笑みで二人を見つめていた。

 そんな中、突如明るい声が響き渡る。


『よかったわね、明霞ミンシャ! 勝峰ションフォン颯懍ソンリェンに頼み込んだ甲斐があったわ!』

「うわあああっ!」


 部屋の入口を見ると、堂々とした一羽の「烏」がいた。ヤーである。

 窓から入ってきたり、きちんと入口から入ってきたり、何故か部屋に隠れていて突然驚かせたりと、彼女はいつも神出鬼没だ。

 それに慣らされた明霞ミンシャ春燕チュンヤンは今更驚かないが、颯懍ソンリェンはさすがに目を丸くしている。そして、「烏」の言葉がわからない仔空シアに至っては、いきなり大きな「烏」が現れ、グワァと大きな声で鳴いたので、腰を抜かしそうになっていた。


「姉様! 危険です!」


 我に返った仔空シアは咄嗟に明霞ミンシャを庇い、前に出る。そして、ヤーをきつく睨みつけた。


「ね、姉様に手を出したら承知しないからな!」


 外出する際にはいつも武器を携帯するのだが、敵意のないことを示すため、屋敷に入る前にそれを預けていた。なので、仔空シアは今丸腰である。それでも姉を守ろうと必死だった。

 だが、そんな仔空シアなど意に介さず、ヤーは明霞ミンシャに近づいていく。


「こ、こらっ!」

仔空シア、大丈夫よ。彼女はヤーというの。とても綺麗な子でしょう? 私の相棒になってくれたのよ」

「相棒!? 姉様、何をおっしゃっているのですか?」


 素っ頓狂な声をあげる仔空シアに、明霞ミンシャをはじめ、春燕チュンヤン颯懍ソンリェンまでも笑い出す。そしてヤーは、仔空シアを揶揄うように大きく羽を広げ、再び「グワァ!」甲高い声で鳴き、彼に尻もちをつかせたのだった。


 *


「そういうことだったのですね……」


 これまでの経緯を明霞ミンシャ颯懍ソンリェンに説明され、仔空シアは大きく吐息した。

 烏族にとって、「烏」は何を置いても大切な存在だとは知っていたが、まさかこれほどまでとは思わなかった。ましてや、「烏」が人と言葉を交わせるほどの頭脳を持っているとも。


 しかし、今なら納得できる。

 実は、少し前から頻繁に「烏」を見かけ、こちらを窺っているように感じていたのだ。時折、こちらに向かって鳴いているようでもあった。見張られているのだろうかと警戒していたのだが、ある日、烏族の人間に声をかけられた。

 烏族が諜報活動をしているのは知っている。しかし、彼らに直接接触できるのは王である雲嵐ウンランだけ。姉がどうしているのか知りたくても、仔空シアにはどうすることもできなかった。そんな彼らが自ら接触してきたのだ。

 その時は半信半疑だったが、藁をもつかむ思いでそれに縋った。姉に会えるなら罠でもいい、そう思っていた。


 外部の人間が烏の巣へ入ることはできない。烏族は隠密、影の集団である。皇族であろうが例外ではないのだ。

 だから、姉が烏族へ嫁いでしまったのであれば、姉がそこから出ない限りもう二度と直接会うことは叶わないはずだった。

 だが、姉の相棒となったヤーは、明霞ミンシャの気持ちを慮り、二人が会えるよう働きかけたのである。

 外で会うには問題が多すぎる。かと言って、明霞ミンシャを皇宮へ連れて行くことはできない。なら、仔空シアをここへ呼ぶしかない。そのために、彼女は勝峰ションフォン颯懍ソンリェンを辛抱強く説得したのだった。


 それを聞いた仔空シアは、ヤーに深く感謝する。いくらしてもしたりないほどだ。

 だが、彼女の歯に衣着せぬ物言いなのは、玉に瑕である。


仔空シアは、明霞ミンシャと違って小心者ね! 私が皇宮で仔空シアを観察していた時、いつもビクビクしていたわ』

「きっと、見張られていると思ったのよ。仔空シアは第二皇子ですもの、常に警戒していなくてはいけないの。それに、「烏」と話せないなら意思疎通もできないわ。意図がわからないのは怖いことよ」

『そうね。でも、仔空シア明霞ミンシャの弟でしょう? なら、わかると思ったんだけど』

「無茶を言うな。この場合、明霞ミンシャが変なんだ」

「姉様は変じゃないぞ!」

仔空シア殿下、口の悪い兄で申し訳ございません。ですが、確かに不思議なのです。私たち烏族の人間が「烏」と言葉を交わせるのは至極当然のこと。でも何故か、明霞ミンシャは最初から言葉として聞こえていたようなのです」


 ヤーの言葉は、仔空シアにとってただの鳴き声にしか聞こえない。なので、他の三人に通訳してもらいながら話している。仕方のないことだが、ほんの少し疎外感を覚える。

 しかし、柔らかい笑みを浮かべる明霞ミンシャを見て、心底安堵もする。


(姉様の言うとおり、ここでは姉様を虐げる者はいない。春燕チュンヤンは姉様の世話係ということだが、二人はとても仲がよさそうだ。言葉遣いが気になるが、姉様が許しているならいい。姉様の側に信頼できる人間がいる、それが一番だ)


 烏族に嫁いだからには、明霞ミンシャはすでに皇族ではない。それも承知している。淋しくは思うが、姉の幸せが第一である。

 ただ、夫である颯懍ソンリェンは、少々素っ気ない気もするのだが。身内の手前、遠慮しているのだろうか。


 そんな多少見当はずれなことを考えながら、仔空シアは、現在の皇宮の様子を明霞ミンシャに話すことにした。

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