08.姉を案じる
仔空は、激しく動揺していた。
急に青龍皇国の第二皇子がやって来ることになり、盛大な宴を催すことになって、皇宮にいる者はあちこちを駆けずり回る羽目になった。
一番の被害者は、異母兄である浩然だろう。雲嵐は、皇太子である彼にこの宴の開催と成功を命じたのだ。
いつもなら、最低でも週に一度は居住区画に顔を出していた仔空だが、しばらくそれができなかった。その間に、その場所にいるはずの姉がいなくなってしまったのだ。
姉、明霞とは、年齢にして一つしか違わない。仔空は、この姉をとても大切にし、慕っていた。
お互い側妃の子どもで、肩身が狭く、立場が弱い。
側妃を娶るのは皇家存続のための政略で、長年続いてきたしきたりのようなもの。だから、本来ならそこまで立場は弱くない。
だが、正妃、美麗は、貴族の中でもかなりの高位の娘で、自分本位な性格。己は常に最優先されるべき存在だと信じている。故に、側妃の存在を疎い、決して認めようとしなかった。
仮に、雲嵐が美麗と側妃、魅音の対応を区別していれば……はっきり言うと、美麗だけを寵愛していれば、そこまで冷遇はされなかっただろう。……いや、それでも同じだったかもしれないが。
彼女は、己が優遇されるのは当然のことなのだから、邪魔者はとことん虐げ、ストレスのはけ口にでもなっていれば良いという考えだ。だから、どちらにしても冷遇はされたかもしれない。
現実は、雲嵐は美麗を優遇しなかった。魅音と同等に扱ったのだ。これに、美麗は我慢ならなかった。
雲嵐に強く訴えたのはもちろんだが、彼は聞く耳を持たなかった。それどころか、面倒だとばかりに彼女を避けるようになる。魅音との仲はつかず離れずといったある種良好なものだったが、美麗を避けるために彼女をも避けるようになり……結局、彼は居住区画に寄り付かなくなってしまった。
そうなると、その場所は美麗の独壇場だ。彼女は思う存分、やりたい放題にやった。
気に入らない使用人などを遠慮なく虐げ、勝手に辞めさせることなど日常茶飯事。己に媚びへつらう者だけを侍らせる。娘、麗花もそんな母を見て育ち、同じようにふるまうようになった。
二人は、特に気に入らない魅音、その娘と息子である明霞と仔空は殊更に虐げた。魅音がいた頃は彼女が盾となっていたが、儚くなって以降は行為がエスカレートし、それはもう散々なものとなっていた。
しかし、仔空は第二皇子で、第一皇子を補佐する者として、その場所から抜け出すことができたのだ。
異母兄、浩然は、父、雲嵐と見た目も性格もそっくりで、立場で判断することはなく、仔空のことを虐げたり見下すようなことはなかった。特に優しくはないし、兄らしいことをするでもないが、攻撃されないならそれだけで天国である。
だが、姉はあの地獄に居続けなければならなかった。
仔空は何とかしたかったが、そうできるほどの力はない。姉を救えないことが、狂おしいほどもどかしかった。
だから、せめてもの慰めに、少しでもあの二人から守れるよう、時間の許す限りは姉に会いに、あの地獄ともいえる居住区画へと通っていた。それなのに。
姉がいなくなった。確認すると、その日は宴の日。しかも、その最中に烏の巣へ行ったというのだ。
これには、仔空だけでなく、雲嵐も浩然も驚いた。王である雲嵐でさえ知らなかったのだ。とんでもないことである。
もちろん、このようなことをしでかしたのは、美麗と麗花だ。
他の者なら罪人となって牢に入れられるところだが、あの二人ならば致し方ない。一応は苦言を呈されたが、所詮その程度だ。二人はたいして気にも留めていないだろう。
(姉様が……知らないうちに輿入れさせられるなんて……!)
普通なら、第一皇女の輿入れなどとびきり豪華に、そして晴れやかに送り出されるものだ。なのに、姉は人知れずひっそりと送り出された。──まるで、追い出されるように。
(姉様がこんな風に追いやられてしまった原因はわかっている。……あの糞我儘な異母妹の、頭がからっぽな妄想のせいだ)
仔空は、誰もいない部屋の壁を殴り、大きく肩を落としたのだった。
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