第9話 白い髪の秘密
空気が痺れるように、そして静かに沈んでいく。それと同時に、怜音はどこを見ているのかわからないくらい、目が細くなる。
僕はどう聞けばいいのかわからなかった。スカウトと拾われるの違い。その意味もわからなかった。
夜は深く。深くなっていく。より一層肌寒くなって、秋と冬のちょうど中間に差し掛かってるのがわかった。
「ボクの家系はね。光属性を主とした家だったんだ。もちろん、ボクの両親もボクがの適正属性が光だと思っていた」
「で、でも……。怜音は光じゃなくて……」
怜音の歪んだ顔に涙が伝う。ポトリ、ポトリ、彼の手の甲に落ちた。僕はそれを見守ることしかできず、どう慰めればいいかわからなくなる。
「そう。適正属性が氷だった。その後どうなったと思う?」
「光属性信仰が強かったから……。じゃ、じゃあ怜音は……」
「両親に捨てられた。たしかボクが小学校に上がる前だったかな? 5歳くらいの時だったと思う」
怜音は寂しそうな空と自分を合わせるように、静かな言葉を繋げていく。その気持ちは僕も一緒だった。
僕は自分の親の顔だけは覚えている。だけど、声や温もりは知らない。きっと、怜音も同じなんだ。
「怜音。多分。僕とは違うのだろうけど……。両親のこと……。正直どう思ってるんですか?」
「そうだね……。あまり好きじゃないかな? 自分が氷属性ってことを知られる前は、優しくしてくれたけど……」
怜音の言葉が途切れる。思い出したくない過去を掘り起こしてしまった。それに僕は申し訳なく感じる。
風で木々が揺れ、垂れた片桐さんの髪が僕の手を優しく撫でる。それに気づいた僕は、改めて片桐さんを見た。
「優人くん。ボクは片桐さんを救いたい。だけど、ボクだけじゃ力が足りない。斬くんを入れてもね……」
「で、でも……。僕は戦闘とかしたことがないし……」
「そうかな? 今日の訓練。君だけ特別メニューにしたけど……。あれだけ素早く動ければ大したものだとは思うけど……」
僕が片桐さんを見たことで、怜音の思い出話が止まった。もうこれ以上、彼につらい思いをさせたくない。そう思った。
「ボクの魔力。優人くんから見てどう思う?」
「怜音の? それは……。すごいなって思いますけど……」
「君もそうか……。これでも、ボクはまだ制御ができてなくてね……」
怜音はそう言って、自身の白い毛を握った。魔力測定の時。たしかに彼の魔力を感じた。すぐに僕の魔力に変わったけど……。
「これ。地毛なんだけど……。魔力毛ってわかるかな?」
「いえ……。初めて聞きました」
怜音は『そうだよね』と言ってから続ける。
「魔力毛っていうのは、体内の余った魔力が結晶化したものなんだ。魔力量が器から漏れた時に発生する現象の一つとされている」
「その魔力毛が、怜音の白い毛……」
「そう。もちろんこれには色々原因がある。精神的ストレスもその中に含まれてるね……」
怜音は『この髪のせいで笑われたんだ』と、声を曇らせて呟く。白い髪を手放すと、何本か飛んでいった。
「僕はかっこいいと思いますよ。怜音からその髪が消えたら、怜音って気付かなくなるくらい好きです」
「ありがと……。少し、気持ちが軽くなったよ」
怜音は僕の顔を見てそう言った。一度深呼吸すると、彼は片桐さんの身体を撫でる。
『んみゅ〜』という片桐さんの寝言が聞こえ、僕は怜音を一緒に笑った。だけど、彼の顔はすぐに暗くなる。
「ボクがもし斬くんと戦ったら。どっちが勝つと思う?」
「え?」
「わからないよね……。第一部隊に入ったのはボクが先なのに……。中学生になった斬くんは……」
怜音の声が小さくなる。星咲先輩はそれだけ凄い人というのが伝わってきた。僕も彼に勝てる気がしない。
全校と学年両方1位の星咲先輩と、同じランキングで両方最下位の僕。どう考えても不可能だ。
怜音が弱音を吐くのも少しわかる気がする。だって、勝負せずとも結末がわかるから。
「ボクを拾ってくれた人。第一部隊の総司令でね。ボクを血の繋がった子供のように育ててくれたんだ」
「第一部隊の総司令……。えーと……」
ぎこちない操作で検索をする。入力に時間がかかったが、〝宮鳥景斗〟という名前が出てきた。
「この人?」
「そう。ボクの……ひいひいおじいちゃんって言ってた。遠い親戚みたいなものだね。遠すぎるけど」
「たしかにそうですね……」
直後スっと立ち上がる怜音。『寒くなってきたから移動しよう』と提案してくる。片桐さんを起こし、空間を移動した。
着いたのは料理店街の道。寝ぼけ眼で足取りが覚束無い片桐さんを支えて、進んでいく。
「優人くん。なにか食べたいものある?」
「え? 特に……。あまりお腹空いてないので……」
「そう。じゃあボクが選ぶよ」
怜音はそう言って、店を回った。最終的に着いたのは、海鮮丼屋だった。店内は落ち着いていて、魚の匂いが漂っている。
どの匂いがどの魚なのか。それがイマイチわからない。魚料理そのものを知らないから、頭の中でイメージすることもできなかった。
他の客が食べるものは、全て高級品に見えてしまう。こんなもの、僕が食べていいのだろうか。
「優人くん。何食べる?」
怜音の声で席に座っていたことに気付く。怜音は端に置かれたタブレットを操作中。片桐さんもようやく目が覚めたようだった。
「え、えーと……。僕はいいです……。遠慮します……」
「そう言わずに。春日井さんからも聞いたし、神代さんも。食事がちゃんとしてないって。ほら身体骨ばってるしー」
相向かいに座る怜音は、身を乗り出して僕の左袖を捲った。こんなに僕の腕って細かったっけ? 当たり前のように見てきて、差がわからなかった。
タブレットの方に視線を移す。料理の右下に価格が表示されているが、どれも買える気がしない。
――『優人。右に2回動かせ』
「ッ!?」
脳内に響く声。怜音と片桐さんは、僕の挙動に驚いた表情をする。
そりゃ、脳内で言われてびっくりする人は、少なからずいるだろう――いない可能性の方が多いと思うけど。
「怜音。画面を右にスクロールしてもらってもいいですか?」
「了解!」
怜音がタブレットを操作する。そこに表示されたのは、大きな見出しで書かれた〝うに丼〟の文字だった。
――『それ食べたい……』
「――食べたいって……」
「優人くんこれ食べるの?」
僕の呟きに反応する怜音。僕は首をブンブン横に振った。さすがに、2500円のうに丼なんて選択できるような人ではない。
「じゃあ、ボクはこれと……これ……。夢乃ちゃんは鉄火丼でいいんだよね?」
「はい!」
「優人くんは……。とりあえずこれにしておこうかな?」
しばらくして、料理が運ばれてくる。僕のところに用意されたのは、赤く丸いものが無数に乗っている丼だった。
「これは?」
「いくら丼。子供が好きな丼ランキングにも載ってる海鮮丼だよ」
「は、はあ……」
僕はそれを食べながら、怜音の前に置かれた3つの丼を見詰める。どれも大盛りで、怜音の爆食っぷりがよくわかった。
「優人くん。そう言えば、目星つけてる人。最上位クラスに誘えた?」
「あ、忘れてました!」
僕の大声に居合わせていた客がこちらを向く。急に顔が熱くなり、かなり恥ずかしい思いをしてしまった。
「名前教えて、高校に在籍している生徒の連絡先全員知ってるから」
そういう怜音に僕は一番近くにいて、遠く離れてしまった人の名前を教える。メールの打ち込み方をレクチャーしてもらって送信した。
程なくして、相手からの返答が来る。その答えは『喜んで!』というたった4つの文字列だった。




