第8話 夢見の少女の苦悩
深い森の中。座っているベンチから見て、来た場所とは真逆。そこは月光の真下だった。そこで佇む片桐さんはとても綺麗だった。
夜風になびく髪。少し肌寒い中ひらひら揺れるスカート。光の角度で生まれる美しいフォルム。そんな彼女に見惚れてしまう。
「遅かったね。怜音くん。そちらは?」
「見世瀬優人くんだよ。ボクのバイト先の先輩」
怜音は僕を紹介しつつ、片桐さんを呼ぶ。彼女は、興味ありげな顔で近づいてきた。
「優人くんね……。こうして会うのは初めてかな? わたしは女子生徒の担当だったから、ピンとこないなぁ……」
片桐さんはそう言いながら僕と怜音の周りを歩き回る。彼女の動きには迷いがなかった。同じ位置同じ場所。そこを正確に回っている。
僕はそんな彼女から目が離せなくなった。学校の友人。クラスメイト。そんなものも記憶から消されてしまうくらい印象的だ。
「そうだ。連絡先交換しない? キミなら、話聞いてくれそうだし」
そう言いつつ、彼女は左手でスマホを持って、ゆっくり振った。交換は遠慮したい。使い始めたばかりの僕には難しいから。
「そう? 目がキョトンとしてるよ?」
片桐さんは右手人差し指をクルクル回しながら、歩くのを続ける。この人は怜音とはまた違うタイプの自由さがあった。
風で木の葉が揺れる。ザワザワと、心を撫でるような音が響く。僕は彼女のことが気になり、行動全てが忘れられそうにない。
「それで、彼に例のものは渡せたの?」
「渡せたっていうよりも、夢乃ちゃんが『交換しよ』って言った時点で、気付いてるって解釈オーケー?」
「その……。僕のスマホ……ですか?」
話し込みかける彼らの輪に、ようやく入ることができた。怜音と片桐さんは、仲良くサムズアップをする。
気が合ってるのか偶然なのか……。息のあった行動に現実へと引き戻され、気がつくと片桐さんは僕と怜音の間に座っていた。
「夢乃ちゃん。優人くんに例の夢のこと、言って貰えないかな?」
「例の夢? えーと……なんだっけ♪」
そこは怜音と似た反応をするのか、片桐さん……。正直こんな性格の人は怜音だけで十分だ。
片桐さんも空間魔法を使えるのか、パソコンを取り出す。開かれたページは〝夢記録〟と書かれた項目だった。
一度自分のスマホを見る。2165年9月25日。水曜日という表示。パソコンに書かれている日付は10日前の15日だった。
「ちょっと読ませてください」
「いいですよー。あ、だけどこれは外部には漏らさないでね」
片桐さんの言葉に、僕は『なんでですか?』と問いかける。片桐さんは少し気まずそうな顔をして口を開いた。
「わたしが書く記事は、わたしの夢を元にしている。だけど、夢をそのまま書きすぎると不信感を抱かれる可能性もあって……」
「そうだね……。ボクもそう思う。最近色々と残酷なビジョンが多いみたいだし」
怜音はそう言って片桐さんを見る。すると、彼女はそのまま続けてというように、怜音の肩へ手を添えた。
「予言を伝えるためにも、追究しすぎないことが大事だから」
そう言いながら怜音は夜空を見詰める。早い夜だった今日。雲は薄く、ぼんやりとした光に彼の髪が波打つ。
「実際、予言者は世間からの嫌われ者だしさ」
「嫌われ者……。怜音。だけど、こんなに役立つ能力なのに……」
「役立つ。それはそうだね……。だけど、それが全部当たってしまったら。もしくは間違っていたらを考えてみて」
僕はその意味を考えた。全部が当たっていたら、間違っていたら。未来を伝える夢でも、本当にそれが正確なのか。
正直怖くなってようやく気づく。討伐協会は日本を守るために設立されたもの。信用が無くなれば、依頼が来なくなる。
「だから、夢記録を直接、そのまま載せることができない……と……」
「そう。ボクも初めて聞いて実際に起こった時は、どこまでが現実なのかわからなかった。それくらい、彼女は凄くてとても怖いんだ……」
怜音のどこか悲しそうで、苦しそうな言葉に、片桐さんの瞳からポロリ。いつの間にか彼女の膝に乗せていた僕の手に滴が落ちた。
片桐さんはそれ以降ほとんど寝れてないらしい。夢の管理も集中してできてないとのこと。
僕はそんな彼女が休める空間を作ってあげたくなった。だけど、僕だけではどうにもできない。そんなこともわかっていた。
――『優人……。名前の通り優しいんだな……』
魔力測定の時にも聞こえた声。それは、心を宥めるような声だった。僕は問いかける。『君は誰だと』。
「優人くんどうしたの?」
片桐さんがこちらを向いて話しかけてくる。僕は『なんでもないです』と返して、空を見上げた。
風が少しずつ強くなっていく。時間を確認すると、19時をすぎていた。僕だけでは何もできない。それが嫌だった。
「じゃあ。今度はボクの方から。明日、優人くんには、討伐部隊の入隊試験を受けてもらおうと思ってるんだけど……」
「入隊試験……ですか?」
「そう。さっき斬くんから連絡があってね……。彼が君と勝負したいって」
と言われても、僕には攻撃系が使えない。むしろ、補助系統の方が合っていると思う。それくらい戦闘には自信がない。
だけど、怜音の真剣な眼差しに被さるように、片桐さんもこちらを向いた。僕は彼らに期待されているのだろうか。
緊張のせいか、胸が痛む。星咲先輩と戦っても絶対に負ける。怜音は『あくまでも模擬戦だよ』と言うが、目が笑っていない。
「その……。怜音と片桐さんは試験受けたことあるんですか?」
「わたしは受けたよ。だけど、第一部隊には入れなかったね……。戦闘能力が基準以下って判定だった」
「そうなんですね……。ちなみにどのような模擬戦で……」
直後、片桐さんは僕の膝の上に倒れ込む。瞼の動きがゆっくりだ。怜音は僕に『そこまでにしてあげて』と優しく言った。
もう一度片桐さんの方を見ると、その表情は気持ちよさそうな幸せ顔。人形の糸が切れて、心がほぐれたような印象だった。
彼女はそのまま、小さな寝息を立てて眠りにつく。梨央に怒られるだろうな。彼女より先に片桐さんが僕の膝を奪ったのだから。
「すみません……」
「いいのいいの。彼女の夢の話。ずっと溜め込んでたみたいだからね……。君に話せて良かったよ」
「そう……ですか? 僕的にはただ足を引っ張っていただけでしたけど……」
僕の不安感に対して、怜音は右手の人差し指を立て横に振った。『そうじゃない』というように、その目は真剣だった。
「今まで話を聞いてくれる人がいなかったんだ。夢がリアル過ぎたせいかもしれないんだけど。政府が信じてくれなくてね」
「政府が? もしかして……」
「そう。元々夢乃ちゃんを信じる人がいなかったんだ。だから、討伐協会に引き入れた。試験に不合格でもデータは残るからね」
だから僕を呼んだ。いや、自分から行った部分もあるけど、もし同行してなかったら片桐さんは……。
「話戻すけど。夢乃ちゃんは入隊試験で落ちたって言ってたでしょ。じゃあ、ボクはどうだったかわかる?」
「いえ、わからないです……。怜音の魔法はどれも凄いから、合格して入ったんじゃないですかね……?」
「違うよ。自分はそもそも……。入隊試験を受けてないんだ……」
怜音の声のトーンが低くなる。今までは『ボク』だったのに、さっきは『自分』と言っていた。僕は聞くのをやめようと思った。
けれども、怜音はどこか遠くを見て悲しそうな顔をする。きっと、つらい過去があったのだろう。思い出さなくてもいいのに……。
「ボクは。入隊試験をしていない。スカウトもされたことがない。拾われたんだ……。総司令に……」
その時、彼の顔がぐちゃぐちゃに歪み始めた。




