第6話 プロクラスの器
午後の訓練は思ったよりもあっという間だった。永井が急遽欠席した分、スムーズに進んだのかもしれない。
だけど、あとで考えれば永井に失礼な思考でもあると気づいた。
今回の訓練で使用したのは、図書室ではなく訓練場。ここは怜音が所属している第一部隊でも実際に使用している施設らしい。
周辺には木々が並んでいて静かな空間。道路も線路もなくて、ただ地面をならす音と、ゴミをかき集める音だけが響いている。
ここに着くにはあまり時間がかからなかった。なぜなら、僕の高校の裏手だったからだ。
「優人くん。お疲れ様」
「お疲れ様です。怜音。特別メニューってこういうことだったんですね……」
僕に課せられたものは、動く氷の魔物から逃げるだけというもの。一見簡単そうだが、敵は遠距離攻撃をしてくる。
攻撃魔法が使えないことを知っている怜音からの配慮だろうけど、魔法でガードするなんて初めてだ。
「怜音って、すごいね。僕じゃ全く歯が立たないから」
「――と言っておいて、見世瀬。あなたほとんどの攻撃を水球一つで防いていたじゃない。それだけ制御できるのなら、ランキングトップにいるべき実力だわ」
「なんか……。瑠華さんに褒められるのは――」
ちょっと気まずいと言いかけたが、ギロリと光る眼に萎縮してしまう。
「なによ」
「え、えーと……」
「何もないなら先に帰らせて貰うわよ?」
瑠華さんは興味を失ったように踵を返し、学校の裏口から入っていく。そんな彼女を、飛鷹はずっと見つめていた。
飛鷹の訓練内容は、動かない氷を破壊すること。雷属性の魔法は非常に制御が難しく、第一部隊にもその属性を使う隊員がいない。
それを怜音から聞いた時は、飛鷹もかなり期待されているんだと思った。僕よりも簡単な訓練なのに、誰よりも難しい。
「優人君。疲れてない?」
「うーん。少しだけ……かな? 明日筋肉痛になりそうだけど……」
「そ、そう……だよね……。優人君は、すごい……と思う……。中谷先生が何度か難易度を上げて、それでも逃げ切って……」
飛鷹はところどころ言葉を詰まらせ、僕を評価する。それもそのはず、飛鷹は氷のオブジェクトでさえ破壊できなかったのだから。
「飛鷹さん。君もよく頑張ったと思うよ。雷属性は四大主属性、火・土・風・水のうち、貴重な土の派生属性だからね」
「で、でも……!」
「君は破壊できなかった。でも、諦めなかった。それも、最上位クラスには必要不可欠な能力だ。もっと自分に自信を持ってみて」
怜音の言葉はとても説得力がある。それがわかるように、飛鷹は下に落ちていった顔を持ち上げ、瞳を輝かせた。
「たしかに雷属性は制御が難しい。理由は簡単。魔法の通過線が直線ではないから。不規則なんだ」
「はい……。ぼくも、なんで神代さんみたいに真っ直ぐ飛ばないのか分からなくて……」
飛鷹は掃除をする手を止め、ホウキを右の脇に抱えたまま指をいじり始める。どうやら自覚はあったらしい。
「なら使い方を逆算してみて。ヒントとしては〝真っ直ぐ撃とうとしない〟かな?」
「が、頑張ってみる……みます!」
飛鷹は言葉を絞るように宣言した。僕なんて、こんな勇気はない。孤児院時代もトラブルばかり――だったみたいだし。
「優人くんは、神代さんや飛鷹さんとは別問題だね」
「別問題? 最上位クラスの基準に達していないってことですか?」
僕は色々な可能性を考える。僕はただ逃げてできる限りのことをしただけ。たったそれだけでそう言われるなんて。
瑠華さんは僕を高く評価していた。飛鷹も一緒だ。だけど、僕がそこまでの器を持ってるとはどうしても思えなかった。
怜音は作業に戻るよう飛鷹に伝え、距離を離させる。これだけで誰にも言えない情報ということがわかった。
「優人くんの考えとは逆さ。君の実力はボクと斬くんで片っ端から調べさせてもらった。学年の担任からも聴取させてもらったよ」
「僕を調べたんですか?」
「まあ、そういうことだね。申し訳ない。詮索するような行動を起こした自分にも非があるかもしれないからね」
怜音は空間魔法を発動させて、紙束を取り出す。それは全て僕に関しての資料だった。あまり目立つ行動なんてとったことがない。
なのに、ざっと見ただけでも20枚近くあった。どこからこんな情報が出てきたのだろう。
学校の先生は必要最低限の重要事項だけを拾っていくはず。つまり、二年の僕でも最大5枚程度で収まると思ったのに……。
「君。孤児院で計測器を壊したって言ってたよね?」
「はい……。院長から聞いた話だと、そうらしいです……」
「らしい? 自覚がないってことかな?」
僕は首を横に振った。自覚がないどころではない。それ以上に難題な状況だったということを、怜音に説明した。
空を見上げると、紫色の不気味な夕焼けになっている。顔を戻せば怜音が紙と睨めっこをしていた。
「つまり、君自身が壊したわけではないけど、目撃者がいることから壊したのは事実。これで合ってるかな?」
「合ってます」
「うん。これで全部の辻褄が合うね……。君はもう最上位クラスの器では対応しきれない。これからボクが言う言葉は君を大きく変えるかもしれない」
その発言に、自然と背筋が伸びる。これから大事なことを宣告するということを、頭のどこかで悟ったからだ。
「君は、ボクと同じプロクラス級の実力をもっている。いや、ボク以上かもしれない。まだ確証はないけどね」
「僕が……プロクラスですか?」
「そう。ちなみにプロクラスには色々と特典があってね。下層クラスの人を一人だけ、スカウトできる」
それを聞いて、僕は思いついてしまった。この権利を使用すれば、最上位クラスに入りたくても入れなかった人を加入できることに。
「それは、誰でもいいんですか?」
「んー。誰でもっていうのは無しかな? 自分の目で見て、それ相応の実力を持っている人を希望したい」
「そうですか……。でも、僕には一人心当たりがあります。その人でもいいのなら」
怜音はうんうんと頷いて、資料を片付けた。氷でホウキを作り、地面をはき始める。
毛先は氷でできているとは思えないくらい、滑らかに動いていた。
「中谷先生……。掃除……終わりました……」
「飛鷹さんお疲れ。っと、そろそろ下校時間だったね。なんかごめんね」
「だ、だい……じょうぶ……です……」
飛鷹は少し縮こまってからホウキを片付けた。怜音も後ろを付いていくので、僕も一緒に歩く。
不気味な空は一層不気味さを増して、真っ暗な夜を迎えた。怜音がスマホを操作すると、時刻画面を確認中。
「おかしいなぁ……。今の時刻が16時……。日の入り予定時刻は18時50分頃……。なんか嫌な予感がしてならない……」
「嫌な予感?」
「いや、直接的なことじゃないんだ。だけど、近く事件が起きるかもしれない。そう思っただけだよ。君たちには関係ないから」
そう言って、怜音はスマホのライトを付けて足元を照らした。頼りない小さな光だけど、それでも心強い。
図書室で荷物を回収すると、僕は玄関へ向かう。そこには、まだ人影があった。
「おーい! 優人ー!」
「り、梨央……。なんでまだ帰ってなかったの?」
「なんとなく。最上位クラスで上手くやれてるのかな? って、思っただけ」
最上位クラスに入れなくて怒っていた彼女はどこへやら。遅れて飛鷹も合流し、三人で帰ることになった。
両サイドでスマホのライトを光らせる二人。間に挟まれている僕の気持ちも考えて欲しい。
「優人君。すごい……。色々と……すごい……」
「あまり僕を褒めないでよ……」
そんな僕と飛鷹のやり取りに、梨央は優しく微笑んだ。
「たしか二人は寮で同じ部屋なんだっけ?」
梨央のセリフに僕と飛鷹は頷く。そして今日も魔力水で飲み会をすることも。
早い夜を迎えたことで、人の気配はない。空を見ても星一つ見えず、住宅街もホラー映画にありそうな不自然さを持っていた。
しばらくすると、女子寮が見えてくる。そこで梨央と別れて、男子寮へと向かった。




