第48話 報告と行き違い
遅めの朝食を終え、僕たちは、景斗総司令の部屋に向かった。僕やバレンは食事をしなくても問題ないが、他のメンバーの食いつきは異常だった。
早い時間の出動時には、携帯食を配布されるようだが、今回の活動量とは似合わないほど消費したらしい。
それでも、僕が作った魔力水を飲んだ人は、ある程度回復している様子だった。景斗総司令の意見も政府に通って、改めて僕の魔力水を検査機関に提出することが決まる。
「みんなお疲れ様。そして、彩音さん。改めて無事でなにより。ことが遅かったら、どうしようもできなかったよ」
「ありがとうございます。皆さんのお陰で。お母さんとはもう会えないけど。あたし、決めました」
「決めた?」
永井は、大きく息を吸う。そして、長く深く吐いた。
「あたし。コスメ彩の店長をします」
「永井さんが店長!?」
思わず言った僕の声が部屋に反響する。直後、真後ろでドタンという音がした。
振り向けば、さっきの僕の声で驚いたのか、飛鷹が尻もちをついている。
僕は彼を立ち上がらせて、軽く謝った。飛鷹も『大丈夫』と言って、優しい笑顔を見せる。
「それで、永井さん。学校はどうするんですか?」
「学校……。今は考え中ってやつ? あたしは一応仮で店長をする訳だしー。だけど……」
永井の言葉はただの思いつきだったらしい。それでは、この先真っ暗としか言いようがない。
僕としても応援したいけど、無計画だったなんて……。部屋に出動したメンバーが続々と入ってくる。
「それで、ミサトさんの記憶になにか手がかりはありましたか?」
僕は話題を切り出しつつ質問を投げてみる。景斗総司令は、顎に右手を当てて少し考え込む仕草を見せた。
「ミサトさんは元凶ではないのがわかった。だけど、洗脳された痕跡もない。ただ一つだけ……」
「一つだけ?」
「地下通路がダンジョンになっていることは本当らしい。実は、直哉さんに地下通路をハッキングしてもらった際。僕の方にデータを送って貰っててね」
景斗総司令は、パソコンの画面を見せて説明する。表示されているのは、魔生物信教の本部マップ。
壇上のところに、不自然な穴があったらしい。どうやらそこがダンジョンの入口だという。
しかし、そこは第一部隊でも立ち入れない、危険区域と目視認定したそうだ。つまりは、攻略不可能ということになる。
「もちろん、僕たちは行かない方がいいんですよね?」
「そうだね……。このダンジョンに入るには、もっと情報を集めなければならないし……。かなり先の話になると思う」
「ですよね……」
僕はこのダンジョンに入るのを諦めた。ここでもっと強くなれる。そんな夢も霧のように消えていく。
景斗総司令の部屋は、とても重い空気が流れていた。一人だけ、異様な覇気を持っている人がいる。
「エクス……キャリオン……」
バレンが小声でそう言った。
「バレンさんは探してるんだよね。宝剣の片割れを。それも。直哉さんから送られたデータでわかってる」
「どこにあるのかはわかるか?」
「ごめん。そこまではたどり着けなかったんだ。下層にいけばいくほど、敵は強く手強くなっていくかもしれない」
バレンの本気度は本物だった。それを放っておけるわけがない。僕は景斗総司令にその願いを叶えさせる方法を聞いた。
しかし、正確な答えは出てこなかった。未知の世界に飛び込むのは、それ相応の覚悟がいる。それはわかっている。
視線を仲間たちに向けてみる。誰もが、無理はしない方がいいという解答。僕はそれに従うことにした。
「バレン。今は諦めようよ」
「しかし……! アビスレクイヴァントだけでは、俺は戦うことすら……」
「焦り。危険。じぶん。行きたくない。地下ダンジョン。レベル。違う。じぶん。対処できない」
僕が言いたいことを。全て隼が言ってくれた。みんなその言葉に頷く。だけど、怜音だけが違った。
「とりあえず、バレンは放っておこ。彼にも考えがあると思うんだ」
「怜音。だけど……」
「大丈夫。そのうちわかるさ」
怜音はただそれを言って、部屋から出ていった。梨央が僕の隣に立つ。そして、反対側には瑠華さんが並ぶ。
「バレンさんって、なんで自分のことしか考えないのかな?」
「それは、そうね……。自分の力量をしっかり理解していないというか……。いいえ、このことは関係ないわね」
「オマエら、俺をなんだと思っている!」
梨央と瑠華さんの言葉に反応したのか、バレンが両手拳を作り殴りかかろうとする。僕は咄嗟に両目を塞いだが。放たれることはなかった。
隼がバレンを押さえているのをみると、僕はひとまず安心する。その時には永井の姿がなかった。
「梨央。私たちも、移動しましょ」
「そうだね。総司令。本日はいい経験ありがとうございました!」
「いえいえ。みんなの成長が見れて嬉しいよ」
梨央と瑠華さんが退室する。ここに残ったのは、僕とバレン。飛鷹に隼。景斗の五人だけ。
暫く静寂が流れる。これ以上話すことなんてなかった。そんな時、バレンが亜空間から剣を取り出す。アビスレクイヴァントだ。
「景斗。この剣の手入れできるか?」
「そうだね……。かなり時間はかかるだろうけど」
「そうか……」
総司令とバレンの声が暗い。僕はこれがバレンの決心なんだと気がついた。一人でダンジョンに行くつもりだということも。
僕だけでは力不足だ。しかし、危険な場所に第一部隊を巻き込む訳にはいかない。それでもバレンを失いたくない。
頭の中がモヤモヤする。疲労もあったか思考が不安定だ。このまま迷宮に入って出られなくなるくらい怖い。
「景斗。俺のスマホ用意できてるか?」
「それならここにあるよ」
景斗総司令はバレンに黒い箱を渡す。軽く覗いてみると、黒い背面のスマホ。色選びもバレンらしい。
「バレンさん。い、行くの?」
「まあな……。どうにかしてエクスキャリオンを回収しなければならない」
バレンの決意は本物で、彼を止めようにもいい言葉が思い浮かばない。そんな中で時間だけが刻刻と過ぎていった。
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それからしばらく経ち、僕はバレンと二人で外に出ていた。今日が最後の日になるかもしれないと思ったからだ。
バレンが行く場所には僕も行きたい。だけど、彼は同行を認めてくれなかった。バレンはどうも一人で抱え込む癖がある。
桜ヶ咲オフィス街に入っていく。景斗総司令の素早い対応で、オフィス街は元通りになっていた。
最近の建築は全て魔法で終わらせられるらしい。だからなのだろう、復興速度は昔の数十倍にまで早くなっているとの事。
「あっという間だったな……」
「だね。明日で第一部隊に入って一週間だっけ?」
「いや体感時間じゃ二週間じゃないか?」
バレンの顔は相変わらず険しい。今でもダンジョンに行くという考えを、変えないらしい。それだけ強く根に持っているということだ。
桜ヶ咲オフィス街は、魔生物の被害が出る前とは違って活気がなかった。店舗の修復はできたみたいだけど……。
僕たちは、コスメ彩を寄ってみた。商品はまだ置かれていない。それでも、天井の明かりは、真っ白な床を照らしていた。
「彩音さん! いますか?」
僕は思い切って永井を下の名前で呼ぶ。すると、永井は黒い長袖の服と少し派手めな赤いスカートで出てきた。
髪の金色を合わせれば、結構ド派手に見えてしまう。それが彼女のファッションセンスというものだろう。
「ゆーとくん! おひさー! バレンも元気そうでなによりなにより!」
「彩音さんも無事退院できてよかったよ。討伐協会が運営している病院も凄かったし」
「そーだね! 昨日体重測ったら、2キロ増えてた」
永井は冗談交じりにそんなことを言う。店の二階は無傷だったらしく。服も問題なかったようだ。
「えーと。たしか新しい服だっけ? バレンには特注品を用意したから待ってて」
「おう!」
「了解」
永井の背中はとてもかっこよかった。僕ももっと色んなことをしていきたい。永井が頑張っているように、立ち上がれるようになろうと……。
エレベーターの音がする。そこから運ばれてきたのは、小説や漫画で見るような、冒険者風の服だった。
「ちょっとコスプレ感強いけど……。バレンが言ってたのってこれで合ってる?」
「まあ、ちょっと違うが……。いいか……。防御力とかは魔法を使えばなんとかなる」
「行くんだね……。必ず帰ってきて」
なんだかんだ言って、永井はバレンに懐いていた。僕なんて、好きとかそういう感情を抱いたことすらないのに……。
「バレン。あたし。バレンのことが好き。だから!」
「ったく。一回会ったっきりで一目惚れすんなよ……。まあ、ちゃんと戻ってくるさ」
そう言って、バレンは一人更衣室に向かうのだった。




