第46話 自己否定と剣の意思
俺は自分が犯したことを認めようにも、認められずにいた。俺の意思が弱いせいで、完全に鴨にされるところだった。
優人たちには感謝している。だけど、これ以上迷惑をかけたくない気持ちがあった。これから一緒にいてもいいのだろうか。
「優人。俺はあの時どうなってたんだ?」
俺は右隣を歩く彼に問いかける。
「怖かった」
彼はたったそれだけを言って、それ以上を言わなかった。この答えが、全人類が俺に対して抱く共通認識なのではと考える。
左隣を歩く彩音は、何故か俺の手を強く握っていた。その意味がわからず、自分の顔が熱くなるのを感じる。
真っ白な空間は、相変わらず優しい風が吹いていた。俺をその明るい方へと二人が連れていく。
これ以上、関わってはいけないと思う影。俺は一瞬だけ、彩音の手を振り払おうとした。だけど、離れることはなかった。
「なんで。こんな俺を……」
「僕はバレンと一緒がいい。からかな?」
「一緒がいいから?」
「僕はバレンに色々助けられてばかりだった。バレンのおかげで、第一部隊に入ることができた。バレンがいたから、僕は色んなことを知ることができたと思ってる。感謝したくてもし切れないくらいに」
「優人……」
彼はここまで俺の存在を認めていたのか。俺は自分のことしか見てなかった。周りが見えてなかった。
勝手な認識だけで突き通そうとしていた。それが間違いだと知った時。目元からなにかが落ちる。泣いているのか?
しばらくして、俺たちは出口にたどり着いた。そこの中に入る時、俺の後ろで優人と彩音が手を振る。
出口に飛び込んだ時。俺の意識が覚醒した。今まで通って来た道と同様真っ白な空間。そこには、第一部隊と最上位クラスの面々。
優人と彩音は座った状態から立ち上がる直前だった。これが夢から覚めたという感覚か。
俺の右手には、力を失った暗黒剣が握られている。これで、全てが片付いたと思ったのもつかの間。
氷のスクリーンに映し出されている、地下通路の映像。魔生物が大量になだれ込んでいて、今にも氾濫しそうなほどになっていた。
「怜音。ミサトさんは?」
優人が怜音に問いかける。
「さっき総司令が来て回収していったよ。これから記憶捜査をするらしい」
「記憶捜査って、景斗そんなんもできんのか?」
「うん。彼は父親の冷酷同様。魔法研究家だからね」
「そういや……。そうだったな。冷酷がいない間も新しい魔法や機械を作りまくってた記憶がある」
俺は、冷たくなった剣を見つめ、小さく呟く。そう、景斗は魔法に関してかなり能力があった。
それよりもだ、このままでは地上が危ない。だけど、今の俺に戦う権利なんてものはない。
また飲まれて、迷惑をかけるわけにはいかない。きっと、もう一度暴れ回ったら、俺の立ち位置はタダでは済まされないだろう。
「!?」
怜音が驚いたような表情をする。そこから察するに、なにか嫌なことが起きたのだろう。俺たちは彼が切り出すのを待った。
「バレンさん。私……」
「梨央。すまない……。俺が怖いよな……」
「うん。夢乃ちゃんは大丈夫?」
「大丈夫……じゃないかも。でも、バレンくんが戻ってきてくれて嬉しいかな? ちょっとだけ」
「そうか……。ありがとな」
そんな会話を瑠華がギロリとした目で睨みつける。それなりに怒りのオーラを受け取った俺は、梨央と夢乃から距離をとった。
「みんな。景斗総司令から緊急命令がきた。どうやら麗華たちが危険な状況らしい」
「隊長が!?」
「うん。ボクたちも急ごう。ここは隼くん一人に任せれば大丈夫だから」
「で、でも……」
「問題ない。じぶん。できる。1分で片付ける。すぐに合流する」
「わ、わかった。じゃあ僕たちは地上に!」
「『了解!』」
――――――――――――――――
地下通路の隼を残し、僕たちは永井の誘導でコスメ彩の裏口に移動し、地上へ出た。店内のガラスは割れ、魔生物で溢れ返っていた。
「バレン。どうする?」
「な、なんで俺に聞くんだよ。また大暴れして欲しいのか?」
「そういう意味じゃない。それにその剣、今のバレンには危険な気がする」
「それは俺も同感だ。今の俺には上手く扱えそうにない」
「だよね。それで一つ相談なんだけど。その剣僕が使ってもいいかな? もちろんすぐに返すよ」
僕はバレンが持つ剣を指さし伝えた。バレンは少し考えたのち、すぐに渡してくれる。魔法で作った剣よりも重量感があった。
剣術にはまだ自信がない。それでも、それなりに練習してきたつもりだ。怜音に支援をお願いし、瑠華さんと梨央はペアになってもらう。
梨央たちには、負傷した隊員の治療をお願いした。亜空間が開く。ここに来る最中、僕は怜音にお願いをしていた。
――――――――――――――――
「怜音。永井さんの件なんだけど、今の状態は万全じゃないと思う。だから、彼女は第一部隊の本部に避難させた方がいいんじゃないかな?」
「それがいいかもしれないね。景斗総司令にお願いしておくよ」
――――――――――――――――
そうして、亜空間を開いて貰ったというもの。僕は永井に安全な場所へ誘導する。彼女とはここで一旦お別れだ。
僕は暗黒剣を強く握りしめ、真っ直ぐ飛び込んでくる魔生物を切り裂く。魔生物の魔力が剣に吸収される感覚。
ハデスの意識が回復しつつあるのがわかった。だけど、今の僕はバレンとは違う。この剣がそれを実現していた。
アビスレクイヴァント。それがどれだけ強く、どれだけ危険で、どれだけ精神支配をしてくるのかは、バレンの状況から理解したつもりだ。
なら、僕が剣に飲まれたらどうなるか。それが知りたくて堪らない。僕は剣に語りかける。自分をバレン同様真っ黒に染めて欲しいと。
――『其方は我が怖くないのか?』
(怖いよ。僕だって、バレンみたいになりたくない)
――『彼の者は心が弱く萎縮していた。口説けばまた本来の姿に戻ると思ったが……』
(それは間違いだよ。あれは口説いているんじゃない。洗脳しようとしている。だから、僕たちはハデスさんを止めた)
――『左様であったか……。我も脳が古くなってしまったもんだな……。ならば聞く。其方は我の力が欲しいか?』
ハデスが僕に質問をした。もちろん、答えはイエスだ。今の僕は昔とは違う。地下通路で怯えていた自分とは明らかに違う。
心で頷いた途端。僕の身体を闇が包み込んだ。勝手に身体が動きだす。ハデスの指示を待つ。剣を振る。魔生物がどす黒い血を流す。
「バレン。援護を!」
「よっしゃ。その剣が無い状態なら、存分に暴れてやるぜ!」
「勝手に堕ちないでよね!」
なぜだろう。暴走したバレンと同じ状況なのに、意識が安定している。自分が自分であるように、剣と自分が分離している感覚。
僕は外に出た。店内は怜音が一人で引き受けてくれるそうだ。僕は明日筋肉痛になるくらい身体を大きく動かす。
時々掠める魔生物の牙や爪。そして、異形化した刃のような尾が皮膚を切り裂く。だけど、すぐに塞がれる。
――『其方は変わっているな。闇に飲まれた過去の者とは違う。其方はなぜ、闇に飲まれることなく、我を扱えるのだ』
(わからない。だけど、昔の僕だったら、バレンみたいになってたかもしれない。きっと、仲間の弱さを一番知っているから……だと思う)
未来の夢を見て眠れなくなってしまった片桐夢乃。両親から裏切られた中谷怜音。
魔法の個性が存在しなかった朝比奈麗華。母親から歪な愛を捧げられてきた永井彩音。
みんなの弱さが僕の強さになる。僕が弱いからこそ、みんなの強さがわかる。中でも、バレンの弱さは僕にとって教訓にもなった。
バレンは過去の失敗に囚われていた。それを救った時、少し寂しいものもあった。だけど、彼はこうして一緒に戦っている。
僕は、ハデスに精神支配を最大まで上げるよう頼んだ。僕はもう、人じゃない。それが、わかった気がした。




