第45話 失う者、求める者
「お母さん! お母さん!」
永井が大声で叫ぶ。バレンの怒りによって断罪されたミサトさんは、もうこの世からいなくなってしまった。
もし自分が親に裏切られ、それでも好きだと思えたら。きっと同じことを繰り返すだろう。
永井の瞳からハイライトが消えていく。完全なる喪失。僕はそんな彼女を助けたいと思う。しかし、いい言葉が見つからない。
そもそも、僕は家族との思い出が非常に少ない。だから、そんな僕から出る言葉は、何も力を持たない。
どうすればいい。僕自身の思考があらぬ方向へ進んでいく。わからない。わからないんだもう。これが本物の愛なのか偽善の愛なのか。
そんなの、愛を知らない僕が踏み込むところではない。それを僕はわかっているのに……。
「バレン!」
「……」
バレンの暴走は止まらない。剣を掲げると、周囲の壁が吹き飛んだ。そこから、無数の魔生物が顔を出す。
ここは危険だと、僕の中のなにかが警鐘を鳴らす。だけど、バレンもミサトさんも放っておけないんだ。
どれだけ頭を捻っても、最適解は浮かばない。どう足掻いたとしても、残酷な未来しか見えない。
バレンの中に飛び込む? そんなの、もっと安全な場所でないとできない。これで隼の案がバッサリ切られたことになる。
ではどうするか。真正面から突っ込む? しかし、あのアビスレクイヴァントの禍々しさからして、押し負けるエンドしかない。
それは完全に死にに行くのと同義だ。僕の思考はどんどん迷宮入りしていく。だけど、これを誰に伝えればいいかもわからない。
もっと、もっと正確に単純な方法。探しても、探しても、上手く行きそうな気がしない。
僕が魔法に関して知識があれば。もし、僕が彼の中に一人で飛び込めるとしたら。そんなのも、むちゃくちゃだ。
「どうして……。僕が弱いから……」
ふと出た言葉……。
「優人くん……」
「これは深刻そうね……」
それを気遣う梨央と瑠華さん。
「優人が一人で考える必要なんて……」
「ど、どこにも……ない……です……」
それに、怜音と飛鷹が続く。
「優人、自分を信じて。じぶんができること、なんでも力貸すから」
最後に隼が背中を押した。
「みんな……」
仲間の声。僕の勝手な考えだとしても……。僕だけの時間が欲しい。もっと、時間をかけられる場所……。
魔生物信教の本部。だめだ。そこに逃げても、魔生物が氾濫を起こすだけ。外部にも被害が出てしまう。
桜ヶ咲オフィス街。もっと危険だ。一般人を巻き込むわけにもいかない。身を隠して、安全に救える方法は……。
「怜音。景斗総司令に今から言う亜空間を作れるか聞いて」
「亜空間。それをどうして……」
「いいから早くお願いします!」
「わ。わかった」
僕は怜音にお願いして、特殊な亜空間の生成を要求した。それは、現実干渉ができるもの。現実と亜空間の境界線を限りなく薄くしたものだ。
あんな大きな亜空間を一人で管理している総司令なら、実現できないわけがない。しばらくして、亜空間が開いた。
どうやら構築に成功したみたいだ。僕たちはその中に避難する。同時に、ミサトさんの身体も回収した。
現実に取り残されたバレン。申し訳ないと思いつつも、すぐ助けるという思いが込み上げていた。
永井がミサトさんの身体の横に座り、涙を流している。それだけ、好きだったのだろう。これが本物の家族の絆なら、もっと残酷だったかもしれない。
気持ちが落ち着くまで永井を残すことにして、僕は片桐さんにバレンの意識内へ入れるよう頼む。
それでも、自我を失ってる彼に入り込むのは、そう簡単ではないと片桐さんが苦言を漏らした。
「ここなら何度でも試行ができます。バレンが地上に出る前に、急いで」
「わかってるよ。だけど、バレンって、意識だけの存在でしょ。優人の夢を通してバレンに干渉することはできるけど、意識だけの彼に入る方法なんて……」
「夢乃。できる。じぶんが保証する。夢の中に入るのは単純。じぶんの意見ではあるけど、あの剣には意識がある。それに、人の脳と同じ構造もしている。バレンに接続するのではなく。剣に干渉すればいいだけのこと」
「け、剣?」
「今からあの剣の接続先を送る。優人の意識をそれに向けて欲しい」
隼のアドバイスは僕以上に難解だった。だけど、あの剣。アビスレクイヴァントにも意識があって、脳と同じならより簡単になる。
怜音が氷でスクリーンを作る。飛鷹が先手を打ってハッキングしたカメラ映像がそのスクリーンに映し出された。
バレンは空を斬るように剣を振り回し、自分を制御できてないのがよくわかる。その度に闇の炎は強まっていった。
亜空間に亀裂が入る。すぐに修復したということは、景斗総司令が対処を施したということ。僕はこの空間がバレンに負けないことを願うばかり。
「優人くん! わたしの準備はできたよ!」
「ありがとう。永井さんも落ち着いたかな?」
「う、うん。まだ冷めきってないけど、あたしはもう大丈夫」
「じゃあ、行くよ! 接続開始1」
――――――――――――――――
ここは……どこだ。俺は自分が置かれている状況に戸惑っていた。目の前にはスクリーンが映っている。
それは、有象無象を切り裂く剣が舞っている瞬間。俺が動かしているわけではない。だけど、動いているのは俺自身だ。
「バレン。久しいな」
「だ、誰だ!」
どこからか年老いたような野太い声が響いた。闇の中から一人の男が姿を現す。だけど、それが誰なのか全くわからなかった。
「我が名はハデス。アビスレクイヴァントに選ばれし者よ。もしや、我が名を忘れたとでも言うのか?」
「は、ハデス……。もしや」
「そのもしやだ。我を操りし者が、こんなにも弱い意思に変わってしまったのは、少々寂しいが……」
ハデスは俺の前で片膝をつく。俺に忠誠を誓うとでも言うのか? そんなはずがない。今身体を動かしているのは、俺ではないからだ。
なぜ。こうなったのか。そうだ。ミサトに俺の仲間を。優人の仲間を侮辱され軽蔑され、対となる剣を乱暴に扱われ。
その怒りに飲まれてしまった。だけどなぜだ。この怒りが自分を肯定するようで、まるで自分の熱が選んだように思える。
こんな清々しいことはない。このまま怒りの海に浸っていたい。いつしか、現実の仲間の名前を忘れていた。
「ハデス。これから俺はどうすればいい」
「なに。己の思う道に進めば良い。其方を助けるものはどこにもいない。其方は世間から突き放され忘れ去られたのだ」
「それは……。俺を知るものは誰もいないということか……」
「然り。故に其方の魂の赴くままに、剣に全てを委ね。その怒りを撒き散らせばよいのだ」
ハデスの意見は俺にとって非常に都合のいい事だった。それ以上爽快なことはどこにもない。自分を忘れ、世界を忘れ。
剣に寄り添う度に、魂が黒く。どす黒く染まっていく。それが、俺を祝福しているようだった。
ふと、誰かの声が過ぎる。だけど、その声の主も忘れてしまった。もう俺を信じる人などどこにもいやしない。
背中の方から温かい風。それも今では気にならない。気にしてはならないとハデスが吐き捨てる。
だけど、その温かさはどんどん身体を包んでいった。それは、つい最近出会ったような、そんな優しさの風。
「バレン!」
誰かが俺の名前を呼ぶ。どこか懐かしい。だけど、ハデスは思い出すなと、念を押した。でも、なんだか失ってはならないものだと……。
俺は後ろを向く。そこには二つのシルエット。ゆっくり、ゆっくりと歩いてくる。俺はそんな彼らに近づこうとした。
だけど、ハデスからの束縛に身体が動かない。彼らの顔が見たいのに。心がそう叫んで訴えて、望んでいるのに。
「君たちは……」
「バレン。もう大丈夫。僕がついてるから」
黒髪の少年がそう言った。
「あたしもついてる。ごめんね、みんなに迷惑かけて」
金の長髪を揺らす少女が謝罪をする。
「優人。彩音……」
「ハデスさん。話は全て聞かせていただきました。バレンはもう一人じゃない。バレンを慕ってる人だっている」
「あたしも、バレンさんと会ったのは今日が初めてだけど。彼は悪い人じゃない。あたしにはわかる。ハデスさんとバレンさんの因縁も全て」
優人と彩音がハデスの説得に入る。王族でもない彼らの意見をハデスが受け入れるはずがない。
それでも、優人と彩音はなんども、なんども説得を試みる。王族でないに彼らでも、俺を求める力は強かった。
ハデスは姿を消し、静寂が流れる。優人が俺に手を差し出す。それを握った途端、胸の黒いなにかは通り雨のようにさっぱりした。
「さあ。戻ろ。みんなが待ってる」
「あ、ああ……」
俺は、優人たちとともに明るく、温かく、真っ白な空間に向かって歩き出す。俺を見捨てない。そんな彼らに包まれながら。




