第44話 魔の剣と怒るもの
戦いはどんどん激しさを増していた。僕は床で作業する飛鷹を庇うように、微々たる力ではあるが、支援に回った。
補助と言っても、それほど目立つことではない。できるだけ、戦いやすいように立ち回るだけ。
隼の前で宙を舞うバレンの姿。右手に握られた漆黒の剣。切り裂く動きには、かなり洗練されたものがあった。
だけど、その剣の存在がどうも頭から離れない。歪な形からして、怜音が使っている真っ直ぐ伸びた剣とも違った。
ふと、先週の25日のことが蘇る。夕食を食べたあとに、僕は怜音たちと夜間図書館に向かった。
怜音から『転プラ』を勧められる前も僕は別の本を手に取り、読みふけっていた。タイトルはたしか。
――『神の子悪魔の子』――
だったと思う。櫻井直義という人が書いた作品で、まるで実体験を書いたように解像度の高い本だった。
本をあまり読んで来なかった僕でも、それだけ惹かれるものがあって、怜音に声をかけられるまで、夢中になるくらいに。
そこにも、歪な形をした漆黒剣の話が書かれていた。その剣は闇を司る剣で、所有者を深淵に引き摺り込むという力があると。
その見た目は真っ直ぐではあるがところどころ湾曲したもので、ものすごく禍々しいと記されていた。
その記憶からバレンが持っている剣に目を向ける。湾曲した刃、波打つような装飾。本に載っていたものと限りなく近い。
「あれは……。飛鷹君。バレンが持ってるあれって」
「バレンさんが持ってる剣? ちょっといい?」
「うん」
飛鷹は僕の質問に答え、写真を撮った後検索にかけてくれた。それは、『神の子悪魔の子』に書かれていたものと一致してしまう。
暗黒剣アビスレクイヴァント。それは、使用者を完全支配してしまう悪魔の剣。飛鷹は僕に、『もう一つ剣の話なかった?』と聞かれる。
思い出せば、聖剣と呼ばれるものがあった気がした。それは、光を支配し世界を暖かく照らす太陽の剣。
双方を持てば、お互いがお互いを打ち消す効果を持っている。使用者に大きく影響を及ぼす剣だ。
「バレン! その剣に気をつけて!」
僕は大きく叫んだ。バレンは剣を一振して魔生物をやり過ごすと、こちらを向く。
「この剣は元々俺の剣だ。危険性は誰よりも理解しているつもりだ」
「わかった」
この判断で良かったのだろうか。隼は今も結界を張ってくれている。だけど。彼の魔力もきっと有限だ。
結界にヒビは入る。これが隼の限界点。バレンを圧倒的していた強さとは、真逆の姿。僕の魔力を分けることができれば……。
そこでふと幻水を思い出す。この魔法は僕の分身を作るというものだ。僕の分身ということは、僕の魔力をそのまま消費できるということ。ここでいい事を思いついた。
「幻水!」
僕は詠唱をして分身を作る。それを隼の後ろにつけて、魔力の遠隔供給を開始した。自分の魔力が減っていく感覚はちゃんとある。
「隼さん! 僕の魔力全部使ってください!」
「ありがと。助かる。防御結界。再起動」
結界が新たに張られ、魔生物からの衝撃を抑制し始める。そんな時、僕の後ろで何やら嫌な予感がした。
なにかの遠吠えが聞こえる。振り返ると、そこには別の魔生物で溢れていた。こちら側には戦える人が僕しかいない。
「優人君」
「わかってる。タイプチェンジ エレキ。ボルトフレア!」
幸いこちら側はさらに湧くことはなかった。だけど、今日は何もかもがおかしい。これが、なにかの暗示であるかのように。
「多く暴れて貰っちゃ困るねぇー」
どこからか過去に聞いたことのある声が響いた。地下通路の扉が開く。そこから出てきたのは、永井ミサトだった。
「なんでミサトさんが!」
「それはこちらのセリフだよ。なぜ、魔生物信教に入信している隼さんと優人さんがいるのかね?」
「それは……」
「魔生物信教には最初から入るつもりではなかったんでしょうねぇ。なんせかの有名な討伐部隊の方々とおられるのですから」
ミサトさんは右手を掲げ、パチンと指を弾く。その直後、多くの魔生物が攻撃するのをやめた。
隼が安全と判断したのか、結界を解除する音。シューンと言って消えていくのがわかった。
「お母さん……、あたしの仲間を傷つけないで……」
ミサトさんの後ろから、鎖に繋がれた永井が出てくる。
「彩音は黙らっしゃい。アナタはいずれ最強で最高の魔生物になるのよ?」
「それは嫌だ。あたしは……あたしは……」
しどろもどろな彩音の傍に、亜空間が開かれる。僕の背中に添えられる誰かの手。掠めるように七色の髪が揺れた。
一回目を閉じたあと開けば、隼が永井の方へ移動中している。そして、無言で彼女の腕を触り始めた。
「ミサト。なんでオマエは彩音を監禁した!」
「監禁? これは教養。あの子にこの世界の秩序や全てを教えてたのにすぎない。それよりも、バレン。アナタは本物なのよね?」
「ああ、本物だ。バレン・アレストロ。異世界アルヴェリアから来た。第二王子だ」
バレンとミサトさんの会話。それだけで、空気が震えた。隼が『こちらに来て』と手招く。僕たちはバレンを残し移動する。
「では、もう一つ。その剣をなぜ持っている」
「アビスレクイヴァントのことか? それよりも、対となる剣。エクスキャリオンはどこだ!」
「エクスキャリオンですって。そんなのこの地下道の下に作ったダンジョン最下層に放り込んでるわ」
「放り込んだ……だと……。俺の剣を粗末に使ったな!」
バレンの怒りがこちらまで伝わってくる。それを感じとったように、漆黒の剣が闇のオーラを直視できるくらい解き放つ。
「バレン! バレン!」
僕は何度も叫んだ。届いて欲しい。そんな思いを全力で込めて。だけど、バレンの怒りの炎は紫の陽炎を生み出していく。
誰かが僕の身体にしがみつく。隼が僕たちの前に防御結界を張った。それだけで耐えられるようなものではないと僕は悟る。
これはあくまでも応急処置でしかない。だけど、やらないよりマシだと、隼は判断したのだろう。
「ミサト。俺はオマエを許さない。俺の剣と俺たちの仲間を侮辱し、粗末に扱い。大切にする、大事にするとは真逆の残虐行為をした罪だ。今からそれを償え!」
バレンの姿が変わっていく。全身を闇の炎が包み込み、僕が意識間で訴えてもまるで聞く耳を持ってくれない。
「バレンが……バレンじゃなくなっていく……」
「優人。それってどういうこと?」
「わからない。ただ……。今バレンは……」
「バレン。飲まれてる。何に。剣に。自我。失いかけてる。意識。維持できてない」
「隼くんそれって」
梨央の質問に答えた隼は、身体を小刻みに震えさせて、怯えていた。彼にはなにかが見えるのだろう。
僕は止めに入ろうと、結界の外に出るため近づいた。だけど、そんな僕の背中を冷たい手が引き寄せる。
「怜音。このままじゃバレンは……」
「うん。もうブレーキは効かないね。だけど、一番近くにいる優人くんが行ったとして、安全に戻ってこれるとは到底思えない」
「それじゃ……」
膝ががくりと沈む。僕の力ではバレンを救うことができない。そう知ってしまったから。これでいいのかと疑問に思うくらいだ。
「解析完了。魔力提供完了。彩音。大丈夫?」
「大丈夫。あれ……あたしの鎖が切れてる……」
「じぶん。斬った。彩音。光使い。浄化能力あり。バレン。救える。かもしれない」
隼がそんなことを言った。永井彩音がバレンを救える。これは、本当に最終手段かもしれない。
「夢乃。夢魔法……。じぶんには全部見えてるからいいか」
「!?」
突然普通に話し始めた隼に一同が驚いた。もちろん僕も例外なく。僕はそんな彼の意見を聞く。
「夢乃は優人と彩音の意識を夢魔法でバレンに繋げて。彩音はその中で浄化の魔法を。優人はバレンの説得をお願い」
「わ、わかった!」
「頑張ってみる」
僕たちは隼の作戦に乗ることにした。改めて戦場を確認すると、ミサトさんが血を流して倒れている。
隼の分析の結界。彼女は息を引き取っているとのことだった。




