第43話 二つの夜明け
潜入任務当日。俺の隣には、静かに眠る怜音の姿。彼の部屋は程よい温度で過ごしやすかった。
そんな中俺は怜音の部屋を出た先の、異常な静かさに頭を抱えている。普段なら他の隊員たちが、一回目の朝食をしに行ってるはずだ。
食堂にいく。誰もいない。訓練場にも行ってみる。やはり誰もいない。景斗ならいるだろうと、彼の部屋に向かった。
そこまで行くのには全く苦労しなかった。人の気配がしない。その違和感だけが、理解しづらい環境を成していた。
「景斗! 入る!」
「いいよ」
部屋に入ると、景斗がひたすらパソコンを触っていた。とても忙しいところを邪魔してしまったなと、反省する。
「他の隊員たちはどうしたんだ?」
一番の疑問をぶつけてみる。
「潜入任務に行くメンバー以外の人は、みんな桜ヶ咲オフィス街周辺で警戒態勢をしているよ。3時くらいから魔生物が出現しているって、緊急出動命令を発令したからね」
「なるほどな」
「まだ油断はできない状況って。麗華さんから頻繁に連絡が来てるよ。どうやら、今回の主犯は魔生物信教の可能性が高いかもね」
魔生物信教。最近よく耳にするようになってきた言葉。俺はそこで崇拝対象にされている。教皇というのも、俺と同等であると示すもの。
そんなこと、しなくてよかったのに。俺のせいで、何も罪もない一般人が兵器として扱われている。
それが心の奥から『許さない』と叫んでいる。これは、俺一人で解決しなければならないと思う自分が、他人事のような自分に訴えている。
「景斗……。俺を今どう思っている。ギルドを、片翼が生んだ最高のギルドを分裂させた俺を……」
「アーサーラウンダーのことね……。僕はいずれそうなると思っていた」
「いずれ……。じゃ、じゃあ景斗は最初から……!」
「うん。僕の魔眼は、ほんの少し未来が見えるんだ。だから、君が暴走する寸前まで見えていた。止めなかった僕も悪かったと思ってるよ」
答えの意味がわからない。俺が暴走するとわかっていたなら、それ相応の対応ができたんじゃないかと。
だけど、景斗はそれをしなかった。なぜだ、なぜなんだ。謎が謎を呼んで、昨日まで読んでいた知識が粉砕される。
「恨んで……、ないのか……?」
「ほんの少しね。あの時のバレンは手遅れに近いと思ったから」
「て……遅れ……」
実際のところ当時のことをほとんど覚えていない。自我を取り戻した時には、俺は人の姿に戻れなくなっていた。
それが手遅れと判断された。そういう事だったのか……。俺を救う手立てがどこにも存在しない状況。心の未熟さに後悔する。
「そうだ。バレンに渡したいものがある。ほら、昨日渡した本に宝剣って書いてあったでしょ? 少し前に片割れを見つけたんだ」
「片割れ?」
「うん。ちょっと待ってね」
景斗は亜空間を開くと漆黒で歪な形をした剣を取り出した。俺はこの剣を覚えている。暗黒剣だ。名前はたしか……。
「アビス……レクイヴァント……」
「そう。これを君に渡しとくよ」
「いい……のか……俺が持ってても……」
「うん。それにこの剣を振るえるのもバレンだけだからね」
「わかった」
俺は景斗から愛剣の一つアビスレクイヴァントを受け取った。久しぶりに触れたそれは、全身に闇の魔力を流し込んでくる。
この快感は何年ぶりだろうか。手に馴染むそれは、俺を受け入れてくれたようだ。
すると、誰かがドアをノックし中へ入ってくる、それは最上位クラスのメンバーと、怜音。夢乃、隼の三人。もうすぐ任務が始まる。
「それにしても。梨央も瑠華さんも、僕のベッドで寝る時は一言言ってよ」
「別にいいでしょ。だって蓮はいっつも優人と寝てるじゃん!」
「私も同感だわ。それに、噂によれば、片桐先生が真っ先に優人の膝を奪ったみたいじゃない」
昨日のあれを伝えなくて正解だったみたいだ。女性陣はこの論争に浸ってもらおうではないか。
俺は怜音に『ありがとう』と伝えた。もちろん怜音も『どういたしまして』と返してくる。
「みんな。準備はいいか!」
俺は大声で全体の空気を変える。女性陣のいざこざも一旦は落ち着いたらしい。景斗に通路までの道を開くよう伝える。
これが、俺が最初で最後の任務になるかもしれない。裏切り者は裏切り者らしく、ただ我が道を行く黒狼として……。
――――――――時間は遡って――――――――
僕の朝は二方向からの柔らかいなにかによって始まった。寝返りができなかったからか、全身が異様に痛い。
「優人……起きた……?」
右側から梨央の声がする。ピンクと白の可愛いパジャマ。彼女のこの姿は初めてかもしれない。
首を上手く動かして、反対側を見る。そこには、なぜか瑠華さんが眠っていた。二人とも僕が好き……なのかもしれない。
僕は恋愛感情を抱いたことが一度もない。女性は全て平等であるべきだとも考えている。それができないのがこの日本だ。
「瑠華さん。朝だよ」
「あ、さ……。うぅ……。梨央さんのせいよ。昨日突然見世瀬の部屋で寝る言い出すから。さすがにこのベッドで三人は狭すぎよ」
「そう言っておいて、瑠華さんは私より先に寝てたよね?」
朝から騒ぎに巻き込まれ、困っているのは当然僕の方だ。そもそも僕のベッドで寝なければいいものを……。
誰かが部屋をノックする。応答は瑠華さんが動いてくれた。扉が開くと、そこには怜音に片桐さん。隼の姿。
僕たちはそれぞれの部屋で隊員服に着替える。だけど、彼らの様子が少しおかしい。怜音が言うにはバレンがいないらしい。
きっと先に総司令室へ行ったんだろうと、みんなで向かった。黄金扉が少し開いている、中からは話し声が漏れていた。
「おはようございます」
「おや、みんな揃ったみたいだね」
「そうですね」
僕は軽く総司令と話した。バレンの手には漆黒の剣が握られている。
「それにしても。梨央も瑠華さんも、僕のベッドで寝る時は一言言ってよ」
「別にいいでしょ。だって蓮はいっつも優人と寝てるじゃん!」
「私も同感だわ。それに、噂によれば、片桐先生が真っ先に優人の膝を奪ったみたいじゃない」
「えー。片桐先生それホント?」
女性陣はどうやら僕の取り合いで揉めているらしい。こっちが迷惑しているのに、これがいわゆるヒロインレースというものか……。
「みんな、準備はいいか!」
そんな状況を斬ったのは珍しくバレンだった。いつも以上に力が入っているようにも見える。
景斗総司令が巨大なゲートを作った。そこへバレンが飛び込む。僕たちも揃って中に入ると、そこは魔生物信教の本部だった。
「バレン。その剣は?」
「これか……。今は言えない。というか、オマエは知らない方がいい」
バレンの様子が変だ。だけど、これ以上詮索するのも失礼だと思ってしまう。一旦頭の片隅に寄せておくことにした。
魔生物信教の本部。そこの教会にはこの前行った場所。今日は誰もいないようだった。この静寂さに異変を感じたのは……。
「地下通路。こっち。床下。ある」
「隼わかったのか?」
「なんとなく。こっち。着いてきて」
僕たちは隼の先導で地下通路へ入っていく。そこには、無数の魔生物がごった返していた。
怜音とバレンが一歩前に出る。隼が無詠唱で結界を張る。僕も前線で戦いたい。だけど、両足が震えている。
こんな恐怖。今まで感じたことがない。対人戦と魔生物戦では、感じ取る緊張感が全く違った。
「回復は私に任せてください!」
梨央が叫ぶ。
「ヘイトは任せてちょうだい」
瑠華さんが自分の役目を果たそうと、風の嵐を巻き起こす。
「一時しのぎしかできないけど……」
片桐さんが、魔法で魔生物を弱体化させる。
「バレン! ボクに合わせて! 隼くんはそのまま優人たちの保護を!」
「おうよ! 任せとけ!」
「了解。じぶんやる。あとでマタタビ」
怜音たち前衛が連携強化を開始する。
だけど、僕だけがやることがなかった。僕は無力だ。なにも役に立たない。足手まといでしかない。
それでも、僕がここに来た理由。永井を救うこと、たったそれだけを目指し、自主的な補助を始めることにした。
次回いよいよ潜入任務本番です!




