第42話 世界の仕組みと三龍傑
その日の晩。俺は優人の部屋で景斗から受け取った歴史書を読んでいた。もちろん、俺のことに関する情報も書かれている。
昔から俺は本を読むのが好きだった。気が合わない兄を持ち、話題も感情も打ち解け合えない仲だった。
その関係から救ってくれたのが、後に片翼や冷酷と呼ばれるようになった、三龍傑の三人だった。
世界は変わる。それに合わせて、人の感情も変わっていく。移りゆく景色には、必ず意味を持っている。
それを教えてくれたのも、三龍傑の三人だ。俺は彼らに恩を返したかった。だけど、その判断が間違いだった。
俺の父親の警告通りだった。自分の中に眠る野生本能に飲まれ、一時的に自我を失った。それでどれだけ仲の良かった仲間を引き裂いたか……。
思い出すだけでも、自己嫌悪をしてしまいそうで、自己否定をしてしまいそうで怖い。俺はそれだけ重大な罪を犯してしまった。
こんな俺が、旧友に見せられる顔ではないのは、最初からわかってたんだ。自分には仲を元に戻す資格などないと。
ギルドにいた人は、定命の人が多かった、今生きているのは三龍傑と景斗のみだろう。だから、本当は景斗に会いたくなかった。
それでも、いつかは顔を見せて関係を修復する必要があったんだ。それだけは、きっとどう足掻いても変えられない運命。
「バレン。そろそろ寝ないと、明日朝早いみたいだよ?」
立ち読みをする俺に優人が声をかける。だけど、俺はこの世界の現状が知りたくて仕方なかった。
群れを成さない魔生物は、100年前にもいた。それは、〝原初の魔女〟という人物が送り出したものだった。
俺も昔戦ったなと、過去になってしまった結束力に思いを馳せる。片翼は初代ギルド団長だった。
勘と観察力に長けていて、獄炎を操るその姿。それは、まるで左翼を無くしたフェニックスにも見えた。
その偉大さは、今読んでいる文献にも事細かに載っている。同時に、彼女は様々な実験にも積極的に参加。
この世界に必要な医療技術向上に大きく貢献したようだ。それだけでも、ストイックさに驚いてしまう。
「俺はまだ本読んでるから先に寝てろ。早起きや短時間睡眠には慣れている」
「そう。わかった。電気消すから明るいところで読んでね」
「わーってるよ!」
俺は、分厚い本を四冊持ち、優人の部屋を出る。食堂で読んだ方が無難か。真っ直ぐその場所へ向かった。
明かりをつける。椅子に座る。本を開く。真っ先に飛び込んでくる、三龍傑の一人の名前。冷酷の龍剣士。
片翼の夫である彼は、18歳で父となった。そして、魔法に関してものすごく熱心に勉強し、数多の魔法式を生み出した努力の天才。
俺は彼と少々対立することがあった。だけど、それだけ仲が良かったのだろう。共に本を読み、意見を交換し。共感しあった仲だ。
今彼はどこで何をしているのだろうか。彼は龍と契約することを、少し怖がっていた印象がある。
極寒の世界を操り、生きる氷河とまで言われた彼。俺の中では大きな砦にもなるだろう意思の強さ。自分を捻じ曲げない心。
見習いたいことがあまりにも多すぎる、俺がもし彼だったら。もっと強く逞しくなったのだろう。俺は彼のようにはなれない。
いや、なれなかった。個性は人それぞれというが、俺自身自分の個性を見失っていた部分がある。
自我を保てなかったのもそれが原因だろう。俺は本当に表面だけ強いだけの、弱い人間だ。あまりにも世界を知らなすぎる。
自分と相手の天秤を測り間違える。そんな愚かな人だ。だから、俺は未だに誰にも貢献できていない。そう勝手に思ってしまう。
「あとは……。三龍傑のリーダー……。黒白だけか……」
三龍傑結成の発端となった人物、黒白。別の世界から来た最強の魔法使い。白と黒の剣を携え、縦横無尽に戦う神のような存在。
彼は、元いた世界では序列一位という肩書きを持つほど、唯一無二の空間の支配者と呼ばれている。
彼が立つ戦場にはどんな敵も寄り付くことができない。それくらい隙のない異常人だ。
そもそも、戦闘中に魔法研究なんてする馬鹿がどこにいるんだか……。その余裕そうで楽しそうな顔を一度ぶん殴りたいくらいだ。
だけど、きっとそれも許さないだろう。彼の魔力は、現代の人間を数百人数千人集めても到達することはできない。
魔力そのものが底なし沼。その点に関してはぐうの音も出ないどころか、完全に降参対象になってしまう。
文献によれば、彼らは魔生物が生まれる異界に潜入し根本部分から解決しようとしているらしい。
だけど、なぜここまで詳しく三龍傑のことが書かれているのか。俺は著者を確認することにした。
「宮鳥景斗……。櫻井直義共著……」
櫻井直義。どこかで聞いたことのある文字の並びだった。俺は飛鷹が起きていると信じ部屋まで移動する。
数回ノックすると、ガチャリと扉が開く。どうやら、飛鷹は眠れずにいたようだ。
「なあ飛鷹。この本の著者。心当たりないか?」
「え? 櫻井直義……。!?」
「やっぱりか……」
俺の予想が当たったらしい。飛鷹はこの直義という人物が、自身の祖父であることを教えてくれた。
「で、でも……。なな、なんで……わかったの?」
「まあ、勘ってやつ?」
たまには片翼の真似でもしておこう。俺は飛鷹に知ってることを全部教えてもらった。その中には、魔生物信教誕生のことも含まれている。
魔生物信教は第二次魔生物襲撃事件後に誕生したらしい。俺が魔生物として暴走したのは、第一次から第二次のちょうど真ん中辺りか……。
そうなると次に気になるのは、魔生物信教は最高位の人を〝教祖〟ではなく、〝教皇〟と呼ばれている点だ。
飛鷹によると、王族である俺の眷属であることを伝えるために、〝教祖〟ではなく〝教皇〟を名乗るようになったとされているようだ。
「つまり、俺と同等の王族として、肩を並べるために、教皇とした……」
「そ、そう、なると、思います……」
「そうか……。俺自身王族との関係は完全に解消したかったんだけどな……」
そこで、ふと過去の記憶が蘇った。
――『バレン。この剣はくれてやる』
俺には宝剣が2種類あった。聖剣と暗黒剣。しばらくそれらを見てないな。錆びて使えなくなってないだろうか。
きっとどこかに残っているはずだ。俺のたった一つの兄弟として残った証。それは、今でも覚えている。
兄貴はもう生きてないんだろうな。そう思うだけで、一人取り残されたようで、悲しいし悔しい。
「ありがとな。おかげで勉強になった」
「ど、どういたしまして……。ぼくはそろそろ寝るから」
「わかった。んじゃ。また明日な!」
「うん」
飛鷹の部屋を出て、優人の部屋に戻る。そこには何故か、梨央と神代の姿があった。これはかなりまずい状況だ。
優人を中央にして、サイドに女性二人。俺が邪魔するのも問題があると思い、本を机に置いて即退散する。
この状況を、後日、本人に話そうと思ったが、自分で確認してもらった方が早いだろう。
寝る場所を失った俺は、廊下を行ったり来たりする怜音をすれ違った。彼なら布団を貸してくれるだろう。
ここは男同士の付き合いといこうか。
「怜音!」
「!?」
「す、すまん。驚かしちまって」
「いいのいいの。ボクもちょうど眠れなかったところだから」
怜音はそう言いつつも、大きなあくびを披露する。本当はものすごく眠たいのだろう。ここは非常にラッキーなチャンス到来だ。
「怜音。もし良かったらなんだが……」
「なに?」
「俺の寝る布団。梨央と神代に奪われちまった」
「なんだそんなことか。ボクの布団で良ければ貸すよ。その代わり」
「一緒に共有するってことだろ。もちろんそのつもりだ。いいぜ!」
こうして、俺は怜音の部屋で寝ることになった。綺麗に整頓された部屋は、性格の良さがはっきりしている。
シングルベッドであっても、小型の獣になれる俺なら、スペースを取らない。その日は思った以上によく眠れた気がした。




