第40話 団結の兆し
翌朝。出動命令が出た最上位クラスのメンバーと隼は、朝食後の食堂に集まっていた。
そこには、なぜか薄紫の髪を揺らす片桐夢乃の姿が……。
「なんで片桐先生がいるのよ」
「えへへ、ちょっとね。わたしも一緒に行くことになったの」
「あなたも見世瀬の血を打ったのね……」
瑠華さんは切り捨てるように言う。しかし、片桐さんは『まだだよ』と答えた。景斗総司令から渡されたという黒い血の注射器。
片桐さんはそれを自分で打ち込む。『これでよし』と言ったあと、彼女の身体が桃色に光った。
「適応完了っと。これで明日行けるよー」
「そういう問題じゃないわよ……」
「そうかな? 多分わたしも役立つと思うよ」
自信満々の片桐さんに、みんなが揃って苦笑する。僕といえば状況が掴めず、椅子に座ったまま、口が乾くのを待つだけだった。
「まあいいわ。とりあえず、作戦会議を始めましょ。まずは自己紹介から入るわ」
瑠華さんが進行を続ける。自己紹介は団結するには一番有効なことだ。先に手を挙げたのは、進行役の瑠華さんだった。
「私は終わったわ。次は……。鳴海。頼めるかしら?」
「なんで隼さんなんですか?」
思わず瑠華さんに問いかけてしまう僕。たしかに彼は最年少で、どこまで集中できるかはわからない。だけど、それで隼を選ぶのは……。
「わかった。自己紹介。する」
「隼さん!?」
「自己紹介。する。鳴海隼。13歳。昨日。誕生日。学校。行かない。嫌い。それだけ。いい?」
ところどころ関係ないことを言ってる気がするが、気にしないようにしよう。次に中谷怜音、春日井梨央と続く。
「じゃあ、次はわたしね。改めて討伐協会広報部の片桐夢乃です。使用魔法は夢魔法と夢移動。くらいかな? 精神干渉はできるけど、攻撃系は使えないよ」
「なるほどね……。催眠術とかは使えるのかしら?」
「それは……。使えなくはないけど……」
「そう。ありがとう。次は蓮。あなた何か隠してるわよね? 番が近づくにつれて引きつった顔になってるわよ?」
その言葉に僕はバレンの顔を見る。普段見ているからそこまで違和感がない。だけど、それでも彼の緊張感が伝わってくる。
食堂の空気が張り詰める。少しだけ居心地が悪い。
「すまない……」
「なんで謝るのよ。あなたは謝るより先に、打ち明けるべきよ。それくらいわかるわよね? 隠れご長寿様?」
「ッ!? あ、ああ……。たしかに……。俺はここにいる人の中では最年長だ。むしろ、景斗よりも上だ……。だが……。俺は……」
バレンの様子がおかしい。景斗総司令の前でも堂々としている。もちろん、大衆の前でも堂々としている彼が、少々押され気味だ。
「早く言いなさいよ」
「わ、わかったよ……。仕方ないか……。これ以上隠す必要もない……。俺は、元々魔生物だった。本来の名は蓮ではなくバレンだ」
「『ば、バレン!?』」
どうやら何人か〝バレン〟の三文字を知る人がいたようだ。特に影響を受けたのは、梨央だったようで、椅子から転げ落ちている。
僕は席から立ち上がり、すぐに梨央を座り直させた。真っ赤に染った顔で微笑む梨央から発せられる『ありがとう』という言葉。
少しだけ心臓が跳ねた気がした。バレンが言うには、僕の心臓は僕のものではないのだというのに……。
完全に融合してしまった。僕の思考に興奮に呼応する脈の流れ。それだけが、今の僕に残された本物……。
「俺は……。今の俺は優人の一部であって……乖離した存在だ。だから、今こうして顔を見せ合うことができている」
「蓮……」
思わず僕の口からこぼれた。
「俺は多分。あっち側の存在だ。もちろん、優人も同様に……。きっと誰も信じてくれないよな……。俺が、魔生物信教で信仰されている対象であることを……」
「それは……。私は……。蓮さんが……」
梨央が空気を正そうと言葉を詰まらせた。僕もどうにかしたい。バレンの身体が黒く染まっていく気がした。
「俺が悪いんだ……。こんな世の中になったのも。俺が闇堕ちして、この世界を安泰に導いた攻略ギルドをバラバラにさせて……」
バレンの闇がだんだん強くなっていく。感情的になっているのだろう。だけど、僕は吐かせたいことは吐かせてあげようと、我慢する。
「終いには、魔生物となった俺に協力したヤツらが暴走して、自我の闇に完全に飲み込まれて、殺戮兵器みたいになって。それを止めるには、俺をしっかり制御できる器が必要だったんだ」
だんだん聞くのがつらくなっていく。彼も自分の感情を制御できていないようだった。
「勝手に俺が優人の両親に声をかけたのも悪かった。人語が使える俺が優人の母親を説得して、詳細を伝えぬまま、俺は……! 俺は……」
「バレン! そこまでにして!」
「優人……」
とうとう我慢の限界に達した僕は、本当の気持ちを伝えることにした。
「バレンはそこまで考えなくてもいい。バレンは何も悪くない。僕のせいなんだ。僕が普通の子供として生まれなかったから。もっと食にも興味があれば、両親とも分かり合えたのかもしれない」
語る中、僕の目がなぜか熱くなる。頬を伝う何かを、自分の右袖で拭った。
「だけど、僕は魔生物の残骸とかそういうのばかり食べてて、本来食べるべきものから目を背けてた。それに気づかせてくれたのは、紛れもなくバレンだよ。ありがとう」
「……」
これが慰めになったのか、バレンから漏れ出た魔力が落ち着いてきた。安心するのもつかの間。自己紹介に戻ったメンバー。
ようやく全員が終わり、いよいよ潜入任務の作戦会議に入った。やはり進行と指揮担当は瑠華さんのようだ。
「前衛に関しては、鳴海が選んでいいわ」
「じぶん。選ぶ?」
「ええそうよ。前衛で活躍できそうな人を決めて貰えるかしら?」
瑠華さんは立ち位置の決定権を、隼に一任させることにしたらしい。たしかに、隼は基礎戦闘能力を計測するのが得意だ。
むしろ適任だと、僕は思った。隼は席から立ち上がり、出動するメンバーの腕に触れていく。時々コクコクと首を動かしていて、それが、どことなく可愛い。
「じぶん。必須。怜音。レン。中央。瑠華。夢乃。梨央。後衛。優人。直哉」
「つまり、前衛は隼くんとボク。蓮さんの三人。後衛に飛鷹さんと優人くん。挟むように、女性陣を入れるってことね」
さっと怜音がまとめてくれる。これはとてもありがたい。
「鳴海。あなたに頼むべきじゃなかったわ……」
「マタタビくれ」
隼は怜音の方へ移動すると、何度も『マタタビくれ』と連呼する。やっぱり、精神年齢が非常に低い猫男子だ。
僕は怜音に『マタタビ草でも用意したらどうですか?』と伝える。すると彼はやれやれ顔で、マタタビを隼に与えた。
例によって、床でクネクネする隼。非常に可愛くて、作戦会議どころの話ではない。そんな中でも、瑠華さんは正常運転で続ける。
「それぞれの立ち位置は鳴海の意見を採用するわ。けど、彼はこの状況だと続行は無理ね。理由を聞くのは諦めるわ」
「じゃ、じゃあここからは、飛鷹君にお願いするのはどうでしょうか?」
「ぼぼぼ、ぼく!? ゆ、優人君無理だって……」
僕が指名したのは、もちろん理由がある。彼の検索能力や、情報収集能力はものすごく高い。
僕は飛鷹に助けてもらっていることが、多いのではと思い始めていた。景斗総司令も彼の能力をきっともっと推したいと思う。
「飛鷹君ならできるって、多分、バレンが過去記録丸暗記してると思うから」
「お、俺!? 俺そんな記憶力ないぞ!」
「蓮さんって、もしかして優人の言いなりになってる?」
「梨央もなぁ……。俺はそんなんじゃねぇってコノヤロー!」
やはり、バレンはいじりがいがある。僕は同時に怜音へ記録が残っているか聞いた。すると彼は、『ボクよりも総司令に聞いた方が早い』と返す。
言われてみればそうだかもと思った。情報の入手は怜音と飛鷹に任せるとして、会議は無事終了した。
僕を含めたほかメンバーは、訓練場へ移動。その途中、バレンが地下通路の情報をいくつか出してくれた。
魔生物信教の本部に行った時。地下に繋がる入口を見つけたこと。もしかしたら、そこがコスメ彩に繋がっている隠し通路なのではと。
そう考えると、納得できることが自然と増えてくる。桜ヶ咲オフィス街は人通りの多い場所。
あの時コスメ彩には来店者がいなかったが、きっと呼び込みをした後無理やり地下通路を通して、信者にさせている可能性だってある。
遅れて訓練場にやってきた怜音と飛鷹。二人の話によると、転送場所はコスメ彩内の隠し部屋へ直行させるらしい。
「それと、景斗総司令が早急の対応が重要って言ってたよ」
「なるほどね……。では、出動は明日にしましょう。皆さん、今日一日で明日全力を出せるよう、最終調整ということで、いいわね?」
瑠華さんの先導で、みんなの意識は完全一致した。ここから、本当の救出任務が始まる。それが過酷になるとも知らずに……。




