第37話 不在の総司令と夕食と……
ある程度の情報収集が終わり、僕と飛鷹は景斗総司令の方へ向かった。もちろんバレンも付いてきているが、ちょっと緊張する。
残骸の最後の一個を食べた時、舌を勢いよく噛んでしまった。それだけでも痛いのに、今度は何もないところで躓き転倒した。
まだ身体が回復していないようだ。それがわかっただけで嬉しかった。無理はしたくない。だけど物事が悪化する前に報告せねば。
バレンに時刻を確認してもらうと、18時を回るところだった。あと30分で夕食。30分の休憩を挟み入浴前の最後の訓練がある。
廊下には甘い匂いが漂っていた。僕にはこの匂いから考えられる料理が浮かばない。だけど、バレンと飛鷹はお腹を鳴らしている。
「僕は訓練出ないけど、蓮は出るの?」
「もちに決まってんだろ。就寝中はオマエの中にいるが……。こっちの姿の方が苦労しないしな」
「そう……」
僕は気になっていたことがある。僕は本当に人間なのだろうかと。僕が訓練に参加しなくても、バレンが参加すれば十分ではと。
だんだん生きているのがつらくなってきた。僕はみんなとは違う。そう思う度胸が苦しく締め付けられる。
「優人君。優人君」
「ッ!? な、何?」
「優人の出自とか出生とか……。多分……総司令も調べてると思うけど……。ぼ、ぼくが独自に調べても……いい……かな?」
ボーッとしていた僕を引き戻す飛鷹。その言葉は、どこかありがたくも知りたくないことが多かった。
僕のことはバレンから色々聞かされている。自分でも思い出したこともある。だけど、どうもそれ以上を知りたくなかった。
「別にいいんじゃないか?」
「れ、蓮……さん? けど、ぼくが聞いてるのは優人君の方で……」
「そりゃ優人は嫌がるのは俺自身わかるけどよ。結局は過去を塗り替えることなんてできねぇわけだし、知ることも大事なんじゃないか? ってさ」
バレンがそんなことを言った。僕のことを代弁してくれているのだろうけど、どうも慰めになってない。
それがきっとバレンなのだろう。自分のことをメインとし、僕のことを支えるけどまるで他人事。
だけど、僕も少し知る勇気が出た。飛鷹に『お願い』と伝えると、彼は笑顔で頷いた。そうしているうちに、黄金扉の前に着く。
「入るよ」
僕が合図を出す。
「は、はい……」「いつでもいいぞ?」
二人が返事したタイミングでドアノブを下げ押したが、鍵がかかってて開かなかった。そんなところに、一人の青年がやってくる。
「優人くんたち。もしかして総司令に用事?」
「怜音。はい。魔生物信教に関しての情報がある程度揃ったのでその報告に……」
「なるほどー。残念だけど、総司令は今政府の会議に出掛けてるよ。どうも、魔生物信教の実態を報告するためにね」
景斗総司令も同じことを考えていたらしい。僕は直接会うのを諦めて、さっきから香る方へ歩いていく。
食堂に着くと、底の浅い大鍋がたくさん置かれていた。バレンに入っている具材を説明してもらう。
大きく切られた長ネギ。固めの豆腐。白滝を結んだもの。長ネギと同じ切り方をした人参。そして、鍋の外には薄く切った肉皿。
「こ、これ……すき焼きだ……。ぼくお腹空いてきた……」
「すき焼き? って?」
「まあ、この焼き方は本場の焼き方じゃねぇけどな」
すき焼きってなんだろう……。飛鷹とバレンの会話だけが真っ直ぐ歩いていて、僕だけが置いていかれている。
すると、匂いにつられてきたのか他の隊員たちがゾロゾロやってくる。席はいつの間にか満席。まだ時間まで15分もあるのに……。
「おや。皆さん早いですね……。今追加分の肉と割り下をご用意しますのでお待ちください」
キッチンから麗華さんがそう言う。バレンに割り下とは何かを聞くと、『焼く時にかけるタレみたいなやつ』と大雑把に説明された。
怜音が箸を配り始める。それと同時に、麗華さんもご飯茶碗を運び始めた。どれも漫画のように大盛りだ。
遅れてきたのは全身から湯気をあげている星咲先輩。全員集合したと思ったが、隼の姿がない。
直後わーわー言う声が聞こえてきた。隼の声だ。僕はバレンに頼んで様子を見に行ってもらう。
バレンが戻ってくると、一緒に隼がついて来ていた。どうやら迷子になっていたらしい。とりあえず来てくれて良かった。
箸を配り終えた怜音は、卵を乗せた器を運び出す。すき焼きの食べ方を知らない僕は、この卵の使い道がわからなかった。
一人。また一人と卵を器に割っていく。自信がない僕は、運んでくれた怜音にお願いした。殻から出てきた黄身は満月みたいだ。
カタカタカタと聞こえてくる音。みんな一心不乱に器の卵をかき混ぜている。僕も見よう見まねでやってみるが、割と難しい。
そうしている中で、ジューという肉を焼く音。鍋を覗くと肉がグツグツと煮られている。
「優人くん。早く食べないと無くなっちゃうよー!」
そう怜音が言った。彼の器にはもうすでに5枚近く肉が盛られている。どんどん新しい肉が追加され、大皿一枚なくなった。
「優人! これ美味ぞほれ!」
「ちょっと蓮……。勝手に肉入れないで……」
「入れてなんぼっつーやつだよ。ほら食え食え!」
その様子を見ていたらしい梨央と瑠華さんの笑い声が聞こえる。二人は揃って野菜を入れているようだ。
しかし近くの席だったからか、バチバチやり合っていた。これにはこちらが笑うしかない。気が合うのか合わないんだか……。
僕も野菜食べよかな? そう思って長ネギを数個取り卵につけた。口へ運ぶとものすごく甘くて美味しい。
そして、器の湯気が落ち着いたところでバレンが入れてくれた肉を食べる。薄いからか、まだ柔らかかった。もちろん甘い。
割り下を入れると甘くなる。そんなことを初めて知った。だけど、廊下で嗅いだ甘い香りとは何かが違う。
テレビがついている。日付を確認する10月1日。火曜日。今日は何もないはずだ。だけど、すき焼きとは違う甘い何か……。
「見世瀬さん。手が止まってますよ。今追加の肉をご用意しますのでお待ちください」
「はい」
「ちなみに、今日使用している肉は私の特製熟成庫で熟成した牛肉の、赤身肉と霜降り肉です。霜降りはたくさんありますので!」
赤身肉と霜降り。またわからない単語が出てきた。だけど、肉は肉だ。僕は焼けた肉をどんどん器に入れて卵に絡めていく。
「すき焼き……。正直どう表現すればいいのかわからないけど。肉も野菜も甘くて美味しいですね」
「そうだな。俺も久しぶりに食った気がする。けど、片翼の兄貴や、黒白が作るやつと比べるとまだまだだな」
「片翼のお兄さん?」
「おん」
バレンは山になった肉を一気平らげる。彼の身体は作り物なのに、どこにそれが入るのか。一番気になってしまう。
「肉と野菜がなくなりましたので、〆の卵を配ります。割ってかき混ぜたら割り下を入れて、ご飯にかけて食べてください」
今回は自分で卵を割ってみる。難しいと思ったけど、奇跡的に成功した。黄身は割れてしまったが……。
かき混ぜて余った割り下を入れる。よく混ぜてご飯にかけて、一気にかきこむと古い卵の肉汁と追加した割り下が共鳴した。
テーブルの上に置かれた鍋とコンロが片付けられると、大きなホールケーキが出てくる。ようやく甘い匂いの正体がわかった。
それは、大きな誕生日ケーキのクリームといちごの香り。いちごは昔食べたことがあった。きっと新鮮だから香っていたのだろう。
「皆さん。今日は鳴海隼さんのお誕生日です。13歳ですね。盛大にお祝いしましょう! おめでとうございます!」
「『おめでとうございます』」
どうやら今日は隼の誕生日だったらしい。家族に祝われたことがない僕も、いつかは祝福されるのだろうと内心思った。




