第34話 任務報告
任務を終えフラフラになった僕は、隼とバレンに支えられて第一部隊の本部に帰ってきた。
赤目の青年に対しては隊員全員が驚いていたが、これが蓮の本来の姿と説明すると納得してくれた。
蓮がバレンであることは、僕と隼、バレン。そして総司令の四人だけの秘密にすることも決まっている。
まずは報告。バレンは『景斗は俺を覚えているかな?』と、不安そうに言っていた。もちろん僕も『覚えてるといいね』と返した。
黄金の扉の前につく。ノックして中に入ると、部屋の広さが倍になっていた。ベッドと机だけだったのが、ランニングマシンが置かれている。
「景斗。また42キロ走してんのか?」
「なんで知って……!?」
バレンの指摘に、景斗総司令がマシンから滑り落ちる。機械を止め、こちらに歩いてきた総司令は、バレンの顔を見詰める。
そして、ハッとしたのか。景斗は『もしかして』と呟いた。どうやら疑問が確信に変わったようで、バレンに向けて口を開く。
「やっぱり。なんか久しぶりに見た気がするよ。バレン……。おかえり……。きっとあの子も喜んでるよ」
「景斗……。ごめんな。ギルドを裏切っちまって……」
「ううん。大丈夫だよ。今まで。どうしてたの?」
景斗総司令は泣いていた。それにつられて、僕の頬に雫が伝う。これが共感以上のことであることは、気づいていた。
今日始まって今日終わったことなのに、久しぶりに会った気がする。なかなか話が進まないことで、隼が割り込む。
「任務。完了。信者。植物状態。脱した。意識回復。派閥生まれた。最後。反対派。手を挙げた。優人。言ってた。永井。母親。反対派」
「永井さんの母親が反対派……。ね……」
突然入った本題を、景斗総司令はしっかり受け止める。僕でも隼の言葉を解読するのは難しい。なのに総司令はうんうん頷いている。
「永井。母親。無言。じぶん。失態。討伐部隊。宣言した。反対派。多かった」
「隼さん。それはダメだよ」
ここで違和感を覚える。〝討伐部隊〟であることを言ったのはバレンだ。だけど、隼はそのバレンを庇うように、自分が悪いと言った。
「隼さん。討伐部隊であることを言ったのは、隼さんじゃなくて……」
「じぶん。悪い。バレン。悪くない。認める? 罪。重くなる。じぶん。身代わり」
そして、隼はさらに続ける。
「だから。ごめん。マタタビ。我慢する。明日。朝。いらない。明後日。いらない。我慢する。朝。ちゃんと起きる。約束」
その隼の意思表示に『自覚があるようでよろしい』と景斗総司令が締める。僕も報告しないといけないと思い、言葉を考えた。
だけど、いい言葉が浮かばない。僕が貢献したことを完全に忘れていた。ただわかるのは、全身の倦怠感くらいだ。
「景斗コイツも頑張ったぜ!」
「優人さんもね。見させて貰ったよ」
「ちょっとバレン……」
僕の血が治療材料になったなんて言えない。だけど、それは事実。僕の倦怠感も貧血気味の状態も、そこから来ている。だけど。
「遠隔で様子を見てたからね。レン。いや、今はこのメンバーだからバレンさんと呼ぶよ。君の状況も知っていた」
「つまりは、景斗は音声を消して見てたってことだな」
「そういうことだね」
景斗さんはパソコンを取り出し、録画していたらしい映像を引っ張り出す。そこにはたしかに僕と隼。バレンが映っていた。
「けど、よくわかったな。俺が注射器を要求してたってことをさ」
「わかるよ。僕の直感力は母親譲りだからね。すぐに気付けたよ」
「そうか……。やっぱ。片翼の遺伝なんだな。景斗は……」
片翼と聞いたら、三龍傑の一人の片翼様しか浮かばない。歴史上片翼様は女性とのこと。景斗の母親という立場が女性であることを証明した。
そんな彼女を母親に持ってるということは、景斗の家系はもしかして。そう思ってしまい、考えれば考えるほどに謎が深まる。
「優人さんの血液に、そういう効果があるとは思わなかったよ」
「ま、俺のおかげだな」
「そうだね……あはは……」
引き気味に答える景斗総司令。『バレン。人変わった?』と総司令が言うと、バレンは『かなりな』と答える。
それよりも僕の意識が限界だ。全身のほとんどを提供したことで、血液が足りてない。バレンと交代した時よりも激しい目眩。
耳が遠い中。バレンと総司令が会話をしている。そして出てきたのは、黒い塊――魔生物の残骸だった。
「優人さん。これ食べてみて」
「は、はい……」
自分で言ったんだ。魔生物の残骸も嫌わず食べると。僕は残骸にかぶりついた。味は非常に苦い。食べ物なのかと思うくらい苦い。
だけど、効果はすぐに出た。僕を悩ませていた倦怠感が消える。だるさが完全に無くなり、視界がクリアになった。
「これ、ちょっと味の良さがわからないですけど。僕には合ってるみたいです」
「まあ、最初はそうだよね。自分も一個もらおっと」
景斗さんは別の残骸を取り出し食べ始めた。まるで『この味が好き』と言ってるようで、逆にドン引きした。
「隼さんも食べる?」
「じぶん。反省中。残骸。マタタビ。いらない」
隼は首を大きく横に振り、景斗総司令の発言に対して『いらない』と強調する。だけど、この場にいる人全員がわかるくらい、大量のヨダレを垂らしていた。
そうだ。隼は魔生物信教の本拠地にいた時も、ヨダレを垂らしていた。本人はかなり空腹なのだろう。
それでも、自分が責任を負うとでも言うように、『食べない』との一点張り。隼は隼なりの責任能力があるようだ。
「本当は食べたいんじゃない? 何も食べずに行ったって聞いたけど……」
隼は総司令の誘惑に負けじと、常に首を振っている。できるだけ残骸が目に入らないようにしているのだろう。
だけど、振る度にヨダレが飛び散っている。彼は無表情の時が多いけど、マタタビと空腹にはものすごく弱いらしい。
「全部。怜音。悪い。怜音。じぶんのせい。勝手。じぶん。眠たかった。麗華。感謝。マタタビ。欲しい。けど。我慢」
「あはは……」
ついに景斗総司令が折れたようだけど、まだ隼はヨダレが出ていた。人の身体は欲に忠実。それを完全に表しているような構図。
状況を変えるため動いたのは、バレンだった。バレンは『隼は悪くない。俺が悪いんだ』と呟き続ける。
「俺は、危うく本当に討伐部隊を……第一部隊を裏切っちまうところだった。だけど、隼と優人が俺の矛盾に気がついてくれた。二人に助けられたのは初めてだったよ。むしろ、誰かに助けられること自体が初めてだったかもしれない。彼らは俺を信じてくれたんだ。だから、隼は悪くない。責任を負わなくていい。俺が起こしたことだしな」
「バレン。悪くない。迷惑? 違う」
「ありがとな。心配してくれて」
バレンは景斗から残骸を受け取る。バレンが食べるのかと思いきや、それを隼に渡した。すると、隼はそれを受け取り食べ始める。
本当は食べたかった欲に、バレンの言葉で隼は我慢をやめたのだろう。むしゃむしゃと頬張り、満足そうな顔をする。
「今回の件は全て俺が負います。景斗」
「君が敬語を使うなんて、らしくないね。でもわかったよ。今回の件はバレンが負うこととして、一旦は見逃しておく」
「良かったね。バレン」
「だな。じゃ、俺たちは部屋に戻るか。永井の母親が相手だとしたら、かなり手強くなるかもだからな」
バレンの意見に全員が頷く。今日の任務が本当に終わった。それだけで、ドッと疲れが押し寄せてくる。
彼のせいでお腹は空いてないし、どうしようかと思ったけど。時間を確認して次の行動を決めることになった。




