第32話 異界の王
作業を開始して数分。とりあえず、ほぼ全ての残骸回収が終わった。隼にまだ魔法を使えるか聞くと問題ないとのこと。
僕としてはあまり食べたくないものだけど、蓮が欲しているのなら仕方ない。僕は蓮と交代した。
スクリーンの裏で様子を観察する。こちらにも聞こえてきそうな咀嚼音。食べ物とは思えないほどの塊を口へ放り込む。
(蓮。そんなに急がない方が……)
――『短時間で消滅させた方がいいだろ?』
(それはそうだけど……)
蓮がそう言うのなら従うしかない。僕はしばらく無言でいることを伝え、ただ様子を見守った。
このままでは僕が魔生物になってしまう。だけど、蓮の食べるスピードと量は多いのに、その様子はどこにもない。
目の前の山はどんどん小さくなっていく。そんな蓮を隼はじっと見ていた。スクリーンで確認するとヨダレが出ている。
――『アイツ。これ食いてぇんかな?』
(彼も影響出ないみたいだからね……。でも、今蓮が食べてるのって……)
――『おう。俺の残骸だ。ったく、ほんとどんだけ分解したんだよ……。解体するなら、もっと丁寧に扱ってくれっての!』
その後、蓮が同じ身体を共有している僕にすら聞こえない声で、ブツブツ言いながら食べ続ける。
身体に溜まっていくどす黒いなにか。これは魔力なんかじゃない。魔力よりも危険な、そして、他の信者が植物状態になる理由。
ようやく蓮が食べ終わり、僕が表に出た。途端巻き起こる目眩。蓮はこの拒否反応にも似た感覚をどう処理したのか。
僕はゆっくり立ち上がる。だけど目の焦点が合わない。世界が明滅する。身体が悲鳴を上げている。
だけど、どこかで耐えようと血が波打った。全身が火照り始める。この感覚はなにか、僕にはわからない。
「優人? 大丈夫? 平気? レン。食べ方。凄かった。じぶん。そこまで。食べられない」
「……」
隼に心配されている。だけど、僕の口が動かない。動かせない。喉になにかが詰まっている違和感。僕の存在が崩れる。
魔法が解ける。信者が動き出す。不自然に僕の身体が行動を開始した。一瞬誰が操っているのか、疑問に思う。
よく見れば、僕の意識はスクリーンと現実の狭間。僕は表に出られてない。手前で止まり主導権を握れていない状況。
つまり身体を動かしているのは、半分が僕でもう半分が蓮ということだ。僕はこの違和感を理解するのを躊躇った。
僕と蓮が本当に混ざり会う状態。僕と蓮は二人で一人。それはわかっている。だけど、それ以上に近く遠い気がした。
僕が僕ではなくなっていく感覚。どこか温かい手が触れる。僕はそれに浸りたくなる。相変わらず心はどす黒い。
(蓮?)
――『おう。俺の身体がようやく戻ったな……。本調子ではないが……』
(〝俺の身体〟? 僕の身体は!)
――『ん? あるがどーした? 今の身体がオマエじゃないのか?』
蓮が言ってる意味がわからない。僕が操れない状況なのにだ。途端身体から黒いなにかが離れていく気がしてくる。
意識が引き戻される。一気に素早く強制的に……。ようやく全身の感覚が戻り、僕は自分の身体に起きたことを確認した。
――『最適化完了っと。すまないな……。時間かかっちまって』
(最適化?)
――『おん。オマエの身体が残骸に奪われないようにな。これができるヤツとできないヤツじゃ、かなり差が大きいんだ』
蓮はその知識をどこで手に入れたのだろうか。景斗総司令はそこまで言ってくれなかった。僕の身体が最適化された。
その事実はたしかにあって、息苦しさを感じない。本当に僕のものなのかも疑いたくなる。それくらい軽い。
「優人?」
再び聞こえてくる隼の声。僕はその声に答える。『僕にはやらないといけないことがある』……と……。
無言で壇上にあがる。教皇が仰天した顔でこちらを見ていた。だけど、そんなのは邪魔だった。
壇上から眺める景色。白黒になった空間。生気のない信者。この場に流れる空気が丸わかり。
空間が暗い理由もわかった。天井に明かりなどはなく、サイドを暗い色で配色されたステンドグラス。
光が入ってこないように、隠れられる場所と設計。たしかにここなら……。
「其の方。なぜここにあがっている。不法侵入か確かめなければならん」
「会員証なら持ってますよ。これが僕の会員証です」
僕は景斗総司令から貰った会員証を見せる。それに教皇は一つ下がった。僕が正式に信者と認められた。そう考えていい。
「隼さん!」
「わかった。今行く。あとこれ。自分の」
隼も教皇に会員証を見せる。その愛らしさは、スパイであることを完全に隠しきっていた。教皇はまた一歩下がる。
「新規会員が二名……。それにこれはどういうことだ。配った供物がないではないか!」
すかさず。僕は蓮と交代。
「供物? それは俺が食べた。全部な」
その言葉に、数歩下がっていく教皇。ここからの後処理は、俺がした方がいいと思った。残りは全部任せとけと優人に伝える。
「教皇」
「一般人ごときが我を呼ぶでない! 警備員。かの者を引き摺り降りしなさい!」
「……フッ。させるかよ!」
自分の能力の一部が回復した俺でも、そこまで本調子ではない。だけど、無詠唱魔法くらいなら簡単だ。
右手を翳す。そこから闇色の螺旋が浮き出て、警備員らしき数名を絡めとった。そのまま天井にぶら下げておく。
次に教皇の始末だ。同じく闇色の紐を細かく動かし、絡め取る。そして、彼は壁に括り付け、口元だけ解放させた。
場にいる信者の顔。ようやく正気を取り戻しかけているのか、取り乱している人多数。そのほとんどが手元の残骸消失。
俺自身やりすぎかと思ったが、これくらい暴れた方がいい。まだ空腹が残っているが、俺の本来の身体はここにはないと悟った。
別のところにもある。それが俺の答えだ。これ以上求めても無意味になる。壇上の中央に置かれた台。そこに乗っているマイク。
さすがに優人の身体で俺の名前を言っても意味がない。俺と優人は別人だ。そこはしっかりしておきたい。
教皇と警備員を括り付けたのと同様、右手から闇の螺旋を発生させる。そこからもう一つの身体を用意した。
黒髪に赤い目。優人より少し身長が高い男性の身体。そこに俺の意識を移動させる。元の母体にある優人が目覚める。
「優人。こっちの方がいいか?」
「う、うん……」
「よし。仕上げといこうか!」
俺は台の上に立つ。そこで大きく叫んだ。信者なら信仰するものがいるはずだ。それだけを確認するべく叫ぶ。
「オマエらが信仰しているものはなんだ!」
その言葉に。信者の一人が声をあげる。
『魔獣ライレイア様だ』
「そのライレイア様ってヤツの本名を知ってるヤツはいるか!」
俺はこの時。あるシーンを思い出していた。隼が見せてくれた懐かし夢だ。あそこに出てきた二人は大切な仲間だった。
今ここで、俺の本当の名前を思い出すことになる。そんな気がした。だけど、優人が付けてくれた名前も好きだ。
「異界の王! バレン・アレストロ王子!」
別の一人がそう返してくる。これで完全に思い出した。俺の本当の名前を。俺が120年近く忘れていた言葉を。
「そのオマエらが言った信仰魔獣がここにいたら。みなはどう思う!」
瞬間。会場はザワザワと騒ぎ出した。優人が俺の言葉に首を傾けている。逆に隼はうんうん頷いていた。俺の正体を知っているかのように。
「俺は蓮。ここにいる優人と身体を共有している者だ。そして、みなありがとう! 俺の本当の真の名を思い出すことに成功した……」
「蓮。それって……」
「優人。ごめんな。俺は討伐部隊の人間ではないんだ。どちらかと言えばこっち側の人間さ」
「そんな……」
俺は、裏切るのが怖かった。もちろん、最上位クラスに来なくなった永井を救いたい気持ちはある。
だけど、それができないのは前からわかっていた。いつかその時が来るんだとわかっていた。
「俺の……。俺の本当の名は、バレン・アレストロだ!」
久しぶりにその名を叫んだ気がした。やはりこっちの方が慣れていて、すんなり言える。これで、俺は蓮としての役目を終えた。
終えたと思ったのに、周囲からの不穏な視線。俺は、それに耐えることができなかった。
もう、バレンという人物は存在しない。そう突きつけられているかのように……。誰もがこちらを向くどころか、隣席の人に話しかける信者。
この現実に俺の存在意義がわからなくなる。それが土台と基礎を失った城のように、ぐちゃぐちゃに壊れていった。
本日は大晦日!
このあとさらに2話出します!




