第31話 救世主と野良猫と信者
早朝。僕は乱雑になった布団に入って寝ていた。そうだ、夜中飛鷹に起こされて、総司令の方へ行ったんだ。
僕はグースカ寝ている蓮を無理やり起こし、これからのことを相談する。僕は眠気で記憶が曖昧で、無意識に返事していた気がしたからだ。
「蓮。僕たち……」
――『そうだな。今日から潜入任務だ。隼も一緒だからちと心配だけどな』
「隼さんも一緒?」
――『おん』
隼は精神年齢が低い。常人とはあまりにも差がありすぎる性格に、僕も蓮も疲れているが……。きっと理由があるのだろう。
――『とりあえず、総司令のところへ向かおう。なんか嫌な予感がするんだ』
「了解」
僕は服を着替えて総司令の部屋へ向かう。するとそこには、隼を引き摺りながら移動する怜音の姿。
隼は実際のところ朝に弱いらしく、秘策としてマタタビを使っているらしい――昨日の朝がいい例――が……。
「隼くんが止めなければサイン貰えたのに! いいからちゃんと歩いて!」
昨日飛鷹からサインが貰えなかったことに、怜音は怒っていた。その罰として、マタタビ無しでの起床を半強制的にされているらしい。
なんて自分勝手な理由。僕は、隼が可哀想に見えてしまい、彼の味方につこうと思った。
だけど、この距離感。どうも入りづらい。通路は完全に塞がれている。それもそのはず、隼は横倒しのまま怜音に引っ張られているから。
ここは、飛鷹に応援を要請するしか……。と思った時、偶然にも彼が歩いてきた。手には小説の本が握られている。
背表紙を確認すると、それは『転プラ』の第一巻だった。飛鷹は怜音の方へと向かっていく。そして。
「な、中谷先生。も、もし良ければ……これ……」
飛鷹はその本を怜音に渡した。怜音は『同じの持ってるから』と、遠慮がちだったが、飛鷹がページを開いた途端目の色が変わった。
「これは……」
怜音が僕の方まで届く絶妙な声で呟く。それに飛鷹は『ぼくのサインです』と返す。
「ありがとう! 大ファンで、発売当初からサイン本欲しかったから!」
「ど、どういたしまして……。よ、よよ、喜んで……くれて……嬉しいです……」
それよりも隼の状況を考えて欲しい。彼の手は怜音から離され、完全に寝転がっている。これでは何もできない。
すると突然。総司令の部屋の扉が開く。そこから出てきたのは……。
「三人して、何をしているんですか?」
「れ、麗華。ごめん……。直明先生から直筆サインもらって嬉しくて……」
本当に怜音は飛鷹――いや、直明先生が好きらしい。
「後ろを見てください。見世瀬さんが通れずに困ってますよ」
「い、いえ、僕は。何も……」
「総司令が早く来てくださいと仰っています。鳴海さんにはこれを……」
そうして出てきたのは、本日初登場のマタタビ。それも、隼が遊んでいるマタタビ草ではなく、マタタビの葉がついた木の枝だった。
「マタタ……ビ。もう。朝?」
「そうですよ。総司令は鳴海さんにも用事があるそうなので、これを持って目を覚ましてください」
「そうしれい……。総司令。行く!」
「よしよし」
ようやく覚醒した隼を連れて、僕は総司令の部屋に入った。最近総司令の部屋に入る頻度が多い気がする。
特に昨日から今日にかけてだ。僕はなぜこんなにも、総司令のもとへ行く必要があるのか、さっぱりわからなかった。
「おはよう。優人さん、隼さん」
「おはようございます」
「総司令。おはよ。マタタビ。消えた。新しいの。欲しい」
景斗総司令はマタタビを要求した隼に渡す。渡された彼は床の上で釣り上げられた魚のような動きをし始める。
僕はそんな彼から目を離し、総司令を見た。
「景斗総司令はあの後寝たんですか?」
「寝てないよ。最近はずっとだね」
「ずっと!?」
だけど、景斗総司令の目元に隈ができていない。至って健康的で、問題ないような容姿と返答。これはどういうことなのか。
「僕は寝る必要がないんだ。今はこれしか言えないけどね」
「寝る必要がない……。それって、身体的にもだいじょ……」
「総司令。元気。魔力。安定してる。精神面。安定してる。思考も安定。不具合なし。問題無い」
割り込む隼に僕は自分でもわかるくらい、ポカーンとした気持ちになる。彼は、もうマタタビに飽きたらしい。
「じゃあ、本題に入ろうか」
そう言ったのは総司令だった。
「例の魔生物信教、入信と潜入ですね」
「魔生物。信教。にゅうしん? せんにゅー?」
どうやら隼には知らされてなかったようで、首を左右交互に傾けながら、キョトンとした猫顔を披露する。
これが本当に可愛い。本物の猫のようで、愛でたくて仕方ない。その気持ちを破ったのは、やはり総司令だった。
「二人の入信手続きは済ませてある。あとは、潜入をすればいいだけだよ」
「ありがとうございます。ですけど、なんで隼さんも一緒なんですか?」
「そうだね。この前彼が残骸を食べてたの見てたよね?」
僕はその言葉に頷く。
「彼も残骸の依存性に対する耐性がある。つまり、潜入しても暴走はしないってこと」
「暴走……ですか……?」
「そう、強い瘴気を浴びた人は、魔生物感染症。すなわち、ゾンビ化現象を引き起こす。そうなったら、自我を失って暴走するんだ」
「怖い……」
ゾンビ化現象。名前だけが飛び交っていて、実際のところどのような症状なのかわからなかった。
だけど、症状を知った今、背筋に汗が滴り落ちる感覚がした。もし永井がそのような状況になってたら、ものすごく困ってしまう。
総司令はさらに続けた。
「今この第一部隊で強い瘴気がある場所に入れるのは、僕と優人さんと隼さんの三人。他は感染症を引き起こす可能性がある」
「それに、総司令はここを離れることはできない。消去法で僕と隼さんが選ばれたってことですね」
「うん。その通り」
その後。総司令は僕と隼にカードを渡した。黒いカードを傾けると、ふわっと模様が浮き上がる。
これは魔生物信教の会員証らしい。持ってるだけで、恩恵が得られるというものとのこと。どうもしっくり来ない。
「今から、君たちを魔生物信教の本部に移動させる。前に僕が行った時。非常に高濃度の瘴気で満ち溢れていた。気をつけるように」
「『はい』」
景斗総司令が空間魔法を使用する。そこからは黒いモヤが一気に流れてきた。そこを潜ると、真っ黒な神殿。
黒装束を纏う人で溢れていて、道を歩き顔を覗き込むと彼ら彼女らは目の生気を失っていた。
「隼さん。この人たち見て」
「わかった。確認。する。……見えない……。見えないなんで……」
隼の反応は、片桐さんが言っていたことと似ていた。夢が見えない。それはつまり、その人の情報が見えないことだ。
僕はもっと正確に結果が出そうな人を探した。しかし、全て空振りだった。壇上に誰かが上がる。
黒いローブに長く白い髭。年老いた見た目から教皇なのではと考えた。僕と隼は静かに席に座る。
「本日は、魔生物信教本部に起こしいただきありがとう。これより儀式の道具を配る。皆それを受け取りたまえ」
教皇(仮)がそのようなことを言う。配られたのは黒い塊。どう見ても魔生物の残骸だ。しかし、これに強く反応したのは……。
――『これも俺の……。あっちも俺のだ。一体いくつに分解したんだ。反応がビンビンくるぜ……』
(蓮。もしかしてここにあるの全部掻っ攫って食べるつもり?)
――『じゃなきゃ、何しに来たんだよ。くぅー。ヨダレが止まんねぇ……』
こうなったら、これ以上被害を出させないように全部奪おう。隼に信者の動き停止できるか聞くと可能とのこと。
それを利用して、信者の残骸の回収作業を開始した。
今年の単発更新は今日で終わりです。
皆さん良いお年を!!!(しかし更新はこれで終わりではない)




