第26話 鮭のムニエルと総司令命令
飛鷹の真実を知った怜音は、3分間硬直したままで食事が進んでなかった。よく見てみると、梨央も同様だ。
対してその事実を知っていた僕と、そもそも『転プラ』に興味がない瑠華さんは、無言で食べる組。
だけど、小学生でデビューした飛鷹は本当に凄い。有名人であるために、人との交流を避けてたのも理解できた。
「優人くんは、このこと知ってたの?」
ようやく硬直が解けた怜音が僕に質問する。僕は縦に首を振り、付け足してみる。
「今朝、景斗総司令から教えて貰ったんです。飛鷹君が『転プラ』の作者である櫻井直明先生であることを」
「飛鷹さんと、櫻井先生が同一人物だったなんて……」
怜音はまだ理解できてないようだった。その様子を見ていると、どうも食事が楽しくならなくて、食卓のムニエルが味気なく感じる。
試しにレモンソースをかけてみる。スプーンで掬うと、半透明になった。ムニエルにかければ、その存在感が消えてしまう。
フォークで小さく切って口に運ぶと、ほんのり酸っぱい感じがした。だけど、その酸っぱさはくどくなく、少しだけ甘みを含んでいる。
「見世瀬さん。お口に合いますでしょうか……」
「はい。とても美味しいです。これがむにえるって料理なんですか?」
「そうですよ。私の得意料理です」
麗華さんは最後に食べるということで、席から外れていく。次にチーズソースで食べてみようと思い、手を伸ばした。
チーズソースは思ったよりも重く、ムニエルにかけると全体を覆ってしまう。先にレモンソースをかけて正解だったかもしれない。
「飛鷹さんが櫻井先生……。なんで……。ボク絶対サイン欲しいんだけど!」
(これが、景斗さんが忠告した結果ってことね……)
「優人くん! ボク先生のところ行って……! あれ。亜空間が開かない……」
異変を感じたらしい怜音は、何度も試行を繰り返す。だけど、できないはずだ。なぜなら、入口でひっそりと気配を消している人が一名。
「怜音。お仕置。総司令命令。じぶん偉い」
「隼くん!? ちょっと魔法解いて! ボクはサインが欲しいんだぁー!」
「できない。怜音。絶対。邪魔する。先生。迷惑。じぶん。偉い。総司令。マタタビくれる。約束した」
理解しているのだか、していないのだか。隼は手を引かない。それにようやく折れた怜音が席に戻っていった。
「怜音。偉い。よしよし。マタタビ。貰ってくる。今日は。マタタビ草じゃない。マタタビの木の枝。貰ってくる」
「ボクの負け……か……。飛鷹さんが戻ってきてからサインもらお……」
「よしよし。怜音。いいこいいこ」
隼は怜音を慰めるように言うと、食堂から出ていった。数秒後。彼は木の枝をブンブン振って、走り回り出す。
麗華さんが『障害を持ってるのでは?』と言っていたけど、どうもピンと来ない。野性的で本能に忠実。
僕は彼をどの枠に入れればいいのか、わからなくなった。そもそも愛嬌抜群でみんなからペットのように扱われてる気がした。
でも、総司令の言うことは聞いている――それでもマタタビ必須だが。もっと彼のことが知りたくなった。
「怜音。怜音?」
「会場に行きたかったよぉー!」
「あはは……」
きっと今は、隼よりも怜音の方が子供だ。7歳も離れているのに、立場が逆転してしまっている。
夢中になるのはいいことだ。蓮も調子が良くなってきたみたいで、脳内の片隅で魔法研究を開始している。
どうも隼にリベンジをしたいらしく、脳内で暴れ回りながら妄想鍛錬中。僕の方が集中できないから、正直やめて欲しい。
だけど、蓮にとって良い相手ができたのは嬉しかった。今後僕も、色んな事件に巻き込まれて……。
「見世瀬さん。中谷さん」
僕は麗華さんに呼ばれて、食べる手を止めた。彼女は少し曇った表情をしていて、かなり重要なことなのがわかる。
「なんですか?」
僕は麗華さんに返し、理由を聞く。怜音も『まだ食べ終わってないんだけど』といいつつ、移動の準備を進めていた。
「その……。総司令がお呼びです。しかし、私としても許可を出していいのか……」
「わかりました。残った食事は僕の部屋に置いてください」
そう麗華さんにお願いをして、僕は食堂から出る。怜音はというと、リスのような顔で追いかけてきていた。
本日二度目の黄金扉。開けると景斗総司令が機械を操作していた。ようやく食べ物を飲み込んだらしい怜音が問いかける。
「総司令。なんで今?」
「ちょっと気になったことがあってね……。最上位クラスのメンバーは全員で五人。だけど、一人足りないのはどういうことかな?」
「……!?」
一人足りない。二度目の忘却対象になっていた、永井彩音のことだ。完全に存在を失っている。
「怜音さん。君にクラス担任を頼んだわけだけど。ちゃんと親族に事実は伝えた?」
「してない……です……」
「やはりね……。今君は担任としての役目を強制終了しかけている。その事実を身をもって覚えておいて」
景斗総司令の言葉に、怜音は縮こまった。完全に図星といっていいのだろうか。だけど、なぜ僕が呼ばれたのかがわからない。
すると、景斗総司令は機械の画面をこちらへ向けた。怜音に『これは何?』と聞くと『パソコン』だよと答えた。
パソコン。この箱型なのに薄い機械がそのような名前で、仕組みとしてはスマホの上位互換だろうか。
「君たちには見てもらいたいものがあるんだ。ちょっと再生するね」
「はい」
景斗総司令はパソコンを操作して動画を動かす。そこに映っていたのは、黒いローブを着た人たちだった。
『教皇様。新しく迎え入れた人がなかなか……』
『NFMがか?』
『そうです。かなり上質なものが取れると思うのですが……』
そこで、景斗総司令が動画を止める。ここで出てきた『NFM』という言葉。どうしても理解ができない。
彼はこれが〝魔生物信教〟内部の映像だと説明する。となると、上質なものとは何なのだろうか。
「景斗総司令」
「うん。ここからが優人さんへの本題だよ。ちょっと血液検査をさせて欲しいんだけど……」
「は、はい……」
景斗総司令は注射器をいくつか取り出し、僕の左腕に刺していく。そして抜き取ったものを総司令自身の身体に打ち込んでいった。
「うーん。ちょっと検査キットを出して……っと。人の血液型ってね4種類あるんだ。だけど、優人さんの血液はどれにも属していない」
「え? じゃあ、僕の血液はない?」
「そうなるね……。今の衰退した技術では特定はできないと思う」
景斗総司令はキットを使って、出た情報をパソコンに入力していった。それが落ち着くと、彼は。
「君の主な食事を変更しよう。優人さんの最初の任務を兼ねてね」
「ぼ、僕が初任務!? まだ2日目ですよ?」
「それなら、隼さんは初日に初任務をしたよ。任務時期に早いも遅いもないからね」
そう言って亜空間から取り出されたのは、真っ黒な塊だった。ウニとは違う。石のようにゴツゴツしている。
「これは……」
「魔生物の残骸。今日から優人さんには、これを中心とした食事をしてもらう」
「ざ。ざんが……」
言いかけたところを、脳内の彼が突っ切る。僕の視界はスクリーンに切り替わっていて、強制的に蓮が表に出る。
「なあ、それ。俺のやつだよな?」
「れ、レンくん!?」
「ん。おはよ」
怜音に挨拶をした後、俺は総司令の方へ歩く。そして、彼から残骸を取った。一口齧ると、濃く淹れたコーヒーのような苦味。
「総司令。いや、景斗。その依頼。俺が引き受ける」
「ふむ……。優人さん側ではなく。レンさん側が引き受ける……と……」
「なんか悪いか?」
だけど、この残骸。何かがおかしい。一つ食べ終わると次が欲しくなる。きっとこれは、依存性のあるものが混ざっているのだろう。
「わかった。レンさんに任せる。ただ、その残骸の依存性は、優人さんにも影響が出ることを念頭に入れておくように」
「わかった」
そうして、俺は総司令から魔生物の残骸をいくつか貰い、部屋へ戻った。




