第25話 氷の先のオーロラと真実
午前の訓練で疲れた僕たちは、少し気分転換にとある場所へ来ていた。提案したのは怜音で、これが非常に寒い。
全面氷の空間。怜音と星咲先輩は平然としているが、僕たちは震えていた。第一部隊にこんな場所があったなんて……。
「怜音。僕たちはどこに……」
「ボクのお気に入りの場所だよ。第一部隊の本部いちの絶景ポイントだね」
「絶景?」
そう言って、怜音はズンズン進んでいく。怜音ならわかる。彼は氷使いだから、寒い場所の耐性が強い。
だけど、なぜ星咲先輩が大丈夫なのかわからなかった。怜音に聞けば、常時体温を調節しているらしい。
人間の平熱体温は35度後半から37度前半。だけど、星咲先輩は平熱が一般人より高いとのこと。免疫力も桁違いなのだとか。
真っ直ぐ歩く一本道。後方では梨央と瑠華さんが、身を震わせながら付いてきている。僕も寒いけど、蓮のお陰で何とかなっていた。
「梨央。瑠華。諦めてもいいからな。ま、オレが手を貸せばいいだけの話だが……」
「そ、そそ、それなら……。す、少しでも、いいので、暖を取らせてください!」
梨央が滑舌悪く言った。星咲先輩が魔法を使っている様子はない。だけど、一人姿が消えていた。
「怜音。隼さんは?」
「ああ、彼なら入口で辞退したよ。隼くんは斬くんと相性が悪くてね。寒すぎるとすぐ風邪引くし、暑すぎてもダメだし……」
「そ、そうなんですね……」
そこは本当に猫なんだ。そう思って僕は立ち止まり入口を見る。ここに入ってから約30分。氷の道は階段状になっていて、上に行くほど気温が低下する。
「寒いわ……。ここ暖かい場所ないのよね?」
「基本的にはね。関東地区第一部隊は、日本で唯一全国的な対応をしている部隊。日本討伐協会の最後の切り札って呼ばれている」
「『最後の切り札』」
だから、訓練の数が多いのか。そう納得させるしかなかった。蓮は脳内で『表に出たくない』と言っている。
火属性魔法が使えれば、なんとかなるだろう。しかし、蓮は魔法を作るだけの気力がないらしい。
これは困った。僕も寒くて震えそうなのに、どちらにしても蓮に頼ってしまう。たしかに彼のお陰でなんとかなってはいるのだが……。
――『優人。大丈夫なのか?』
(うん。一応はね)
――『すまないな……。寒いのは苦手なんだ』
蓮はそう言って、奥の方へ隠れてしまう。直後、蓮が密かにかけてくれた加護が消えた。この加護は寒さを和らげるものだった。
急に身体が冷え出す。でも、問題はない。僕は攻撃魔法を除いた魔法なら、術式さえ分かれば使える。
試しに、無詠唱で蓮が使った加護を付与した。それでも劣化版なので、性能は良くないが……。
「もうすぐで着くよー」
「もうすぐですって? 終わりが見えないじゃない」
「あはは。ボクのお気に入りって言ったでしょ。本当にあるんだから。ね?」
やがて見えてくる亜空間の入口。いや、今いるのが亜空間の中だから出口だろうか。そこを潜ると、一面真っ白な場所に出た。
空を見ると、七色のカーテンが広がっている。だけど、何故だろう。寒い空間を歩いて来たからか、出た先が暖かく感じる。
「なんで寒くないんですか?」
「それはね。みんなには寒さ慣れの訓練を受けて貰ってたから。冬場の東北地区より上は雪深くて、非常に寒いんだ」
その後に、怜音は『ボクには関係ないけどね』とドヤ顔で言う。この七色のカーテンはオーロラと言って、北の寒い地域でも滅多に見られないらしい。
こんなもの見せられたら、我慢して良かった。振り向けば、瑠華さんも梨央も両目を見開いて、ジッと見つめている。
「午前の訓練はここまで、みんな昼食に行こう。また同じ道を通って、屋内の気温に慣れてからね」
怜音がそう言うと、また亜空間の通路を通って、第一部隊の本部に戻った。身体を慣れさせる。
そんな大事なことが、僕たちを支えているんだと思った。たしかに寒い環境に突然入ったら、体調を崩してしまう。
怜音の行動の正しさがよくわかり、僕たちを大事にしていると心から安心する。
それぞれで休憩を挟み食堂へ行くと、麗華さんが料理をしていた。今日から最上位クラスの食事は、全て彼女が用意してくれるらしい。
つまり、僕と飛鷹は休日平日問わず、全部麗華さんの手料理となる。まあ、バイトの日は別だけど。
「麗華さん。今日のお昼はなんですか?」
「そうですね……。先日漁師からもらった鮭が余分にあったので、鮭のムニエルでしょうか……」
「さけのむにえる……。知らないです」
僕はその料理がどういうものなのかわからず、あまりワクワクしなかった。ということで、先に他のみんなを待っていようと席につく。
すると、廊下から話し声が聞こえてきた。その声は梨央と怜音の声。麗華さんに『他の隊員は?』と聞くと。
「他の皆さんは、それぞれの本職へ出かけています」
と返された。みんな兼業をしているそうだ。そして、兼業をしていないのは、麗華さんと隼の二人だけとのこと。
隼は学校に行ったことがなく、非常に野生児で他人と同じ行動するのが苦手だそうで……。
「隼さんは?」
「彼ならマタタビ探しに行きましたよ。何やら、怜音に頼まれたのだとか」
頼まれたんじゃなくて、条件を付けられただけなんだけど。そう言いかけたのを飲み込んで、『そうなんですね』と返す。
「鳴海さん。あれでも12歳で、もう少し大人になってもいいのですが……。障害を持っているのか性格の問題なのか、特定の分野だけ長けてて他が劣っているのですよね……」
「それは……。そう思います」
「彼がマタタビ好きと知る前は、訓練にも参加しなかったのですよ? 最近はそこまで問題視されてないようですが……」
そう言って、麗華さんはパチパチと鳴る鍋の中に、白い粉をまぶした魚の切り身を入れていった。
銀色のトレーに乗せて冷ますと、今度は別の鍋でまた何かを作り出す。無駄のない動きは順調に作業を進めていた。
「優人くーん!」
突然名前を呼ばれ、ピクリと背筋が伸びる。後ろを振り向けば、梨央と怜音が立っていた。
「な、なんですか?」
「優人くんは今日なんの日か知ってる?」
怜音の質問の意味がわからないので、『わからないです』と答えておく。すると今度は梨央が……。
「今日は、あの2100年代一番売れた、『転プラ』第一巻の発売日。ですよね。中谷先生!」
「うんそうだよ」
どうやらこの二人は『転プラ』で意気投合したらしい。それはそれは、本当に良かった。と言ってる僕も最新話まで読んだけど。
「今日は、それを記念したイベントが地上波と配信でされる日なんだって! 中谷先生から聞いて初めて知ったけど」
「それは楽しみだね」
「『うん!』」
僕はここで答え合わせをしようと考える。今朝景斗総司令から教わったことを、怜音にも知ってもらうために。
食堂の六ヶ所に設置されているテレビ。全部一つのリモコンでつくので、それなりにうるさいけど、電源を入れた。
チャンネルを変更。画面はどこかわからないテレビ局の映像になる。
『皆さん長らくお待たせいたしました。これより『転生したら惑星管理者だった件』のイベントを開催します』
テレビの司会進行がそんなことを言う。それと同時に、料理が運ばれてきた。色鮮やかなオレンジ。綺麗な配色は食欲をそそる。
「ソースは2種類用意しました。チーズソースと、レモンソース。お好きな方を選んでください」
そう言われて、麗華さんはクリーム色のソースと、澄んだ黄色のソースを置く。とここで、テレビの映像に変化が起きた。
『では、作者挨拶に移らせていただきます。小学生の時にデビューした天才。櫻井直明先生です』
司会者がそう言って出てきたのは、どこかで見たことのある見た目。服装は先日桜ヶ咲オフィス街で買った服だ。
「優人くん。テレビに映ってるのって、飛鷹さんだよね?」
「すみません」
「え、なんで謝るの?」
怜音は固まったように食べる手を止めた。僕が――いや、怜音以外の第一部隊隊員全員が隠していたこと。それは。
飛鷹直哉が、『転プラ』の原作者であるということだった。




