第23話 ゼロから始める訓練生活
翌日。僕は全身の筋肉痛で目が覚めた。もちろん場所が慣れないこともあり、あまりよく眠れてない。
この筋肉痛は蓮のせいだ。彼は昨日の隼とのバトルでかなり無茶な動きをしていた。おかげで両手両足が重い。
僕は足を引きずりながらジョッキを探す。昨日引っ越しをする際。学生寮から持ってきたものだ。
「うぅ……」
――『ほんとすまん……』
「すまんじゃないよぉ……。一応筋肉痛の改善効果付き魔力水作るけどさぁ……」
――『本当にすまん……!』
僕に何度も謝る蓮。そんな彼こそ、意識の奥で楽してるのに。無理やり交代してこの痛みを味わってもらいたいくらいだ。
すると、誰かがドアをノックする。壁掛け時計を見ると、朝の4時を軽く過ぎている。早起きは得意だけど、やっぱり痛みで起きたのが悪かった。
「入ってください」
僕の言葉で扉が開く。入ってきたのは、怜音と隼だった。どうやら隼の勘で僕の体調に気付けたらしい。
「優人くん。身体大丈夫?」
「え、えーと……」
「レン。昨日。不自然。動き変だった。今優人。筋肉痛? 痛い? 平気?」
相変わらず隼の観察眼は異常だった。僕の状況を完全に理解している。怜音が『治療するよ』と言ったので、ベッドで横になった。
身体がどんどん冷えていく。それなのにどこか温かい。痛みも引いていき、不思議な感覚になる。
「終わったよ。これで筋肉痛も治ったと思う」
「ありがとうございます。だけど、これは一体……」
「ボクの本命はね。アタッカーじゃなくて、ヒーラーなんだ」
怜音はそう言って立ち上がった。隼は目をキラキラさせて、僕を見ている。その眼差しが本当に猫だった。
「優人。今日も腕。触っていい?」
「は、はい……」
僕は自分で袖を捲り隼に見せた。彼は左手で腕を持つと、右手で握って離してを繰り返す。そして……。
「肉。少し増えた。微々たるもの。だけど……。昨日。激しく動いた。いい運動。できてる。レン。凄かった。優人。頑張れ」
「あ、はい……」
「優人。魔力。凄い。レン。魔力消費。下手。じぶん、凄い」
いつの間にか自画自賛している隼。やっぱり、どこか可愛い。そんな彼を横目に怜音は亜空間を開いてゴソゴソしていた。
中から出てきたのは、乾燥させた草? それをヒラヒラさせて、隼の気を引く。
「隼くーん。マタタビだよぉー」
「ま、マタタビ……。じぶん。反省……。マタタビ、嗅ぎたい……。マタタビ……。マタタビ。マタタビ!」
そう言って隼は床に寝そべり、酔っ払ったようにクネクネし始める。どう見ても猫にしか見えない。より可愛さが際立った。
「優人くん。今日から第一部隊での本格的な訓練が始まる。それはわかってる?」
「はい」
僕は怜音の次の言葉を待った。少しして彼は、亜空間から別のものを取り出す。それは、一冊のノートだった。
「昨日、景斗総司令が書いた記録で、君の正式な指導係が決定したんだ」
「指導係?」
「うん。今ここにいる、鳴海隼くん。彼が、優人くんとレンくんの担当になったんだけど……」
怜音は少し不安そうな顔をして、隼の方を見た。まだマタタビの効果が続いているようで、ずっとクネクネしたままだ。
やっぱり、可愛い。蓮も『コイツが相手になるのか』と呆れ半分の言葉を漏らした。さすがにこの状態の隼は……。いや、考えないでおこう。
「隼くーん。マタタビ片付けるから退いてねー」
「やだ。嫌だ。もっと嗅ぎたい。マタタビ。新しいの。くれ!」
「そう言われても、訓練の時間だよー。マタタビ回収するからねー」
怜音はクネクネしている隼から、無理やりマタタビを取ろうとする。隼の顔は真っ赤に染まっていて、本当に酔っていることがわかった。
「はーい。回収回収♪」
「マータータービー! グスン……」
隼は涙目になって空中を掻き回す。そこもやっぱり可愛い。僕よりも年上なのだろうけど、年下に見えるくらいの愛嬌がある。
「君は今度から優人くんとレンくんの担当だから。みっちりお願いね」
「そしたら。マタタビ。新しいの。くれる?」
「あ、あはは……。わかった。指導毎にマタタビあげるから。条件として新しいマタタビ探し毎日ね。外ではマタタビ遊びをしないこと」
怜音が条件を言い終えると、隼は『わかった。やる』と宣言して、部屋から出ていった。そんな彼に、怜音は苦笑いをしている。
「隼さんはいつもあんな感じなんですか?」
「うーん。今までマタタビあげてなかったからね……。余計に効果を発揮したのかも」
「マタタビ……」
僕はベッドから降りて、身体の調子を確認する。怜音に治療してもらう前と比べて、ものすごく身体が軽かった。
僕は作りかけの魔力水を完成させ、一気に飲み干す。それから、景斗総司令手作りの訓練服に着替えた。
僕のベースカラー。正確にはパーソナルカラーを元にした色の服。同じものが10着あるから、乾いてない時でも安心できる。
「じゃあ、訓練場に行くよ!」
「はい!」
僕は部屋を出ると、訓練場に直行した。訓練場内に入ると、もう既に数十人が開始している。
ここの人のほとんどは、一回目の朝ごはんを食べているとのこと。
少し前までほとんど食べなかった自分が、大食いの群れの中で浮いて見えた。
「今日は。どっち? 優人? レン?」
「うーん。そうだね……」
隼の質問に怜音が考え込む。僕としては、レンの方をお願いしたいけど、怜音は『優人くんをお願い』と言った。
「優人。やろ。じぶん。手加減。する。優人。強い? 弱い?」
「え、えーと。わからない。です……」
「わからない? じぶん。わからない。優人。未知数。測れない。わからない。優人。魔法。使い慣れてない」
隼は怜音に『マタタビくれ』と言う。これで終わりなわけがない。怜音はもちろん拒否をした。
僕は自分を理解していない。それが、隼にはわかるのだろう。僕は蓮に従う以外、攻撃魔法は使えない。
だけど、この前の桜ヶ咲オフィス街と同じ状況になった際、蓮に頼りっぱなしも悪い。隼はまた涙目になっていた。
「隼くん。まずは攻撃魔法を使う時の感覚を掴んでもらうのはどうかな?」
「感覚。うん。乗った。優人。魔法使って、なんでもいい。なんでも大丈夫」
「は、はい……」
僕は得意な球体を作る魔法を使った。今はデフォルトなので水属性だ。水の球体は空中にプカプカ浮かぶ。
「優人。それ。形。変えて。剣。わかる?」
「は、はい。ちょっとやってみます」
僕は球体の形を変えようと、剣の形をイメージする。だけど、最終的に球体は破裂して、失敗に終わった。
「優人。どんな剣? イメージ力。大事。想像力。大事」
「え、えーと……」
「言語化。できてない。優人。剣。知らない。見本。見せる。普通の剣。作り方」
隼の周りに強い魔力を感じ取ると、彼の右手に一振の剣が出現する。脳内で蓮が『昨日見たやつと違う』と言う。
「これが剣?」
「普通の剣。作り方。簡単。刃だけ。意識する。両刃。片刃。どっちでもいい。両刃。融通効く。強い。真似して」
「あ、はい……」
僕は再び球体を作り、隼が作った剣と同じ形のをイメージする。思考の解像度が上がったのか、彼よりも小さな剣が出来上がった。
怜音がパチパチと手を叩く。僕も初めて剣の作成に成功したので、とても嬉しくなった。試しに振ってみるとカッコいい。
「短剣。いいね。次。それ。長くする。刀身。伸ばす」
「隼くん。剣の続きはまた今度にしたらどうかな?」
ワクワク感全開の隼に対し、怜音が提案する。そして、亜空間からマタタビを取り出して、隼に渡した。
隼はこのご褒美が嬉しいのか、すぐさま床に寝転がり、クネクネを開始する。本当にこれで良かったのだろうか。
訓練場の時計を見ると、次の朝ごはんの時間になっていた。たったこれだけの訓練でお腹が空くなんて。
僕と怜音は隼を訓練場に残し、食堂へ向かった。と思ったら、マタタビを振り振りしながら、隼は後ろにベッタリ。
やっぱり、隼は猫だった。




