第21話 とんでもわさびパニック!
景斗総司令の部屋を出て自室に戻っている途中、僕は嗅いだことのない匂いに釣られて食堂に来ていた。
奥の方で麗華さんがなにかをしている。僕はできるだけ驚かせないように、慎重に向かう。そこは台所で、麗華さんは丼にご飯を敷き詰めていた。
麗華さんの目の前には、40の器。一人でご飯を敷き詰めてることから、大変そうだと思う。だけど、ただ盛ってるだけではなかった。
空中に炊飯器。学食で見た事にある、スープを作るサイズの巨大炊飯器。見た感じ60人前はありそうだ。
「見世瀬さん。もうすぐ準備ができますので、中谷さんを呼んできてもらってもいいでしょうか。それと星咲さんも」
「え、えーと。部屋は……」
「中谷さんの部屋は見世瀬さんの部屋の右隣です。左隣が飛鷹さんの部屋ですね……。星咲さんの部屋の扉は炎のバッジが付いてます」
麗華さんの説明はわかりやすいようで、わかりづらかった。とりあえず、『わかりました』と言って、頼まれごとを済ます。
怜音の部屋は非常に寒かった。部屋全体に氷の像が並んでいて、楽しそうに彫刻中。何やら僕の像を作っているようだ。
「怜音。麗華さんが呼んでるんですけど……」
「麗華が? 時間確認させて」
「はい」
怜音はスマホを取り出して、時間を確認する。小さい声で『お昼だね』と言うと、七色のレースを像に被せて部屋から出てきた。
その後僕は怜音と一緒に星咲先輩の部屋へ向かう。最中、怜音はなかなか更新されない転プラの話をしてきた。
今転プラは一番いい所まで来ている。というのも、主人公の日々野一がもう少しで惑星管理局を卒業して次の転生先に向かうかもしれないシーンだから。
昨日は眠れず、結局最新話まで読んでしまったことは内緒にしておこう。
「今日更新日なのに、作者さんどうしたんですかね……」
「多分ストックが切れたのかもしれないね。ほら、書籍版の準備が忙しいって近況報告に書いてあったし」
「そうですね……。僕も気長に待とうかな?」
そうして、僕たちは星咲先輩の部屋に着く。ノックして扉を開けると、モワンとする空気が一気に雪崩れ込んだ。
エアコンはガンガン。熱帯みたいに湿度が高い。その真ん中では、星咲先輩がタンクトップで腕立て伏せをしていた。
一回するごとに一回手を叩く。今度は片手で。服を着ている時は見えない筋肉が、凄く逞しい。
「斬くん。隊長がお呼びだよー!」
「氷像! 今は話しかけるな!」
「ご、ごめん……」
一発でしょげこむ怜音。僕は『まあまあ』と慰めた。そんな時、後ろから気配がしてくる。振り返ると麗華さんがいた。
「星咲さん。他の隊員を呼びに行ってください」
「ったく。仕方ねぇな。わかった。その前にシャワーを浴びさせろ」
「承知しました。着替え用意しておきますね」
そうして、星咲先輩はシャワー室へ向かう。彼が帰ってきたのは、約10分後。食堂に戻ると、自主的に集合した隊員たち。
僕は何が出てくるか楽しみだった。麗華さんが二つ目に得意としているらしい浮遊魔法。僕たちの頭上ではズリズリ音を出すなにか。
目の前に置かれていく丼は、ご飯の白ではなく、茶色いヒラヒラがたくさん乗ったものだった。
僕の隣の席は怜音と飛鷹らしい。ただ、飛鷹は呼んでも来ないらしく、『どうしたものか』と星咲先輩が呟いた。
「優人。彼奴はいつからああなんだ?」
「昨日からですね……。桜ヶ咲オフィス街にある鮨屋で食事中にメールの通知音が響いて、すぐに走って帰ってたので……」
「そうか……。オレだったら許せねぇが……」
星咲先輩が麗華さんの方を見る。『隊長命令で行けねぇな……』とボヤくと、頭上のなにかが降りてきた。
「怜音。この茶色いのはなに?」
僕は最初に、すでに乗っているものに関して怜音に聞いた。怜音は『鰹節だよー』と答える。
そして目の前に来たのは、黄緑色の山だった。怜音は普通にそれを丼に乗っけて、食べ始めた。
「麗華さん。これは……」
「わさび丼です。中谷さんのようにして食べてください」
「わさび丼……」
僕は怜音の真似をして、丼にわさびを乗せる。少しだけ崩して食べてる彼を参考に、箸でほんのちょっと削ってご飯と食べた。
最初は大丈夫で自然と取るわさびが多くなっていく。だけど、だんだん鼻が痛くなってきて……。
「ん!? ん~!」
バチが当たってしまった。度を越した量を食べると、鼻にツーンと来て言葉が出なくなる。だけど、落ち着くと食べたくなってしまう。
これは無限ループだ。いつの間にか食べ切っていた丼を持って、二杯目を盛ってもらう。そして、鰹節を満遍なく乗せた。
麗華さんが新しく、わさびをすってくれる。それを乗せて、また悶絶して。それがものすごく楽しくて。
僕はもっと冒険したくなった。そんな時。怜音が亜空間からなにかを取り出す。それは、赤い輪切りにしたものだった。
「それは?」
「輪切り長ネギのキムチだよ。これをわさび丼に乗せると美味しいよ」
「へぇ。僕にもいいですか?」
僕は怜音からキムチをもらう。ご飯と鰹節、そしてわさびとキムチ。一緒に食べるとどうなるのか。
不自然に喉が鳴る。見ただけでも辛そうで、勇気が出ない。それでも、怜音は美味しそうに食べていた。
僕は目を瞑って一口食べる。すると、わさびのツーンとくる辛さと、それとはまた違うキムチの甘辛が見事に共鳴して、さらに無限ループ化する。
「これ病みつきですね!」
「でしょー。僕だったらご飯10杯はいけちゃうね!」
「中谷さん。それは明らかに食べ過ぎです」
麗華さんのド直球な返しに怜音は枯れた草のように垂れた。怜音は本当に食べる人だ。亜空間で上手く誤魔化して、現在6杯目を食べている。
他の隊員は『ご飯をもう一升炊いてくれー!』と言って、怜音に負けじと麗華さんを利用する。
彼女はそれを見越していたのか、亜空間から一升分の炊飯器を取り出すと、一括で盛っていく。さすがは隊長だ。
「星咲先輩は何杯目ですか?」
ちょっと気になったので聞いてみる。
「オレは今11杯目だ」
「じゅ、11……。やっぱり運動したあとだからですか?」
星咲先輩は『それもある』と静かに呟き、ご飯を食べ続ける。近くには赤いパッケージのふりかけが置いてあった。
遠視の魔法で確認すると、坦々味のふりかけ。気になったので少しもらおうとすると、星咲先輩は拒否した。
――『ったく。斬のやつバリアが堅いな……』
(うん、そうだね)
――『なあ。俺にもわさび丼食わせろ』
蓮がそういうので、交代。蓮になった途端、食べるスピードが早くなった。スクリーンで見ている僕でも追いつけない速度だ。
『優人くん。そんなに急がないで……』
怜音の意見も聞かず。好きなだけ食べて戻ってきた蓮。僕が表に出ると、急にお腹が苦しくなった。さすがに食べすぎだ。
「僕はここまででいいです。そういえば、午後は3時から訓練ですよね?」
「は、はい……! そうですけど、どうかなさいましたか?」
「その……訓練はどこでやるんですか?」
僕は思った疑問を麗華さんに伝えた。麗華さんは、『屋内訓練場でやります』と言う。
一人の隊員がそれに続くように『ここの訓練場はバチくそ広いぜ?』と言った。
名前はわからないけど、自慢したくなるくらいそうなのだろう。
「じゃあ、僕はもう一度飛鷹君を呼んできますね。そのあとは、時間になるまで部屋でゴロゴロしていようと思います」
「わかりました。ゆっくり食休みをしてくださいね」
「ありがとうございます」
そうして僕は、食器をシンクに置き自室へ戻った。
こんなに楽しい食事ができるなんて、やっぱり大人数で食べた方が食事はめちゃくちゃ美味しいんだなと、改めて感じた。




