第2話 魔力測定
怜音の発言を整理する。まず先に僕が考えたのは、第一次魔生物暴走事件を知ってるメンバーを集めたこと。
どちらにしても、過去と切り離す必要があって、多くの生徒が困惑の表情を浮かべる。
僕の場合は当時の様子をあまり良く知らない――気がついたら解決していたので、どう反応すればいいかわからないまま。
「今後1年以内に第二次魔生物暴走事件が発生する可能性が出てきてね……。ボクたちだけではどうも対処できない規模になりそうなんだ」
そう言われても、誰も想像することはできない。いや、想像できないのではない。想像したくないが正解だと感じた。
壇上の怜音は誰かを探す素振りを見せる。しばらくすると、3年生の列が騒がしくなった。僕もジャンプして確認するけど見えない。
ステージの前を歩く男子生徒。彼は、脇の階段から上がって、怜音の隣に立つ。長身でガタイのいい生徒は、赤い髪を揺らして前を向く。
「お前が探してたのは俺か?」
「そうだよ。星咲斬くん。というよりもなぜ最初から――」
「一応俺もここの生徒なんだぞ!」
星咲斬先輩。学校いちの嫌われ者で、それでも学校いちの最強魔法使い。彼と怜音はどうやら面識があるらしい。
会場の至るところから『なぜ星咲さんが?』やら『怜音と星咲さんの関係性が見当たらない』だとか。
この並びに違和感を感じる生徒がコソコソと話しだす。隣にいる梨央も同様で、合点がいかない様子だった。
「お前らの声は丸聞こえなんだよ!」
星咲先輩が声を荒らげる。するとザワザワしていた体育館内は一気に静まり返った。これが星咲先輩の威力なんだと、内心怯えてしまう。
「とりあえず本題に戻して。今回この事件の検証をしたのはボクと斬くん。そして、もう一人います」
そう言って怜音が紹介したのは、パープルピンクの髪をした美少女。その輝きに僕を含めた全男子生徒が目を奪われる。
「初めまして、怜音くんと同じ大学に通っている片桐夢乃です。皆さんよろしくお願いします」
「彼女は日本魔生物討伐協会の広報部もしているんだ。スマホでの討伐協会ニュース記事を書いているのも彼女。いわば中の人ってやつだね」
怜音の紹介にまた一段と男子生徒が騒ぎ出す。『いつも読ませてもらっています』やら『こんな美人が書いてたなんて』やら。
再び星咲先輩が注意するかと思いきや、片桐さんの不快顔一つで解決する。僕も思考を読まれてる気がして、妄想を停止した。
「なぜこのメンバーが揃ったかというと、戦闘員育成プログラムを始めるためなんだ」
「夢乃が討伐協会所属というのを知ったことで勘づいてるやつもいるだろうが……。俺と怜音。夢乃は魔生物討伐協会に関係する団体に所属している。そこでだ」
「わたしたちが責任を持って、指導を行ない。第一次魔生物暴走事件時代よりも優秀な隊員を育成することになったってわけ」
片桐さんの発言のあと、全生徒が周囲を見回す。あまりにも唐突なので、みんな状況を飲み込めてないようだ。
もちろん僕も例外じゃなかった。僕の場合は第一次魔生物暴走事件で何も役に立てず、今回も枠に入らないのではと……。
「では、1年から順に魔力測定をする。女子生徒は片桐の方に。男子生徒は俺と怜音のところに並んでくれ!」
星咲先輩の号令で学年順で縦一列に並ぶ。僕は緊張のせいか手汗が酷くなっていた。どうやって計測するのか。
前が見えない。横から覗いても遠すぎる。人の列は前へ前へと進み、ようやく自分の番がくる。
先に終わったらしい梨央はそれなりに嬉しそうだった。どのクラスに入ったのか知らないけど、満足してくれたならそれでいい。
「見世瀬優人さん」
「はい……」
僕は怜音に名前を呼ばれ、先頭に立つ。普段怜音は僕のことを『くん』呼びしてくるが、今は立場上指導者と生徒だ。
「じゃあ、優人くん。両手を出してボクの手を握って」
――『力を隠せ』
「ッ!?」
突然聞こえた謎の声。僕は主を探そうとしたが、どこにもいない。怜音は僕の動きに疑問を思ったのか、僕の肩をさすった。
「大丈夫。何があったのか知らないけど、自分を信じて」
「わかりました。手を握ればいいんですね」
「そうだよ」
僕は怜音の手を握る。彼の方から流れてくる魔力は非常に冷たかった。だが、段々と魔力の向かう方向が逆流する。
僕の魔力が減っていく。怜音の方へと流れていく。時間が経つに連れて、目の前の彼が汗をかき始めた。
「優人くん。君の魔力……。判定不可能だよ……」
「判定不可? それじゃあ僕は……」
「ちょっと待って、斬くーん! ヘルプー!」
怜音が何故か星咲先輩を呼ぶ。駆けつけたのと同時に、僕は星咲先輩の両手を握った。
星咲先輩の魔力は高温で、身体が火照り始める。そして、同様に魔力が逆流した。どういう原理でできてるのかは不明だ。
「オレでもわからねぇな……。とりあえず様子見として、最上位クラスに入れるとするか……」
「さ、最上位クラス……」
――『だから言っただろ。力を隠せと』
再び聞こえた謎の声。僕は改めて周囲を見回したが、やはり主はいない。だけど、その声はどこか懐かしかった。
最上位クラスに入ることを決め、僕は列から離れた。友達同士で結果を話し合い、喜ぶ人や悲しむ人。
僕は梨央を探した。僕自身、梨央を同じクラスがいいと、思っていたからだ。彼女は体育館の入口で頬をピンクに染め待っていた。
「梨央。お待たせ」
「全然。待ってないよ。そういえば優人。なんで星咲先輩とも? 担当は中谷先生だよね?」
「そ、それが……。測定不能になっちゃって……。2回やった結果……僕は最上位クラスに配属されることに――」
そこまで言ったところで、梨央は愕然とした表情を見せる。どうやら彼女は、僕よりも一つ下のクラスに配属されたらしい。
僕も梨央と同じクラスに入りたかった。その気持ちは間違いじゃない。だけど、2回も計測して最上位クラスに選ばれたなら、反論もできない。
「私。中谷先生に言いつけてくる!」
「ちょっと梨央!」
「だって、最上位クラスなんてあるの知らなかったから!」
それは誰も知らないことだと思うけど、僕が口出しするとエスカレートしそうなのでやめておく。
梨央は一直線に怜音の方へ走っていった。彼の方へ着くと、梨央は力強く抗議する。だけど、上手くいく予感がしなかった。
僕の目の前で必死に意見をぶつける梨央。身体を大きく動かして訴える姿は、本気で最上位クラスに入りたい思いの塊に見えた。
しかし、怜音もそれを否定も肯定もせず、優しく説明をしている。彼らの話は約10分間続いた。
少しだけ涙目になった梨央が僕の方へ戻ってくる。どうやら抗議に失敗したらしい。仕方ない、もう既に決まったことなんだから。
「ダメだった……」
「そうみたいだね。まあ、頑張ればきっと大丈夫だよ」
「だよね……」
梨央は小さく俯きながら、ポケットから水色のハンカチを取り出す。僕にそれを渡してきたので、代わりに拭いてあげた。
たったそれだけのことなのに、彼女の表情が少し和らいだ気がした。ハンカチを返すと、ほんのちょっとだけ笑ってくれた。
「全員の測定。振り分けが完了した。これにて解散とする。訓練は明日から、みな覚悟しておくように」
星咲先輩の号令で、生徒たちはバラバラになっていく。僕は梨央を慰めながら教室に向かった。
一斉に移動を開始したことで、廊下は混みあっている。そんな中でも、梨央と僕みたいに、友人を前にして泣く人や喜ぶ人。
教室に向かうに連れて、先に到着した人が逆方向へ進んでいく。教室の時計を見ると、下校時刻になっていた。
「梨央、本当に大丈夫?」
「大丈夫……じゃないかも。孤児院の時は私の方が上だったのに、何が理由でこの振り分けになったのか……」
「たしかに。全く役に……役にすら立てなかった僕が最上位クラスなんだもんね……」
僕の返答に再び梨央も目元が赤くなる。何をきっかけとしたのか突然背中を向けて、教室の入口の方へ走っていった。
「ごめん。優人。今日は別々で帰ってもいい?」
「い、いいけど……」
「ありがと。優人も最上位クラスで頑張って、応援してる」
梨央がそう呟くと、僕たちは解散した。




