第18話 ウニ丼と総司令
鮨屋で三人だけになった僕たちは、これからどうするか相談することになった。
二人は街をあまり出歩かない僕を、どこかへ冒険させたいらしい。
麗華さんがタブレットを操作する。『何してるんですか?』と聞くと、『見世瀬さんがウニ丼を美味しそうに食べてたので』と一言。
たった一口食べただけなのに、そんなに美味しそうだったのだろうか。麗華さんがウニ丼を追加注文する。
「ぼ、僕そんなにお腹空いてないですよ……!」
「でも。顔が食べたいと言ってますよ」
「そ、そんな……」
麗華さんが空気中に出現した歪みからなにかを取り出す。それは、黒くトゲトゲした塊だった。
「店員さん、少々よろしいでしょうか」
「はい。なんでしょう……。って、ウニですか。まあ。これは新鮮で中に身が詰まってそうなくらい良いウニですね……」
店員さんは、麗華さんが持つトゲトゲとした物体を〝ウニ〟と言った。もう一度思い出してみる。
ウニはオレンジ色の柔らかくて独特な風味を持つ食べ物だ。だけど、麗華さんが持っているのは、同じものに見えない。
「見世瀬さん。見ててください」
「は、はい……」
麗華さんは、ウニの下にある穴に指を入れて、パッカリ割った。この穴はどうやら口らしい。
半分になったものを見ると、中には丼に乗っていたオレンジ色の身が出てきた。外が黒いのに中がオレンジなのは、驚きしかない。
「さっき注文したウニ丼ですが、私が用意したウニを使って貰えますでしょうか。彼に、新鮮で取りだし立てのウニを、食べさせてあげたいので」
「も、もちろんです……! 食材提供ありがとうございます!」
「いえいえ」
店員さんは麗華さんが用意したウニを持って、厨房へ消えていった。だけど、なぜ麗華さんはウニを?
怜音は空間魔法の特性について説明する。空間魔法による歪みは、別名亜空間というらしい。その亜空間は使い方次第でかなり有能だそうだ。
「私が用意したウニですが……。去年の夏に水槽から取り出したものです」
「きょ、去年!?」
「ええ。ですが……亜空間の中にある以上、鮮度に問題はありません。安心して食べてください」
安心できるわけが無い。僕は食べるのを辞めようかと考えた。しかし、厨房からはウニの話題による明るい声が響いている。
「お待たせいたしました。追加のウニ丼です。お客様がお持ちになったウニ。こちらで試食させていただきました」
「ありがとうございます。お味はいかがでしたか?」
「それはそれは、とても美味しかったです。今後も提供していただけると、商売として励みになりますよ」
店員さんは嬉しそうな顔をして、『どうぞ』と僕の前へ押してくる。亜空間で保存されてたなら大丈夫。そう思って食べるしかなかった。
「い、いただきま……」
――『それは俺のもんだ!』
「ちょっ!?」
脳内で流れる蓮の爆音。麗華さんも怜音も店員さんも、みんなビクリと背筋を伸ばす。
僕は考えた。これを僕が食べるなんて、まだまだ早い。ここは蓮と交代して蓮に食べて貰った方がいい。
(わかった。交代しよう)
――『サンキュ!』
(その代わり、僕のフリをして食べてね)
それだけ条件を言い。僕は自分の意思で交代する。気づいた時には、大きなスクリーンの前に立っていた。
――『改めて……いただきます……』
蓮が自我を殺して僕の真似をしている。通常の彼なら、勢いよく食べるだろう。だけど、一口ずつゆっくり食べている。
僕の方には味の感覚がしない。だけど、蓮が美味しそうに食べるから、麗華さんがまたタブレットを操作し始める。
蓮の一口は少しずつ大きくなっていく。そして、最後の一口だけ残して、こちら側に戻ってきた。
(なんで戻ってきたの?)
――『いやだってさ。俺が食べて思った感想と、オマエが思った感想に食い違いあったらやべぇだろ?』
(たしかにそうだけど……。じゃあ、最後は僕が食べるよ)
蓮が頷く。僕が表に出ると、蓮と同じペースを意識して食べた。ほんのり甘いのが口の中に広がっていく。
「ご馳走様でした」
「お味はいかがでしたか?」
「ものすごく美味しかったです。だけど、これが2500円なんて、もっと高くてもいいのに……」
麗華さんは『そうですね』と答えた。丼の内側にはたくさんのご飯粒。僕は備え付けのスプーンで綺麗にかき集め、口の中に放り込んだ。
「本当によく食べますね……。見世瀬さんのことは星咲さんからも、総司令からも聞いております」
「総司令? 景斗総司令が僕を知ってるんですか?」
「ええ、見世瀬さんの名前が挙がった時。それはまるで、お子様のようにはしゃいでましたから」
その言葉に僕は『景斗総司令は何歳なんですか?』と聞いた。すると割り込む怜音が『133歳だよ』と言う。
今は医療が衰退して、人が生きられるのは80歳までと言われている。
かつては100歳時代とされていたが、これも魔生物による被害の影響らしい。だけど、景斗総司令はかなりの歳だ。
そんな彼が〝子供のようにはしゃぐ〟? それが想像も出来なかった。怜音がスマホを操作する。
表示させたのは一枚の写真。そこには、少年が写っていた。怜音はその少年のことを『宮鳥景斗総司令だよ』と言う。
「この少年がですか?」
「そう。133歳に見えないでしょ」
「は、はい……。ものすごく……若いです……」
僕は正しい返答が上手くできなかった。この景斗さんが討伐部隊を支えている。どう考えても僕と同年代だ。
年齢にしては、子供っぽさが残る容姿。彼に会いたい気持ちと、少し控えておきたい気持ちが交錯する。
「明日、第一部隊本部に着いたら、見世瀬さんと飛鷹さんには総司令に会ってもらいます」
「僕が総司令と?」
「はい。総司令もきっと喜んでくれると思います。彼が言うには、見世瀬さんと会うのは15年ぶりだとか」
15年ぶり。さすがに覚えているわけが無い。だけど、景斗総司令は幼少期の僕を知っている。
僕の記憶は複雑に絡み合い。そして、多くの謎がある。僕が思い出そうとしても、鍵がかかっていて引っ張り出せない。
「優人くん。会うの楽しみだね」
「う、うん……。そうだね……怜音」
そんな時、外が騒がしくなる。怜音と麗華さんは、急いで食事を終わらせると、外へ駆けていった。
麗華さんの右手にはスマホ。それで支払いを終わらせるところを見ると、ミスの少なさがよくわかる。無銭飲食は絶対しないタイプだ。
「見世瀬さんは下がって!」
麗華さんがそう叫ぶ。様子が気になり外へ出ると、黒い瘴気を纏う獣で溢れかえっていた。
(蓮、これは?)
――『間違いない。魔生物だ』
魔生物というものは、自我を持っていない。本能のままに人里を襲う敵だ。僕は蓮にどうするか聞いた。
麗華さんと怜音は戦闘態勢に入っている。氷の冷気と、無数の刃。それが魔生物に向かって飛んでいく。
これが討伐部隊。僕は本当に凄い場所へ入るんだと改めて感じ取る。バトルが始まって少し経つと、怜音がスケートリンクを生成した。
氷を滑りながら剣で切り裂いていくのは、ものすごくかっこいい。そこで脳内で蓮が囁いてることに気づく。
(蓮なに?)
――『もう一度俺と交代しろ。これくらいなら俺一人で十分対応できる』
(け、けど……)
蓮の気持ちはわかる。だけど、僕の正式入隊は明日だ。このタイミングで、しかも隠しておかないといけない蓮が戦うなんて……。
――『別にバレてもいいだろ?』
(で、でも……!)
――『優人はこの国が好きか?』
え? 僕の思考が停止する。この国が好きか。僕はあまり好きじゃない。だけど、守りたい人はいる。
――『じゃあ決まりだな。俺と代われ』
(わ、わかった!)
僕は再び蓮と交代した。彼から溢れ出る闘気は僕の方まで響いてくる。戦いたい、その獣のような衝動に駆られ、燃えていくなにか。
そして――。
「魔力全開放! ここからは僕の戦場だ!」
蓮は、僕の身体から発せられるような声とは思えない、とても低く鋭い声で吠えた。




