第16話 レッツイメチェン!
訓練が始まって最初の休日。僕と飛鷹は怜音に呼ばれていた。今日は僕たちに大事な用事があるらしい。
普段着を着ている飛鷹に対し、普段着を持たない僕は制服で歩いている。向かった先は、桜ヶ咲オフィス街だった。
「優人くーん! 飛鷹さーん! オッハヨー!」
「おはよう怜音」
「お、おはようございます……。中谷先生……」
飛鷹が物凄く縮こまる。さすがに、怜音の威勢の良い挨拶は強烈だったか……。僕は飛鷹を慰めながら、目的地へと移動する。
ショッピングモールが併設されているらしい桜ヶ咲オフィス街は、若者たちでとても賑わっていた。
歩く足が非常に重い。今僕は場違いな場所を歩いている気がした。もちろん、飛鷹も身体を細くして、トボトボ……。
かなり強ばった動きをしていて、似た人がいることに親近感が湧いた。
――『ここすげぇな!』
(ちょっと蓮……)
僕は違和感がないように、思考内で会話する。妙に口が開きかけるが、頑張って押さえ込んだ。
やがて、目的地が見えてくる。入口のショーケースには、カジュアルな服が飾られていた。バリエーションも豊富だ。
しかし、僕に似合うとは到底思えない。こういう服なんて着たことがないからだ。小学校の時どんな服装だったかも忘れた。
「お邪魔しまーす!」
怜音が大声で入っていく。僕と飛鷹も中へ入ると、一人の女性が顔を出した。髪はどこかで見た事のある金髪だ。
「予約していた中谷怜音です」
「あら、いらっしゃい。中谷さん、いつもありがとね」
「いえいえ。ここにはいつもお世話になってるので」
店内には、沢山の服とメイク道具が展示されている。僕はメイクなんて女性だけがするものだと思ってた。
しかし、この店には男性向けコスメまで売られている。怜音がなぜここに連れてきたのか、余計にわからなくなってしまう。
三面ある壁には、大きく『コスメ〝彩〟』と書かれていた。そこから考えると、今目の前にいる女性は……。
「見世瀬優人さんと、飛鷹直哉さんね。初めまして、永井ミサト、と言います~」
「ながい……ミサト……。もしかして、彩音さんのお母さんですか?」
「ええそうよ。ただ、最近あの子調子悪いみたいでねえ……」
ここでようやく思い出した。木曜日も金曜日も訓練に参加しなかった、永井彩音。
瑠華さんの対応が原因か、自然と彼女から距離を置いていた。それが、問題になっていることだと、実感させられる。
「永井さんは今……」
「木曜日辺りから部屋に篭もりっぱなしねぇ……。アタイが話しかけても、耳すら貸してくれないのよ……」
「お母さんですら……ですか……」
僕は永井と距離を置いていることに、罪悪感を覚える。この場に瑠華さんがいないことが幸いか……。
きっと彼女がこの場にいれば、永井の母親ですら敵に回してしまう。そうならないだけ、いくらかマシだろう。
――『厄介なこった……』
(だね……)
蓮がそう思うのも仕方ない。彼もこの状況を理解しているはずだ。なぜなら、僕が反応する前から、僕と同じ世界を見ているから。
「それにしても最近物騒ね……」
「物騒?」
「ええ、ここしばらく、テレビが正しく機能しないのよ……。彩だけじゃなく、この場一帯のテレビ全て」
ミサトさんがテレビの電源を入れると、コスメ彩の宣伝広告が流れ始めた。そこには、綺麗なドレスを着た、笑顔満点の永井の姿。
だけど、僕たちの前でこんな笑顔を見せてくれなかった。自分たちの行いが、彼女を追い詰めていたのかもしれない。
それから数十秒後。突然、画面が真っ白に染まり、黒いローブを着た男性が映り込む。背景は真っ白で、異様な映像だ。
〝我が魔生物信教は――〟
男性がそのようなことを語り出す。彩の広告ではないのは明らかだった。僕は、この広告の正体を怜音に聞く。
「怜音。これは……」
「最近日本中を騒がしている、違法宗教団体の広告だね……。討伐協会にも『早急な対処』願いが増えてるよ……」
「そうなんですね……」
僕は蓮にも聞いてみた。すると彼は、小さく『俺の過去に直結するから話せない』と言う。
蓮と魔生物信教に何の関係があるのだろうか。ミサトさんが無言でテレビを消し、『さて、本題に入りましょ』と切り替える。
「ほ、本題って……な、なんです……か?」
無言を貫いていた飛鷹が、問いかける。すると、怜音がニカァとわらって、今度は店の奥を指さした。
「今日は、優人くんと飛鷹さんのイメチェン日だよ。今の状態ではボクが会わせたい人に迷惑だからね。ビジュ良くしたいじゃん?」
急にチャラチャラし始める怜音。そんなに、イメチェンが必要なのかと呆れてしまう。
僕と飛鷹は揃ってメイク室に案内された。見た事のないくらい大きな鏡。クルクル回る回転椅子。
ミサトさんが出入りを繰り返し、カラフルなカードを持ってきた。これがイメチェンに関係あるのだろうか……。
「まずは飛鷹さん。椅子に座ってちょうだい」
「は、はい……!」
飛鷹が椅子に座る。真後ろから見ても、彼の身体は上下に揺れていた。その動きで、僕も緊張が高まってしまう。
「まずは、イエベの春からねぇ」
「い、イエベ……。イエベって……」
「イエローベースの略。春は暖色の中の明るい色を揃えたカラーよ」
そう言いながらミサトさんはカードをめくっていった。明るい桜色。濃い桜色。明るい水色、暗い青。
この時のミサトさんは、とても楽しそうだった。しばらくすると、その手が止まる。
「うん。飛鷹さんはこの色がお似合いね……。ブルベの夏。爽やかな色合いがちょうどいいねぇ……」
「ブルベ……ブルーベリー……?」
「そうじゃないよ。ブルベは寒色。爽やかな人肌色が似合う人のことよ」
どうやら、ブルベはブルーベースの略らしい。飛鷹は水色などの明るい青系統が似合うようだ。
「お父さん! こっちへいらっしゃい。飛鷹さんをコーディネートしたげて!」
すると、奥から細身の男性が来た。名前はヒロシというようで、彩音の父親とのこと。飛鷹は彼に連れられ、メイク室を出ていく。
どんな服装で登場するか、それだけが気になり僕も外に出ようとすると、後ろ襟を掴まれてしまう。振り返るとギラリと光る目。
「優人くん。次は君の番だよ?」
「は、はひぉ……」
自分の口から声にならない声が出る。怜音に引き摺られ、椅子に無理やり座らされた。ミサトさんの目も怖い……。
「じゃあ、カラー選びを始めるよぉ~。見世瀬さんはどれが似合うのかしら?」
ミサトさんは飛鷹にやったことと同じことをする。イエベの春。ブルベの夏。戻ってイエベの秋。ブルベの冬。
素人の僕はどれも似合わないと思ってしまう。それは、ミサトさんも同じようだった。けれど……。
「見世瀬さんは飛鷹さんよりも色白ね……。血色が悪いようにも見えるけど……」
「僕の血色……そんなに悪いですか?」
「いいや。これが例外もあるのよ。デフォルトでこの白さなら、なんでも似合うかもしれない……」
ミサトさんは、一人メイク室を出ていく。そして持ってきたのは、とてもシックな橙色のニットだった。
『試しに着てみてちょうだい』と、ミサトさんが言うので、僕は着替えてみる。いくらシックでも、暖色の橙は似合うはずがない。
しかし、いざ着るとどうか。真っ白だった自分の顔は、下からのカラーライトでオレンジに光る。まるで、息を吹き返したような。
「着替え終わりました」
「はいはーい」
僕の合図でミサトさんが入ってくる。
「思った通り。アナタはどの色も似合うオールベース、言うなれば〝ニジべ〟だけど、その中でもイエベの秋が合ってる」
「僕が、イエベの秋……。でも、僕は12月生まれですよ?」
「うふふ。カラーベースに生まれ月も季節も関係ないのよ。春生まれでも冬が似合う人がいるくらいよ」
そう言って、ミサトさんはまた部屋をで行く。しばらくして僕は、秋色の服を色々試して、たった一つの組み合わせ探しを始めた。




