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第11話 崩壊寸前(もうしてる)のクラスと暗転

第11話

 午前の訓練はグダグダで終わった。不満の渦から抜け出した神代瑠華さんは、とりあえず参加。


 対して、そんな瑠華さんに注意されていた永井彩音は、無言で退室していて、結局生徒4人での訓練となった。


 もう既に最上位クラスはバラバラになりかけている。現実と事実をしっかり受け入れれば済む話なのに、永井は自己中心的な人だ。


「みんなお疲れ。神代さんは操作技術が向上してるね……。永井さんへの注意も冷静でしっかりしてたし、リーダー気質なのが現れてる気がするよ」


「ありがとうございます。中谷先生」


「どうも」


 怜音はいつの間にか取り出していたノートに、今日の成果を書いていく。僕はそれを見て、永井と梨央以外のメンバーが上達傾向にあることを知る。


「ここの訓練……。どれも難易度高いね」


 と梨央。僕は『そうでしょ』と答えた。ここより下の訓練を知ってる梨央にとって、最上位クラスの訓練は単純で難しいらしい。


 単純なほど難易度が上がるのは、ここで初めて知った。当たり前のようにやってきたことさえ、高く設定することができることに。


「ぼ、ぼくは……どうでしたか?」


「うん。そうだね……。飛鷹くんも魔法のコントロールが上手くなってる気がする。あとは、威力調整くらいかな?」 


「い、威力……調整……」


 飛鷹はもう次の課題を提示されている。僕も聞きたいが、プロクラスに昇格した僕の改善点はあるのだろうか?


「優人くんは……。言う事なし。だね……。ただ、午後にする斬くんとの勝負には不利かな?」


「やっぱり。攻撃魔法がないから……ですか?」


「そうだね……。水属性の派生である氷使いのボクなら、応用技を教えることができるけど……。どうする?」


 応用技。僕に使えるのだろうか。たしかに水と氷は似ている。だけど、質量とかが違う。僕が真似できるはずがない。


 ――『もしもの時は俺がやる』


 脳内再生される声。その自信に満ちた言葉に僕は従うことを決める。声の主は『教わる必要はない』と答えた。


「大丈夫です。勝てます」


「その根拠は?」


「わからないです。でも、そんな気がします」


 僕の回答に、怜音は『わかった』と返し図書室を出る。僕と梨央。瑠華さんに飛鷹。怜音の五人で学食の方へと向かう。


 その道中。午後の対戦相手である星咲先輩とも合流した。六人という大人数に、他の生徒が道をあける。


「なんか、大変なことになっちゃったね」


 そう梨央が言う。たしかに、学校ランキング一位で、赤髪王子の星咲先輩がいる時点で大変だが……。


 学食前の道は空いていて、すんなり入ると、全員座れる大テーブルを陣取った。


 怜音から何を食べたいか聞かれたので、昨日スープだけ飲ませて貰った〝とんこつラーメン〟にする。


「じゃあ決済方法を説明するよ」


「けっさい? けっさいってなんですか?」


 怜音は自分のスマホを左手で取り出し、右人差し指で指さす。それでも僕は意味を理解できなかった。


 梨央が小声で『スマホ貰ったでしょ?』と呟き、僕はスマホをポケットから出した。これでどう支払うのだろうか。


「優人くん。ちょっとスマホ貸して」


「は、はい……」


 僕は怜音にスマホを貸す。彼の手元を見ると、素早く画面が切り替わっていった。画面上部には四角い模様と縦縞模様の二つ。


「上のがバーコードで、下のが二次元コードね。このどちらかを店の人に見せれば、支払うことができるよ」


「あ、ありがとうございます……」


「どうも。ボクもとんこつラーメンを食べるから、一緒に行く?」


 怜音の誘いに僕は頷く。ラーメン屋でとんこつラーメンを購入し、出来た品をテーブルまで運んだ。


 その頃には梨央も飛鷹も瑠華さんも。そして、星咲先輩も思い思いの料理を運んでくる。


「それにしても……。今日の優人君……凄かった……」


 飛鷹が一言そう言う。


直哉(なおや)くん。優人って普段からそうなの?」


 そういえば、飛鷹の下の名前は『直哉』だったはず。いつも彼を苗字で読んでたから、下の名前を忘れていた。


 男の子にしては長いショートヘア。少し青みのかかった黒色。瞳は綺麗なダークグリーンという、少し落ち着いた彼。


 当たり前に生活していると、忘れてしまうことも多い。もっと、相手を知った方がいいと、僕は反省した。


「ゆ、優人……君……は。いつも、凄い。身体……大丈夫か……心配だけど。それなりに、丈夫だし。かっこいい。ぼくの憧れの先輩」


「だって、優人!」


「り、梨央……。恥ずかしいよ。僕が飛鷹君にとって憧れの先輩だなんて……」


 梨央は『いいじゃん!』と返したが、かなりのプレッシャーになっていた。自分がどれだけ未熟か。わかっているけど弱い。


「それはボクも同感だね。優人くんはバイト先だと、ものすごく働き者になるんだ。実際バイトリーダーもしてるしね」


「優人がバイトリーダー!? 凄いじゃん!」


「だから梨央……」


 褒められっぱなしで顔が熱くなる。僕はただ、自分ができることをしているだけ。たったそれだけで、どこも凄くない。


 バイトリーダーであっても、僕の給料は時給ではなく出来高。貰える額が本当に少ない。


 怜音から通帳を借りたので、これからは食事や衣服には困らないだろう。それでも、お金のない生活の癖が出るかもしれない。


「優人くん! 麺のびてるよ!」


「れ、怜音……箸が危ないですよ!」


 注意するのがいいけど、箸を向けられ僕は後ろに退く。星咲先輩も『氷像。行儀悪いぞ!』と警告した。


 星咲先輩って、怜音のことを氷像(・・)って呼ぶんだと初めて知った。僕はその理由を聞くことにする。


「星咲先輩。なんで怜音のことを氷像(・・)って呼ぶんですか?」


「ん? ああ。此奴、オレが入ってくるまで、第一部隊の本部に氷像を並べまくってたんだ。総司令も怜音は遊びすぎだって言ってたな……」


 その時から、星咲先輩は怜音を氷像と呼ぶようになったらしい。


「元々総司令は怜音を副隊長にする予定だったらしい。ただ、此奴は自分で自分の評価を下げた結果、上層部に上がれなかったってことだ」


 つまり、自業自得ということらしい。そして、怜音の後に入った星咲先輩が就任したそうだ。


 そんな当の本人は、小さな口でラーメンを啜っている。過去を掘り返され、反省しているんだかいないんだか。


「怜音にそんな事があったんですね」


 ここは聞かなかったことにして流しておこう。僕は自分のラーメンを食べ始める。


 とんこつラーメンのスープが、昨日より濃い気がした。そして、麺を啜るのが、かなり難しい。


 そんな僕に瑠華さんは『吸う力を鍛えなさい』と言う。それには梨央も飛鷹も同意見のようで、小さく頷いた。


 昨日の夜食べたいくら丼がどれだけ食べやすかったか。麺類の難しさを知り、僕は必死になって吸い込む。しかし……。


「ゲホッ!!」


「優人、大丈夫? もしかして器官に……」


「う、うう(うん)……」


 僕は誰かが用意した水を飲む。魔力を感じない普通の水で、僕としてはなんだか物足りない。


「焦るとまた噎せるから気をつけて」


「とか言う中谷先生は、昨日お昼に食べながら指導してたじゃない」


「うっ……。神代さん。それは無かったことに……」


 怜音の言い訳に瑠華さんは『撤回はしないわ。生徒に失礼な悪い見本だもの』と言い、蕎麦を食べていた。


「ところで。見世瀬。お前は午後の勝負に参戦してくれるのか?」 


 星咲先輩が質問をしてくる。僕はそれに小さく首を縦に振った。

 

「はい。自信はないですけど……。頑張ろうかと……」


 僕はそれに答える。緊張しているのか、自分でもわかるくらい声が震えていた。

 

「そうか。手加減くらいならしてやるが……。オレの手加減も甘くないぞ?」


 ――『手加減はなくていいだろ?』 


「(うんそうだね)手加減は無しでお願いします」


 脳内に響く姿無き声に従う。それに星咲先輩は両目を見開いた。

 

「正気か?」


「正気ではなく。本気です。全力で相手をさせてください」


 自分が何を言ってるのか、途中わからなくなる。相手は学校内最強。僕はただ、声を頼りに返答しているだけ。

  

「わかった。手加減はしない。ただ、お前も死ぬ気で来い! わかったか?」


 こうして昼食の時間が終わり、外の訓練場にみんなで移動した。今回の昼食では、永井の話は一切出なかった。


 僕は悩みながら歩く。きっと永井にも隠していることがあると思ったから。昨日の夜の怜音みたいに、話してくれるだろうか。


 もうすぐ訓練場に着く。気合いを入れ直そうと深呼吸をした時。僕の目の前が真っ暗になった。

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