第10話 朝の怒号
翌日。僕は珍しく寝坊した。目覚まし時計を確認すると、時刻は登校時間ギリギリ。飛鷹の姿はどこにもなく、一人取り残された。
昨日の記憶なんてあっという間で、ほとんど覚えていない。ただ印象に残ってるのは、片桐さんの寝顔と怜音の涙くらいだった。
「急いで着替えないと……」
僕は自分の洋服掛けから制服を外す。掛けられていた学ランは、誰かがシワ伸ばしをしてくれたようだ。
昨日、突然誘われたので制服のまま出発。洗うのを忘れていたと思ったけど、誰かが洗濯していたらしい。
正直飛鷹のはずがない。彼は帰ってすぐ着替え、人の気配がないうちに洗ってしまう。昨日はたしか制服を持って夕食に向かったはずだ。
つまり考えられるのは怜音しかいなかった。とりあえず心の中で「ありがとう」と言っておく。
着替え終わり学校の鞄を持つと、エレベーターを介して玄関へ向かった。そこには、ちょこんと座り込む飛鷹の姿。
「おはよう」
「おはよう……優人君。怖かったよぉ……」
どうやら飛鷹は人が出てくる前に玄関へ行き、僕が出てくるまで待っていたとの事。人の圧に負けて、萎れたように垂れている。
「無理して待たなくても良かったのに……」
「だ、だって……。優人君がいないと……、ぼくの朝って思えない……から……」
「……それは……僕もそうだけど……」
飛鷹はゆっくり立ち上がると、外へ出ていく。僕も外靴に履き替えて、寮から出た。外はもう人がいない。
他の寮生はかなり遠くへ行ってしまったかもしれない。僕は隣を歩く飛鷹の様子を確認した。
「飛鷹君。今日はあまり……」
「う、うん。調子悪いかも……。魔力操作に影響がなければいいんだけど……」
「そうだね。僕もどれくらい寝れたかわからないから。今まで以上に集中しないと」
怜音から言われた言葉。『明日、入隊試験をするから覚悟してね』と取れる発言。僕はまだその覚悟ができていなかった。
「優人君……。昨日……夜……いなかったよね?」
「ちょっとね。怜音に呼ばれて外出してた。帰ってきた時はたしか……飛鷹君寝てたっけ」
僕の返しに、飛鷹は『うん』と答える。少しずつ昨日の状況を思い出してきた。時計は見てないが、就寝時刻を過ぎていたことに。
通学路の住宅街。右の商店街と左の飲食店街。そして正面が学校に続く十字路。真っ直ぐ、ただ真っ直ぐ進むだけの道。
空は快晴。太陽は身体を包み込むように光っている。やがて、遅れ組の学生と混じり合う。なんとか群れの末端と合流できた。
「おはよう! 優人くん!」
突然声を掛けられて、そちらを向くと怜音が立っていた。その隣には何故か星咲先輩の姿。僕と飛鷹は二人に挨拶をする。
「怜音。昨日はご馳走様でした」
「いいのいいの。優人くんも食べる時は食べるんだね……。結局いくら丼を2杯食べて……」
その怜音の言葉に、飛鷹と星咲先輩の視線が僕に向く。本当はそこまで食べる予定はなかった。
「その……。美味しかったので……」
「お前。あまり食うやつとは思わなかったけどな……。学校中で話題になってる。ほとんど何も食べないやつがいるってよ……」
「僕のことですよね……。自分でもあんなに食べられるとは思わなかったので……」
自信が無い。自分の食欲に自信がない。四人で歩いて学校に到着すると、僕と怜音、飛鷹の三人で図書室に向かった。
学校の廊下に響く声。それも二つあってどちらも女性の声だった。飛鷹は隣で耳を塞ぎ、図書室にある辺りには人だかり。
着いてドアを開けると、入口付近で梨央が戸惑いの表情を浮かべていた。僕は中の様子を確認する。
本棚の奥。最後方で向かい合う瑠華さんと永井の姿。訴える永井の金髪は上下に激しく動いている。
それに対して、瑠華さんの漆黒髪は大人しく真っ直ぐだった。叱る時も冷静な姿に、正しい判断をしているのは彼女だと感じる。
「永井が勝手に飲んで勝手にぶっ倒れたのが悪いんじゃない! もう少し自分の過ちに目を向けなさい!」
「だって……。中谷先生が飲んでいいって言ったから……。どちらかと言えば、注意が遅かったゆーちゃんが……」
どうやら永井は、僕のせいにしたいらしい。たしかに、僕が注意するのが遅かったかもしれない。
「あんた。その言い訳が通用するとでも思ってるの? ああ、だからこの、最上位クラスは使えないのよ。常識知らずが多すぎるわ」
「常識知らず!? 神っちがそれ言う? 人を下げに下げて、心の中では嘲笑っているんじゃない?」
「嘲笑ってるわよ。こんな奴ら不要に決まってるじゃない。あと、あんたも見世瀬を下げてるわけだから、お互い様よお互い様」
とりあえず解決はしたみたいだけど、この二人は似たり寄ったりで相性が悪い。双方目を合わせずに、背を向けている。
どちらかと言えば、上手く――少々雑だったけど、鎮た瑠華さんが有利だろう。怜音も真っ先に瑠華さんへお礼を言った。
「じゃあ、みんなこっち!」
怜音が号令をかける。僕たちはテーブルのある方へ移動した。怜音の隣には呆然としている梨央が立っている。
「皆さんに新しいメンバーが出来ました。プロクラスに昇格した、見世瀬優人くんの推薦です。自己紹介を」
「春日井梨央です。最上位クラスって物騒ですね……」
梨央の言葉で、少し離れた場所から変な音がする。見れば瑠華さんの額の血管が、今にも浮き出そうなくらいになっていた。
「物騒って何よ。見世瀬の実力はわかってる。もっと有能な人材を連れてくると思ったら、ただの華奢な女じゃない」
瑠華さんの言葉が鋭く刺さったのか、梨央は涙目になっていた。プロクラスだからこその特権。
だけど、呼べる人物が彼女しかいなかったのだから、許して欲しい。怜音は場の空気を変えようと思っているのか、行動を開始した。
「今日も魔力操作から始めるよー!」
「中谷先生。場の空気を読めないの? 使えない先生ね」
「時間が押してるからね」
怜音は強かった。瑠華さんのきつい言葉にも動じない。さすがは第一部隊の隊員だと感じる。
準備を始める彼に不満なのか、瑠華さんは窓の外をジッと見つめていた。
梨央が機嫌直しをしようと近付くが、瑠華さんの舌打ちにピクりと背を伸ばす。
「なんか……嫌な……空気……だね……」
「そうだね……。飛鷹君にはかなりキツイ環境だとは思うよ」
僕は飛鷹をフォローした。してあげたつもりなのに、彼は縮こまる。力になれない自分が、ものすごく情けないと思った。
「よし、テーブルの掃除は終わったから……。優人くん。昨日みたいにやって。今度はさらに難易度をあげるよ!」
「は、はい!」
怜音はテーブルの上に氷のコップを生成する。だけど、昨日とは違う風景になった。コップのサイズが明らかに小さい。
「魔力操作を誤ったら、全部のコップが溢れる。そのギリギリのラインまで魔力水を注いでもらう」
「たしかに……。今回は僕も自信がないです……」
「でしょ。加えて今回は条件付き。魔力と水の割合指定もさせてもらうよ。割合は魔力1割。水9割。一般の人が飲める濃度だね」
つまり、僕がいつも飲んでる、魔力99パーセントの魔力水を作ってはいけないということ。余計に緊張してしまう。
梨央と飛鷹が揃って『頑張って』と言う。瑠華さんは僕に興味があるのか、視線でえールを送ってきた。
だけど、永井だけ瑠華さんを見たくないのか、廊下側を眺めていた。この二人は時間が解決するまで合わせない方がいいだろう。
「じゃ、ボクの合図でやってみて」
「は、はい!」
僕は右手に魔力を集中させた。怜音は水の原料として氷の像を作り補助してくれる。溶ける氷と僕が汲んでいく水。
『ここだ!』というところで止める。なんとか、全部を満杯にできたが、理想の濃度にはなっただろうか。
「じゃあ、答え合わせをしようか。一杯いただくよ」
「お願いします」
怜音はコップを一つ左手に取り、飲み始める。『うんうん』と頷くと右手で合格サインをした。
緊張が解けて視界がグラつく。意識が元に戻った時には、僕の膝が床についていた。
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