こいつはどえらいシミュレーション
まずは、修行だ。
それが、シンが最初に出した結論だった。
魔法がまともに使えず、地図も無く、食料は二週間。そんな状況で外に出るのは無謀すぎる。無計画に飛び出して、変な魔物に出くわして終わり、という未来が目に見える。
「まず装備だ。何かないのか?」
「ふふん、訊いてくれると思ってたわ。ちょっと待ってね」
シエルが手をかざすと、壁の一角が音もなくスライドし、棚が現れた。そこには大小様々な武器が整然と並んでいた。
日本刀、西洋剣、槍、斧、さらには弓にクロスボウまで。
なんとなく日本刀を手に取った。軽く振ってみる。どうやら自分は剣術を収めているというわけではないようだ。振るだけなら振れるが、とても戦闘に臨めるような自身はない。
「じゃあ……練習場みたいなものはあるか?」
「ないわね」
「……は?」
「ここは休息が主目的のシェルターなのよ。戦闘訓練場はないわ」
「……ないなら、練習はかなり厳しいだろ。まさか外でしろってのか」
「そうね。それなら仮想空間でシミュレーション戦闘でも、してみる?」
「仮想空間....?そんなことが可能なのか?」
「できるわ。あなたの意識を私が作成した仮想空間に接続してその中で戦闘シミュレーションを行うのよ」
「大丈夫なのか?俺の魂や意識に悪影響が発生するリスクがあったりは?というかその仮想空間から抜け出せなくなったりしないよな?」
「......さすがに評価低すぎない?これから頼れる最高の相棒になるってのに。まあ、とりあえず少し私の有能アピールをしておかなきゃね。とにかくこんな小さな部屋じゃまともな訓練は無理でしょ?それに意識は接続するだけであなたの魂には干渉しないし、接続はあなたから切断可能、まあ夢を見ているような感じで夢のソースが私の仮想空間って感じだから、心配しなくて大丈夫よ」
半信半疑ながらも、ほかにいい方法はない。シンはベッドに横たわった。
「目を閉じて……はい、接続開始。おやすみなさ〜い♪」
◆
次に目を開けたとき、シンは何もない白い空間に立っていた。周囲には何も無いが、手にはしっかりと日本刀が握られている。
(なるほど、これが仮想空間か)
恐る恐る素振りをしてみる。風を切る音、重み、振動。すべてがリアルだった。汗がにじみ、手のひらに熱が集まる。
「……よし、感覚は現実と変わらないな」
ある程度動き回った後、ふと疑問が浮かんだ。
「なあ、シエル。いるのか?対戦相手とか出せないのか?」
《いるわよ。対戦相手も出せるわ》
脳内に直接、シエルの声が響く。
「じゃあ、試しに……何か出してくれないか。適当に」
《了解♪》
次の瞬間、地面が重く震えた。目の前の空間が歪み、そこに現れたのは、黒く巨大な影。
「……ん?」
ズシン――という音と共に姿を現したのは、推定3メートル級のヒグマだった。毛並みは荒々しく、筋肉は隆々、目は血走り、牙は剣のように鋭い。
「おい、ちょっ――」
シンの抗議も間に合わない。ヒグマは躊躇なく突進し、前脚を振り上げた。
「うわ、ちょ――ま――」
振り下ろされた一撃。視界が回転する。骨が砕ける音、息が詰まる感覚、視界が暗転する。
……死んだ。
その瞬間、確かにそう思った。思考は一度途切れ、すべてが終わった感覚が残った。
◆
「うぐっ……!?」
激しく咳き込んで、シンは再び目を開けた。そこは先程と同じ白い仮想空間。自分の身体は、倒れ込んでいるものの、傷一つない。
「あれ……?」
《おかえりなさいませ、ご主人様♪》
「誰がご主人様だ、誰が!!」
怒鳴るシンに対し、シエルは軽快なトーンで答える。
《どうだった?初戦闘は。”適当”な相手を出してみたんだけど》
「普通“適当”って言ったら、練習用の木人とか、スライムとかだろ!? なんでいきなり猛獣クラス出してくるんだよ!」
《え〜、スライムなんて出しても楽しくないじゃない》
「こいつ……!」
あまりに悪びれない態度に、シンは本気で頭を抱えた。
(こいつには……ちゃんとした指示を出さないとダメだな)
この天使、中身はだいぶ残念だ。思い通りに動かすには、それなりの管理が必要らしい。
「……おまえの評価、今二段階下がったからな」
《うふふ。またまたぁ。じゃあ今の評価は『頼りになる超絶美少女天才天使』くらい?》
「さらに一段階下がったぞ」
◆
シンは再び、刀を構え直す。
この世界で自分はかなり弱いだろう。
なにしろ魔法がある世界なのに自分は今まともな魔法がつかえないのだ。
だからこそ――生き残るための準備が必要だ。
そのためには、ヒグマぐらいは自力で倒せる必要があるかもしれない。
だが、いきなりは無理だ。まずは段階を踏む必要がある。
――そう、考えていた矢先、シエルの声がまた脳に響いた。
《じゃあ次いくわね。今度はもっと大きいヒグマを出すわよ?》
「出すな!!!!!」