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目覚めと天使

目を開けた瞬間、そこには知らない天井があった。


真っ白な部屋に、無音の空間。壁も床も天井も、全てが無機質な白で構成されていた。カプセルベッドのようなものに横たわり、ベッドを覆う透明のガラスのようなものが開くと体を起こした。ここがどこなのかも分からないまま、ぼんやりと天井を見つめていた。


その時、視界の端に小さな光が浮かび上がった。


「……こんにちは。目が覚めたんですね?」


それは、音声というよりも、脳に直接響くような柔らかい声だった。白く光る小さな球体がふわりと彼の目の前に浮かび、静かに問いかけてきた。


「まず、あなたの名前を教えてくださいませんか?勇者様」


「勇者?……名前、名前か。.....わからない」


少年は正直に答えた。何も思い出せない。


鏡があったので覗くと黒髪、黒目の15、6歳といったところか、そんな少年と青年の境目のような容姿が映っていたが、自分だという実感がない。


「なるほど。記憶喪失……というわけではないでしょう。それでは簡単に説明しますが、ざっくりいうとあなたはいわゆる異世界に転生したのです。記憶を思い出せないのはあなたの希望ではないかと思われます。何らかの不具合という可能性もありますが...。でも大丈夫。名前を思い出せないのなら、好きに決めてしまえばいいのです。新しい人生のスタートにふさわしい名前を、どうぞ!」


球体は明るく言ったが、青年は眉をひそめた。


「いや、いきなりそう言われても……」


少し悩み、脳裏にふと浮かんだ。


「……“シン”……それが、なんとなくそんな名前だった気がする」


「了解、シンさん、ですね。その名前を使用しますか?せっかくなので新しく名前を付けなおすのもいいと思いますが」


「......いや、これでいい」


「では、次は私の番ですね! 私にも名前とアバターを設定してくださいませんか?!」


「は?」


そういうと目前にキャラクリエイト画面が表示される。簡単に触っただけでも自由度は高い。

見た目だけでなく性格やボイスも変更できるようで触っているうちについついのめり込んでしまう。


「どうです?あなたの性癖に合わせて、口調も外見もカスタマイズ可能ですよ!」


「!?。言い方!......。」


思わずツッコミを入れてしまい、顔をしかめた。そんなことを言われて、しかも本人は隣にいるのだ。キャラクリエイトを操作するたびに、ふーんとか、ほほぅといった声が聞こえてくる、ような気がする。


決め難い、いや、こんな状態で決められるわけがない。


苦悩するシンをしばらく眺めた後、小さな光は勝手に判断を下した。


「では、こちらで決めちゃいましょうか?」


そういうとふわりと光が弾け、次の瞬間、そこに現れたのは見目麗しい女性だった。緑色の髪が肩にかかり、白いワンピースを揺らすその姿は、まるで絵画から抜け出たようだった。10代後半、緑髪に琥珀色の目、細身だがそれなりに出るところは出ていてスタイル抜群、それでいて知性を感じさせる美少女だ。


「……」


「それでは改めて。私の名前はセシル。異世界に勇者として転生したシンをサポートする超優秀な天使よ」


「勇者に天使.....か。」


「まあ、その話はまた後で。それよりどう?キャラメイクはもういい?」


「まあ、問題ない」


「ふふ。問題ない、か。そんなこと言いながら、さっき見とれてたわよね? ふふ、照れ屋さん♪まあ、こんな超絶美少女にこれからサポートされるというのなら天にも昇るような心地になるのもしょうがないことよね。」


「やっぱりチェンジで」


結局セシルのキャラメイクはそれで終了した。性格をまじめなものに変えてしまおうかとも思ったが、事情があったとしてもそういう好みだと解釈をされてしまうだろう。これ以上この件でこいつにネタをくれてやりたくはない。



その後、シンはシエルから“魔法”について教わった。


身体強化と物体操作――これが、すべての基本となり、最初に習得する魔法らしい。どうやら自分は魔素を感じられるようになっていて、その操作も意識を集中することで可能なようだ。


身体強化はこの魔素を体の周辺や一部に纏うものだ。これによって防御力や、打撃の威力も向上するらしい。物体操作は、軽い物を浮かせたり操作することができるようだ。


「……思ったより、簡単だな」


「さすがは勇者様、ね。それで……他の魔法については、また今度にしましょう!」


「ん?」


「それより! サバイバルに必要な知識とか、先に学んでおいたほうがいいでしょ?」


明らかに話を逸らそうとしている。シンはそれに気づき、ジッと彼女を見つめた。


「……おい、何か隠してないか?」


「ひ、人聞きが悪いわねぇ! わ、私はただ、効率的な育成プランを――」


「どう見ても怪しい。本当のことを言え」


「ちっ……まあ、しょうがないわね。いずれバレるんだし」


観念したのだろう。セシルは溜息を吐いた。


「実は、天界に……アクセスできないのよね」


「……どういう意味だ?」


「まあ、簡単に言うとアップデート前提でまともなデータがローカルである私に入ってないってことよ。本来なら、あなたの能力や周辺環境に応じて適切な魔法や知識の最新データを天界からダウンロードして提供できるはず、だったんだけど。ふふ、どうやらトラブルで、それができなくなってるようね♪」


「何が“ふふ”だ。ふざけるな。復旧できないのか」


「責められても困るわ? しょうがないじゃない。それに私も予想外なのよ。復旧するかもわからないわ」


「つまり、今使える魔法はこの基礎魔法だけか。もしかして周辺環境についての情報もないのか?」


「そう。地図も無いわね。あ、でも食料はとりあえず二週間分くらいあるわよ?」


「……外の世界に関する知識だったりは?」


「さぁ? 全くわからないわ。まぁ、魔物とか、魔王とか何かしら危ない存在は居ると思うわね。ここは剣と魔法の世界だから」


「勇者とか天使ってのは?」


「ぶっちゃけ意味わかんない♪」


「おい、こんな状況で外に出ろってのか?」


「うふふ……正直危険よねぇ。でもどうしようもないわね♪」


シンは頭を抱えた。


魔法のある世界なのに魔法はほとんど使えず、地図もなく、味方は口が悪く、知識もない、自称天使。

二週間後には食料も尽きる。


「……冗談じゃない」


「でも、面白いじゃない? こんな状況で全くの未知に挑む。まさに冒険っていうのかしら」


「誰のせいだ、誰の」


「私のせいじゃないわよ。でも、もしかしたらこういう”運命”だったのかもしれないわよ。ワクワクするじゃない? “勇者”さま♪」


その言葉に、シンは肩を落としながらも、じっと彼女の瞳を見返した。


「なんか意味深なことを言って……だったら、お前がその“運命”ってやつをぶち壊す方法、見つけろよ」


「承知しました、マイロード♪」


こうして”サポートが終了している”俺の冒険が始まろうとしていた。

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