新たな始まり
第四騎士団長ウディンルトが王の間を去った後、王城ペリディウスには重苦しい静寂が戻っていた。
王はゆっくりと立ち上がり、窓辺へと歩み寄った。眼下には王都が広がっている。活気ある市場、人々の往来、平和そうな日常。
その光景を見つめながら、王は小さく呟いた。
「……愚かなものだ。平和とは、常に刃の上に成り立つものだというのに」
王は再び玉座へ戻り、肘掛けに手を置いた。
「英雄が生まれれば、必ず民はそれに縋る。縋り、信じ、そして王を疑う。ならば――英雄など、循環させてしまえばよい」
王の瞳には、もはや感情は宿っていなかった。あるのはただ、歪んだ確信だけだった。
◇◇◇
一方、勇者たちは宝物庫へ到着した。目の前に広がる無数の武器に、勇者たちは沈黙した。
ある者は目を輝かせながら武器を手に取った。
ある者は震えたまま動かなかった。
ある者は黒い笑みを浮かべて武器を吟味した。
アルメルスはこの状況を「危うい」と感じた。そして、武器選びに熱中する勇者たちに一言告げた。
「これらの武具は、王国が誇る至宝だ。各々、自分に合ったものを選ぶがよい。ただし……」
アルメルスは一拍置き、低い声で続けた。
「それを手にした瞬間から、お前たちは"勇者”だ。王国の剣であり、盾である。その自覚を忘れるな」
勇者たちは互いに顔を見合わせた。拒否権など、最初から存在していない。
◇◇◇
その頃、王都から遠く離れたリンドウ平原の丘の上。
トラストンの屋敷へと戻ったイステルは、静かな庭に立っていた。
「…守りたい、か。」
イステルは季節外れに咲く薔薇を見つめていた。薔薇は、ただ静かに風になびいていた。
スモックは迷っていた。しかし、村を守りたいという確固たる目的はあった。それに比べてイステルは、空っぽだった。未だに自身の目的を把握できていない。
「…本当に迷っているのは、俺だったのか。」
「…考え事かの、イステル。」
後ろからトラストンが現れた。イステルは一瞬振り向いたが、すぐにまた薔薇を見つめた。
「トラストン殿。王は……動いているのでしょうか」
「…あぁ。儂らが想像もつかぬことを進めているのだろう。時間は少ない。」
トラストンはそう言って、重々しく息を吐いた。その声には、戦場を知る者の警戒が滲んでいた。
「おそらく王は、"英雄”という存在を必要としておる。だが同時に、恐れてもいる」
「恐れて……?」
イステルが眉をひそめる。トラストンは庭の奥へと視線を向けた。
「民は英雄を称え、神のごとく崇める。やがてその視線は、玉座よりも高い場所へ向かう」
「……だから、排除する?」
「あるいは、使い潰す。あるいは、次の英雄で塗り替える」
淡々と語られるその言葉に、イステルの胸がわずかに軋んだ。
風が吹き、薔薇の花弁が一枚、地面へと落ちた。
「イステル、お主は問われておる」
「……何を、ですか」
「剣を振るう理由だ」
トラストンはゆっくりとイステルの方を向いた。その眼差しは鋭く、しかしどこか哀しみを帯びている。
「守りたいと口にするのは容易い。だが、何を、誰を、どこまで守るのか。その答えを持たぬ剣は、いずれ自らを滅ぼす。」
「……俺は」
言葉が続かなかった。頭の中には、王城で見た光景、スモックの迷い、アイスロンド集落に残してきた未練。それらでいっぱいだった。
「目的がないのではない」
トラストンは静かに言った。
「お主はまだ、"選んでいない”だけだ」
沈黙が二人を包む。遠くで鳥が羽ばたく音がした。
「王は動き出した。ならば、我らも動かねばならん」
「……何を、するのですか」
トラストンは微かに笑った。その笑みは、優しさと覚悟が入り混じったものだった。
「誰もが笑える、そんな世界を作る。そのために――緋色の剣が、必要になる」
その言葉に、イステルの胸奥で何かが、確かに目を覚ました気がした。




