勇者召喚
イステルとトラストンが去った後、スモックは再び「シルバ」として生きることを選んだ。小屋へ戻ろうとしたその時、先ほどの子供が戸口から顔を出した。
「おお、怪我はなかったかい?」
「うん! お兄ちゃんのおかげだよ。助けてくれてありがとう」
スモックはしゃがみ込み、子供と目線を合わせた。無事な姿を確認し、安堵してその頭を撫でる。
「前から思ってたけどさ。お兄ちゃんの白い髪、きれいだよね」
——その言葉に、手が止まった。白髪が見えるはずがない。自分は常に幻術をまとい、「シルバ」として生きているのだから。
「……どうして、そう見えた?」
「え? 最初からだよ?」
その瞬間、理解した。この子には、自分の幻術が届いていない。純粋な子供の目には、「シルバ」という仮面は存在せず、ただスモックだけが映っていた。
「……そうか」
「お兄ちゃん? どうしたの?」
その問いで、ようやく気づいた。頬を伝う、温かいものに。
「……いや、なんでもない」
子供は首を傾げると、仲間の元へ駆けていった。遠くで、子供たちの笑い声が響く。スモックは兜の中で静かに涙を拭い、その背中を見守り続けた。
◇◇◇
一方、王城ペリディウスでは、パルリオンが王に報告をしていた。パルリオンは、イステルを取り逃がしたことを王に告げた。
「……もうよい。下がれ」
王は酷く呆れた様子で言い放った。パルリオンは黙って拳を固く握りしめ、部屋を後にした。
王は不満げな表情を浮かべていた。それから少しして、宮廷魔導士長が姿を現した。国に仕える魔導士の中で、最高位の存在である。
「陛下、お呼びでしょうか」
「あぁ……頼みがある。【勇者召喚魔法】を近日中に行え」
宮廷魔導士長は驚愕した。勇者召喚魔法とは、この世界とは異なる別の世界から人間を呼び寄せる魔法であり、世界中で禁術の一つとして数えられている。
その魔法によって呼び出された人間は、強大な力を得てこの世界へと現れる。宮廷魔導士を凌ぐほどの魔力を得る者や、王国騎士を容易に超えるほどの筋力を持つ者もいる。
「し、しかし……あれは本来、国家の危機の際に使われるもの。今はそのような事態では……!!」
「お前は、私に歯向かうのか」
王の声が低くなったのを感じ取り、宮廷魔導士長は急いで勇者召喚魔法の支度を始めた。王はわずかに満足そうな表情を浮かべ、自身の剣を見つめた。
「英雄は……英雄によって滅びるのだ。それこそが、より良い世界の維持に繋がる」
王は、誰もいなくなった部屋の中で、独り言のように静かに呟いた。
それから数時間後、城中の宮廷魔導士たちが一室に招集された。部屋は非常に広く、中央には巨大な魔方陣が描かれている。宮廷魔導士長が数時間かけて描いたものだ。
「王の命により、勇者召喚魔法を行う。これより、この部屋への部外者の侵入を禁ずる。魔導士たちは配置につけ」
宮廷魔導士たちは一瞬驚いた表情を浮かべたが、すぐに所定の位置へと向かった。彼らは魔法陣に魔力を注ぎ込み、起動を開始する。
「――天と地を隔てし理よ、今ひととき揺らげ。
我らは請う。
剣となり、盾となる者を。
血を異にし、理を異にする地より、
王国の名のもとに一柱の魂を迎えん。
名を授け、力を与え、
この世界にその足を結ばしめよ。
このオーレスの地に、悠久の繁栄を与えたまえ」
魔力が魔法陣に浸透し、詠唱によって魔法が起動した。魔法陣は激しく光を放ち、世界の壁に穴が穿たれる。
その穴から、世界を救うべくして勇者たちが現れる――もっとも、今回は世界を脅かす存在など存在していないのだが。
光に包まれ、魔導士たちが目を開けられなくなったその時、勇者たちは現れた。しかし、勇者は一人ではなかった。現れた勇者たちは、三十二人だった。
「い、いったい何が起こったんだ?」
「こ、ここはどこなの!?」
召喚された勇者たちは慌てふためいた。成功だ。宮廷魔導士長は胸を撫で下ろす。状況を把握できていない勇者たちを前に、宮廷魔導士長は一歩前へ出た。
「よくぞ来られた、勇者たちよ。私は宮廷魔導士長、アルメルス・ドラゴルシュ。あなた方を、このオーレス王国へ呼び寄せた者だ」
勇者たちは沈黙した。依然として、状況を理解しきれていない。アルメルスは咳払いを一つし、続ける。
「あなた方は、王国の危機に対応するために呼ばれたのだ」
「あぁ? 急に何言ってんだよ!!!」
ある勇者が大声を上げた。ある勇者は冷静に部屋の中を見回している。また、ある勇者はただただ震えている。アルメルスは警戒した。この状況ではいつ勇者たちがパニックになるかがわからない。まだ力の使い方を知らないにしても、多少なりとも被害が出る可能性があった。
「まぁまぁ落ち着かれよ。突然のことで混乱しているのは承知している。さぁ、王の元へ行こうではないか。」
アルメルスは興奮した勇者たちを落ち着かせることにした。勇者たちは他に選択肢がなく、渋々ながら魔導士たちの後を追うことにした。その間も勇者たちは、「学校にいたはずなのに」や「ここは本当に日本なのか」と口々に呟き続けていた。その様子を見て、アルメルスは深く疲労を覚えた。




